日本の「関税化」と外国産米輸入の可能性

 

鳥取大学農学部  伊東正一

 

日本政府は昨年12月、コメの輸入に関し「関税化」を受け入れることを決定し、1999年4月から実施する予定であることを関係諸国に通知した。これを受けて、海外の生産地ではどのように対応すべきか、戸惑いの様相である。そもそも海外のコメ輸出国はどのようにすれば日本へのコメ輸出を拡大できるのかわからないまま、それでも何らかの期待を持ちながら生産拡大の機会をじっと待っている、という状態であった。そこに今回、待望の「関税化」を打ち出したわけであるが、高い関税と同時にセーフガードまで備えるというやり方に対し、不満ながらも輸出の可能性を探り始めている。


日本へのコメ輸出を希望している国は多い。中でも中国、アメリカ、オーストラリア、南米(ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン)は特に日本のコメ輸入拡大を望んでいる。これらの地方では日本産品種米の研究、生産が盛んに行われており、また、地理的にもジャポニカ米生産の適地となっている。

中国では東北地方を主体にジャポニカ米の生産が拡大している。もともとこの地方では日本で生産されるようなコメが生産されていたわけであり、食文化的にも欧米諸国に比べるとはるかに日本に近い。コメに対する味覚も日本人とよく似ている。この東北の中でも生産拡大が最も速いのが黒龍江省である。図1にみるように、近年ではその拡大の勢いがさらに増している。1985年から1992年までに40万haから80万haへと7年間で倍増したのに対し、1994年から昨年までの4年間でまたもや倍増、1998年の生産面積は160万haに達している。このような勢いで生産は拡大し、今後も市場価格しだいでまだまだ拡大する余地がある。

このような黒龍江省の稲作は日本市場向けに拡大しているわけではなく、国内でもジャポニカ米の需要が高まっていることを反映している。しかし、現地では日本への輸出を切望しており、日本が求めるならばいくらでも輸出する用意がある。残念ながら、日本からの需要が少なく、思うように日本へ輸出できないと言うのが生産地の声である。

一方、アメリカでは日本産品種米を取り入れた品質の改善が急ピッチで行われている。1990年代当初では良質米といえば、カリフォルニア州の中粒種M401くらいであった。それがここ5年くらいに短粒種の日本産品種米の生産が増えている。オフィシャルな統計ではないが、コシヒカリやアキタコマチなどの日本産品種米が加州全域で2万エーカー(8千ha)に及んでいる。また、アメリカではコメの最大の生産地、アーカンソー州でもコシヒカリの生産が行われている。生産面積はまだ1000エーカー程で、カリフォルニアに比べ少ないが、品質はよく、生産拡大の可能性は大きい。この地方でも日本が輸入してくれるのであればいくらでも増やす、という意気込みである。

南米南部でも稲作が盛んに行われている。ブラジルの最南端、リオ・グランデ・ド・スール州、その南のウルグアイ、そしてその西隣のアルゼンチンの北部、この一体の広大な平野は稲作の適地が多い。気象的にもジャポニカ米に適しているが、現地ではひところのジャポニカ米生産拡大の熱は冷め、むしろインディカ米の生産拡大及び研究に熱を入れている。日本が期待したほどに現地産のコメを輸入してくれない、というのがその理由である。ただ、1996年5月に現地を訪れて試食したササニシキの味は日本産のものに引けを取らないほどにうまいものであった。それ程に潜在性はある。しかし、ジャポニカ米を生産しても買ってくれるところがないため、低温に弱いインディカ米を必死で生産しているのが実状である。

このようなジャポニカ米生産の適地でありながらインディカ米を生産するという傾向はオーストラリアや地中海諸国の国々でも同じであるが、それだけに日本のコメ輸入政策に対しては期待も大きい。

 

算定の基礎


「関税化」初年度となる1999年4月からの関税率、1kg当たり351円17銭、は表1の価格を算定の基礎にしている。そこでここに言う国際価格についてもう少し詳しくみてみたい。例えば1986年の1kg当たり29円は着港渡し価格(CIF)であるとされている。当時の為替レートは1jが160円くらいである。そうするとこれは1トン当たり181jということになる。コメの輸送料を1トン当たり50jとし(但し、ケアのかかるものは100jくらいになるし、そうでないものは50jを下回る)、これから50ドルを差し引くと1トン当たり131jが積み出し価格(FOB)となる。当時の国際市場で1トン当たり130jくらいのコメといえばタイ産米の100%砕米になる(図2)。タイ産米の100%砕米といえば、せいぜい味噌などの原料かエサ用である。とても食卓には上らない。また、整粒米が少し混ざっていたとしても、そのようなコメを日本産の上質米と比較し、その差額を関税としてすべての輸入米に対し一律に課税するというやり方は少し“悪質”であると受け取られる可能性がある。アメリカでも砕米 (second head)は一般の精米に比べ半分ほどの値段で取り引きされ、1986/87年では1トン当たり163jである。いずれにせよ整粒米と砕米とでは歴然とした違いがある。

 


 


外国産米の食味評価と関税

さて、それではどれほどの関税率が適当かという点では、やはり同じ品質の外国産と国内産を比較することから始めるのが順当であろう。例えば砕米であれば、日本の砕米の価格と外国産の砕米価格との比較である。また、良質米を比較するのであれば良質米同士を比較しなければならない。

表2にアーカンソー州産のコシヒカリ(以下、ア産コシ)、カリフォルニア産のキャルローズ(同、加州産キャル)、そして中国は黒龍江省産の合江19号(同、黒龍江省産米)の食味評価をもとにした関税について表してみた。ア産コシは先進国における上質米の生産コストを代表し、また黒龍江省産は世界でもまれにみるコストの安い上質米生産地として重要である。これは精米10kg当たりのコストでみたものであるが、まず、現地
の出荷価格となるFOB価格はア産コシが6.9j、加州産キャルが4.82j、黒龍江

 


省産合江19号が3.13jと試算した。ア産コシは現地の長粒種の生産コストを参考にし、かつ、これまで生産されているコシヒカリの砕米率及びパッケージのコストの改善を加味した。加州産キャルローズは米国農務省(USDA)の生産コスト調査から試算、また、黒龍江省産の価格は現地の生産コスト及び1998年産の国家買い付け価格(順価販売最低価格)を参考にした。

これらの価格は現在、日本と取り引きされている価格では必ずしもないが、いずれも現地の生産コストを吟味し、かつ、日本向けの本格的な生産に取り組んだ場合の出荷可能なFOB価格として算出したものである。現在のような食糧庁が生産国を指定し、さらに輸入量までが決まっている状態ではむしろ価格はつり上げられ、国際間の本当の市場競争は成り立ちにくい。ここに出した価格はそのような体質が改善され、各国が自由に競争する状態の価格を現地調査をもとに試算したものである。

次ぎに、外国産のコメの評価価格であるが、ア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米がそれぞれ4,564, 3,354, 4,122円と推定した。これは1993年12月に日本の98人の消費者が試食をもとに価格評価したものを現在の国内市場価格に合わせるため20%下げて表したものである。

このような基礎データーをもとに試算したのが表2である。これをみると、まず、日本に輸入され関税が0で、かつ、流通マージンが一般の国内産米のものと同じに設定すると、その場合は日本での小売り価格はア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米がそれぞれ1,748, 1,473, 1,245円と試算される。それに対する消費者の評価は前述の通りなので、消費者のメリットはア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米がそれぞれ2,816, 1,881, 2,877円となる。

さて、この消費者メリットがゼロになるような関税率はというと、表2の(15-1)の段に表されているようにア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米がそれぞれ307%, 293%, 697%である。つまり、従価税でみるとアメリカ産のコシヒカリでさえ300%止まり、中国産の良質米でも700%、これ以上の関税がかかると輸入は不可能ということになる。


一方、関税を日本政府が今回決めた1kg当たり351.17円の従量税を一律にかけるとどうなるかを試算したのが表3である。小売り価格はア産コシ、加州産キャル、そして

黒龍江省産米がそれぞれ5,260, 4,985, 4,757円となり、試食に基づく評価価格と比べた消費者のメリットは一転してマイナス696, 1,631, 635円となる。加州産キャルローズのように品質の劣るコメほど不利になる。この従量税は外国産の砕米を基準に試算されたとみられるが、皮肉にもこの関税額で砕米を輸入することは不可能である。

ただ、これらの従量税を従価税に換算してみるとア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米の場合がそれぞれ383%, 548%, 851%と試算される(表3の(72)の段を参照)。これは同じ米国産のコシヒカリとキャルローズでは高品質のコシヒカリに対する関税率が低くなっている。しかし、同時に中国産の高品質米の851%にみられるように、コストの低い産出国に対しては不利になる。1990年代初めのウルグアイ・ラウンド交渉の際には日本の「700%関税説」が流れていたが、それに比べると生産コストの高いアメリカ産米に対する今回の課税額は低くなっていると解釈することができる。

 

「関税化」における輸入の可能性 

 さて、それでは外国産米は「関税化」の下で、いつ頃から日本に輸入されるようになるのであろうか。ここで再び表2に戻って考えてみたい。表2の下の段(15-1)には前述のように、消費者メリットがゼロになるような関税率を示しているが、ア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米がそれぞれ307%, 293%, 697%である。これはいわゆる従価税でみたものである。それでは従量税ではどうなるかをみたのがその下の段(15-2)である。1kg当たり従量税で換算してみるとア産コシ、加州産キャル、そして黒龍江省産米がそれぞれ281.58円, 188.11円, 287.67円となった。これはつまり、ア産コシであれば関税が1kg当たり281.58円、黒龍江省産であれば287.67円のレベルより安くなればそれらのコメは日本に輸入される可能性があることを示唆している。

このたび政府が決定した「関税化」の案では1999年度の関税が351.17円である。これが毎年2.5%(約10円)ずつ減少していくとすると、関税が290円を下回るのはわずか7年後ということになる。つまり7年後の紀元2006年には中国やアメリカの良質米は「関税化」の下で輸入されるようになる可能性があると推察される(図3)。また、輸入が急増する場合は新たに3分の1を追加税する「セーフガード」が予定されているが、これの場合でも紀元2013年を過ぎるとセーフガードさえ乗り越えた輸入の可能性が出てくる見通しとなる。

一方、品質の劣る加州産キャルローズは紀元2016年を過ぎなければ「関税化」の壁を乗り越えることはできない。セーフガードを乗り越えるのは紀元2020年を過ぎてからになる。

このように外国産米でも高品質のコメは日本国内での評価も高いため、意外に早い時期に関税を乗り越えて日本市場に上陸する可能性があり、加州産キャルローズのように品質が相対的に劣るコメは向こう20年間くらいは輸入しにくいという見通しとなる。関税の引き下げ率が2000年からの交渉の末さらに大きくなる場合は外国産米が「関税化」で輸入される



時期は早まることになる。ちなみに2001年から関税率の引き下げ率が3%に上昇したとすると、中国や米国の上質米が輸入される可能性が出てくるのは紀元2005−6年に早まる(図4)。つまり、生産コストが安ければ安いほど、また、品質がよければよい程、関税障壁を乗り越える力が出てくるわけある。よって、海外生産地においてはその方向に向けた企業努力がこれまで以上に重要視されることは十分に予想できる。そのようになれば日本への輸入はさらに早まることになろう。

こうしてみると今回の「関税化」政策は日本の生産者からみれば非常にリスクの大きい政策とみることができる。「関税化」における国内生産者サイドの対策としては総合的に生産コストの削減をし、日本のコメ市場相場を下げること、また、外国産の追随を避けるため品質の向上に対する新たな努力がきわめて重要になってこよう。

 

アメリカが日本に寄せる期待

日本市場を巡るコメ貿易でアメリカが最も恐れているのは中国である。中国は前述のようにジャポニカ米の生産が急増しており、生産者の日本コメ市場に対する理解も同じ東洋人であることから感覚的にアメリカの生産者以上のものがある。加えて、生産コストがアメリカに比べはるかに低い。最近のそれぞれの国内の小売り価格においてもアメリカで精米10kgの一般的な上質米 (M401クラス)が約11j(1、250円)するところを中国では約30元(450円)である。中国も市場価格は変動するが、それでも中国の価格はアメリカの価格に比べ半分以下である。また、中国のジャポニカ米の増産の可能性は非常に大きい。地理的に日本に近く、運搬コストからみてもメリットがある。まだ、発展途上にあるためインフラや乾燥・調整、貯蔵段階での設備の改善の余地はあるが、こうした中国のコメをみると上質米の増産も含め、その可能性はアメリカの比ではないほどの絶大なものがある。すでに、SBS輸入米において中国産がアメリカを差し置いて圧倒的なシェアを獲得していることからも、その品質に定評があることを物語っている。しかも、中国の消費者でも日本人と同じようにコメ離れの傾向がすでにみえる。今後コメ過剰が発生しても決して不思議ではない。現に1990年代初頭、そして一昨年来のコメの過剰基調は政府の悩みの種である。それだけに中国は今後も日本の市場を熱い視線で見つめてこよう。

そのような中国を前にアメリカは日本市場をどのように勝ち取っていくのか。まず、今回新たに課せられる高い関税が従価税ではなく従量税であるため、アメリカは救われたとみることができる。これにより生産コストの高いアメリカも中国に比べ若干の遅れでスタートラインに着くことができる。

しかし、そうではあってもやはり生産コストの低い輸出国が有利であることに違いはない。また、製品が高品質であればあるほど有利である。アメリカ産と中国産とのコメの品質が日本の消費者にとって同じであると仮定すると、関税率が今後徐々に下げられてきたとき、まずそのメリットを受けるのはアメリカではなく、生産コストの低い中国である。アメリカがそのメリットを受けるまでにはそれ以上の関税の引き下げが必要である。アメリカの稲作は自由競争においてはとても中国には勝てない。

よって、日本のコメ輸入が自由貿易ではなく、国家貿易である方がアメリカにとってはメリットが大きい。こうしてみると、今回の「関税化」においても今後も続けられる国家貿易としてのミニマム・アクセス米 (MA)のシェアをこれまで通り、十分に与えられることをアメリカは強く期待していると読むことができる。また、同時に日本の消費者に照準を合わせた品質の改善に向けて、生産から乾燥調整に至るまでの日本の技術を新たに求めて来るであろう。そのような戦略でなければアメリカは日本の市場を今後とも確保し拡大していくことは困難である。


コメの関税化にみる「従価税」と「従量税」の違い

 

鳥取大学農学部 伊東正一・林賢太郎

 

T. はじめに

 

 本稿では関税における「従価税」と「従量税」の違いを分かり易く図示した。1998年末、政府はコメ輸入に対し「関税化」に移行することを決めたが、それによると1999年度は輸入米1kg当たり351.17円という「従量税」として課税する。これは従価税でみると「1000%」とも言われている。では、そもそも従量税と従価税ではどこがどう違うのか、どのような輸出国が得をするか損をするか、ここで考えてみたい。

 

U. 従価税」と「従量税」の違い

 まず、「従価税」と「従量税」との違いについて説明する。「従価税」とは物の価格に対して何%という割合で課す税であり、一方、従量税は単位重量や体積に対して課税額を定めるものである。国内の場合をみると従価税の代表例としては消費税があり、従量税は石油税がある。貿易においては小麦など農産物の関税の多くが従量税である。従価税は市場価格や為替の変動などで価格が動くと税額も上下するが、従量税は価格変動に左右されないのが特徴である。ただ、世界各国で一般的に採用されているのは従価税である。

 

V.「従価税」と「従量税」における価格差

  「従価税」と「従量税」、どちらを関税として利用するかによって商品にかかってくる関税は大きく異なってくる。どのような輸出国が得を(損を)するのか?ここではコメ10kgを例に取り、5つの場合における関税の違いについてみていきたい。また、関税は「従価税」は1000%、「従量税」は350/kgと仮定する。
1.
 生産コストの差でみる関税の違い

 まず、生産コストの差によって「従価税」と「従量税」がどのように違うのかをみてみたい。具体例として、米国産米と中国産米を取り上げ、着港時の10kg当たり価格はそれぞれ800円、400円とし、品質は両方とも同じとする。つまり品質は同じだが米国産米の方が中国産米に比べてコストが高いコメとなっている。関税の違いによる差は、図1に示す。最初に「従価税」の場合の関税をみると、1000%に相当する課税は米国産米で8,000円、中国産米で4,000円となる。よって税関を通過後の価格は10kg当たり米国産が8,800円、中国産が4,400円となり、米国産は販売競争において不利になる。つまり、従価税では生産コストの安い国が販売競争において有利に立てることがわかる。

 次に従量税の場合をみると、従量税においては1kg当たり350円の関税となっているので米国産、中国産ともに関税は10kg当たり3500円となり、課税額において差はない。よって通関後も、米国産は中国産に比べ10kg当たり400円高いだけである。そのため「従量税」の下では「従価税」のような大きな差が生じないのでコストの高い国のコメでも競争しやすくなる。これより、コストの高い国は「従量税」が得、コストの低い国では「従価税」が得ということになる。


  
2.
 品質の差でみる関税の違い

 次に、整粒米と砕米の様に品質の善し悪しにおける「従価税」と「従量税」の違いをみる。今回の具体例としてタイ産の整粒米の場合と砕米の場合でみる。仮に10kg当たり整粒米が500円、砕米が200円とする。関税の違いによる差は図2に示した。まず、「従価税」の場合は整粒米が5,000円の関税がつくのに対して砕米は2,000円である。よって通関後は整粒米が5,500円、砕米が2,200円ということになり、精米と砕米の間には課税後も品質の差に見合った価格差が存在することになる。

 しかし、「従量税」では整粒米、砕米ともに350/kgの関税なので、税関を通過後の価格は整粒米が10kg当たり4,000円、砕米が3,700円となり、この2つの価格差は「従価税」の場合の差と比べ非常に小さくなる。つまり、砕米は品質が悪いのに高い価格に押し上げられ買い手がつかなくなる。よって、「従量税」では同じ輸出国であっても品質の悪いコメにとっては不利となる。逆に品質の良いコメは輸出しやすくなる。これより品質の良いコメにとっては従量税が得、品質の悪いコメは従価税が得ということになる。



3.
 上質米と一般米の差でみる関税の違い

 次に上質米と一般米においては関税の違いによってどのような差がでるかをみる。具体例として、同じ米国産のコシヒカリとキャルローズをとり、着港時における10kg当たりの価格がコシヒカリが800円、キャルローズが600円とする。関税による違いによる差は図3に示す。「従価税」の場合は、コシヒカリの課税額が8,000円、キャルローズの課税額が6,000円、陸揚げされた時点でコシヒカリ、キャルローズの間では着港時の差200円と関税の差2,000円を合わせ2,200円という大きな差ができる。これにより、「従価税」では上質米と、一般米との価格差が相応に表れる。

 一方「従量税」ではこれまでと同様、どちらにおいても350/kgの関税である。よって、コシヒカリが4,300円、キャルローズが4,100円となり、価格差は10kg当たりわずか200円である。これは着港時の価格差200円がそのまま残った形である。つまり「従量税」では品質の劣るキャルローズは良質米であるコシヒカリに比べ割高となり、消費者からは敬遠されることになる。消費者にとってはわずか200円の追加でコシヒカリが食べられるとなると、当然ながらコシヒカリを買おうということになる。これより、上質米にとっては「従量税」が、品質の劣るコメにとっては従価税が、それぞれ好まれることになる。


  
4.
 国際市場価格の変動による関税の違い

 国際市場価格が変動した場合、関税の違いによりどのような違いが出るのであろうか?コメの国際価格が高値の時の価格が1,000円、安値の時の価格が500円の場合を比較してみる。図4に示すように、まず「従価税」の場合であるが、高値の時は10,000円、安値の時は5,000円の関税がかかる。このため、通関後は高値と安値との間に5,500円という大きな差が生じる。つまり、「従価税」では日本での価格が国際市場価格の変動を直接受けることになる。

 「従量税」の場合は国際市場価格が高値であっても安値であっても関税は350/kgであるので、通関後の価格の差は着港時の価格の差と同様となり500円のままである。よって「従量税」では国際市場価格の変動幅の影響をあまり受けないことになる。



5.
 為替レートの変動による関税の違い

 最後に為替レートの変動においては関税の違いでどのような差がでるのかをみる。具体例をコメの着港時の価格が8ドル、為替レートは1ドルが120円の場合と100円の場合を想定する。図5で示すように、「従価税」では、1ドル120円の場合9,600円、1ドル100円の場合8,000円が関税として課税され、そのため着港時では160円であった差が、通関後は1,760円という大きな価格差を生じる。このため、「従価税」では日本国内での価格が為替の変化の影響を大きく受ける。


 「従量税」においては為替レートがどう変化しようとも350/kgは変わらない。つまり、通関後の価格の差は着港時の差160円である。よって「従量税」では為替の変動の影響をあまり受けないことになる。


W. まとめ

 一般に輸入国にとって従価税は市場価格の変動の影響を大きく受け、従量税ではあまり受けないという定説がある。それは正しいとしても、課税法の違いはそれだけではない。従価税と従量税との違いで誰が得をするのか、損をするのか…?それはそれぞれの輸出国の立場で微妙に異なり、輸入国においても生産者の立場、消費者の立場で異なってくる。まとめると、生産コストが高い、品質が良いなどの理由でとにかく着港価格が高い製品を輸出する国にとっては従価税は不利となり、従量税が有利となる。逆に、生産コストが安く、また、品質が劣る製品を安値で輸出したい国にとっては従価税が有利、従量税は不利となる。

よって、品質が良く生産コストも安い製品の輸出国にとっては従価税が有利になる。また、従量税の下では特に品質の劣る製品が輸入しにくくなる。輸入国が国際相場の変動の影響を受けたくないと希望するならば従量税がベターであるが、各輸出国を本当に競争させ良い製品を安く輸入したいと輸入国が希望するならば従価税がベターである。

 


 



Tariffication of Rice Imports in Japan

 

Eric J. WailesGail L. CramerJim M. Hansen

 

Department of Agricultural Economics and Agribusiness, University of Arkansas, Fayetteville, Arkansas 72701, E-mail: ewailes@comp.uark.edu

 

1.  Introduction

              One of the significant changes for the world rice economy as a result of the Uruguay round agreement for agricultural trade liberalization was the minimum access requirement for rice imports into Japan and South Korea (Wailes, Young and Cramer, 1993, 1994).  Rice imports were previously banned due to the high levels of domestic rice price support in both countries.  Initial minimum access requirements were 4% for Japan increasing to 8% by 2000, and 2% for South Korea increasing to 4% by 2004.  Various studies show that the volume of additional imports would have “large country” effects on world rice prices, especially for the high quality, short-grain japonica varieties preferred by Japan and South Korea (Cramer, Wailes and Shui; Kako, Gemma and Ito; and Park).  It has also been argued that higher prices have stimulated additional production, especially in Australia and the U.S. (Wailes et al, 1997b)

              As the next multilateral trade negotiations are approaching there is a strong interest in additional trade liberalization in rice, especially for tariffication of the minimum access import requirements and subsequent tariff reductions in line with other grains and oilseeds (USDA, Foreign Agriculture Service).  The Japanese government has already seized upon this issue by announcing in December 1998, a tariffication plan for rice imports in their 1999 and 2000 fiscal year.   This paper presents an analysis of the effects of the announced plan.  It compares the projected impacts of the tariffication policy to a continuation of the original minimum access agreement, and to various scenarios with respect to a) alternative assumptions about tariff rate reductions and b) with and without the safeguard tariff.   The results of this analysis show the impact of the various scenarios on Japanese rice imports, production, consumption, total world rice trade, and prices.  This study should be of interest to policy-makers, governments, food agencies, and private traders because it indicates that Japan’s rice import policy has significant impacts on the world rice market.

              The paper proceeds with a discussion of the new policy.  Second, the structure of the rice model and the source of the data are reviewed.  Third, simulation results are presented.  In the final section, the implications of the tariffication policy are discussed and concluding remarks are made.

 

2.      Rice Tariffication Policy

On December 21, 1998 the Government of Japan notified the World Trade Organization (WTO) that it proposed to introduce a tariffication system for rice imports.  The proposal does three things.  First, it establishes a secondary tariff to be applied to rice imports above the minimum access (MA) import levels (where the mark-up associated with the quota rent of the MA is considered the primary tariff).  The initial secondary tariff rate is set at 351.17 yen per kilogram (kg) for 1999 and reduced according to the WTO Agreement on Agriculture, Annex 5, Section A.6 by 2.5 percent per year.  Second, it reduces the annual increase in MA imports from 0.8 percent to 0.4 percent, according to Annex 5, Section A.2.  Finally, based on Article 5 of the Agreement on Agriculture, the new policy adds a safeguard trigger at 125 percent of the average rice imports during the previous 3 years.  This volume is adjusted by the addition of volume change in domestic consumption in the most recent year from the previous year, for which data are available.  For this adjustment a level of  –100 thousand tons was used in this study.  This proposal appears to have carefully followed the WTO guidelines.

 

3.      The Market Minimum Access Baseline and Tariffication Framework

              The Arkansas Global Rice Model (AGRM), a structural world rice market econometric model is used to simulate a baseline projection to the year 2010 assuming a continuation of the minimum access requirements (Wailes et al, 1997).  The new policy is simulated along with sensitivity analysis on the rate of the tariff reduction and the safeguard trigger.  The paper highlights the importance of these parameters.  Additional analysis will reflect the effect of the initial tariff level.

              The tariffication scenario requires that import demand elasticity with respect to price be estimated for Japan because, under the previous import ban and current minimum access policy, imports are perfectly inelastic with respect to world prices.  The elasticity estimate is derived from the econometric estimates of the domestic demand and supply elasticities weighted by import share to consumption and production, respectively.  The import demand elasticity is estimated to be -2.98 for Japan (Lee).  Trade and price effects of tariffication are then possible to estimate.

              The baseline scenario assumes that the minimum access requirements increase at the same annual rate (0.8%) as under the current agreement.  The tariffication scenario is based upon the announced policy as discussed in Section 2 above.  The tariff rate is applied to a border price based on adjustments to the U.S. California medium grain No. 1 fob price.  The model for Japan is simulated based on the policy objective of maintaining desirable levels of ending stocks.  Desired ending stocks are assumed to be 15% of domestic consumption.  

 

4. Model and Data

             The Arkansas Global Rice Model (AGRM), a representation of the world rice economy, is used to simulate rice trade. The model consists of 25 submodels (one for each country or region) which include the United States, Thailand, Pakistan, China, India, Burma, Vietnam, Australia, Japan, South Korea, Taiwan, Indonesia, the EU, Spain, Italy, Egypt, Iran, Iraq, Saudi Arabia, Brazil, Argentina, Uruguay, Mexico, Canada, and the rest-of-the-world (ROW).

              The AGRM implicitly attempts to capture the imperfect nature of the international rice market by incorporating government policies in the model’s supply, demand, export (or import), stocks, and price equations.  A typical country submodel is estimated as: 

 

            HAt         = f1 (HAt-1, Pt, Wt,  e1t  )                    Harvested area

              Yt           = f2 (Pt, W, Tt, e2t)                              Yield

              Dt           = f3 (Mt, RPt, WPt, e3t)                       Per capita rice demand

              NEXPt     = f4 (RESDt, FOBt, e4t)                       Net Export demand

              Pt           = f5 (RPt, e5t)                                     Farm price

              RPt        = f6 (FOBt, e6t)                                   Retail price

              FOBt     = f7  (THAIFOBt, e7t)                        Export price

              STKt      = PRODt   + STKt-1  - TDt  - NEXPt                Ending stocks

 

where,

              Pt          =   expected price received by producers

              Wt         =   expected input price

              eit          =   error term for equation i

              Tt           =   time dummy representing technological change and investment

             Mt         =   real per capita income

              RPt         =   retail price (weighted average of free market and gov’t ration price)

             WPt        =   the price of wheat (FOB Houston)

              RESDt   =   production less consumption

              FOBt     =   FOB price measured in local currency

              THAIFOBt  =   Thai export price (5% brokens).

              PRODt =   total production defined as total harvested area multiplied by yield

              TDt        =   domestic demand, which is population times per capita demand

 

              Major components of each submodel include supply, demand, trade, and price linkage equations.  Computationally, the simulation model solves for the set of farm, wholesale, and export (import) prices that simultaneously clears all markets in a given year for given exogenous factors.  Due to the dynamics of supply and demand, market-clearing prices must be obtained recursively for each future year simulated.

              It is assumed that the supply of rice is determined by profit maximizing producers. Assuming all farmers face the same prices, the industry equation describing planted acreage is a function of expected output price and input prices. Yield is specified as a function of expected output price, input prices, and technological change.  It is assumed that the demand for rice is determined by utility-maximizing consumers.  The trade sector is a function of domestic production, consumption, and CIF or FOB prices.  For an exporting country, farm price, Pt, is modeled as a function of the retail price.  Retail price is a function of the deflated FOB price and a time trend that captures the improvements in marketing efficiency.  Export price is modeled as a function of the Thai (5% broken) export price.  The international price, Thai (5% broken), is solved to close the model such that world imports and exports are equal in each year.

 

5.  The Japan Sub-Model

              The estimated equations for Japan are rice yields and per capita consumption. Yield and consumption models are similar to the general model discussed above. The per capita consumption equation is estimated and an identity of per capita consumption multiplied by population generates the total consumption estimate.  Harvested area is based on a policy of rice land diversion that is determined by the following identity, which closes the Japan model.

Area = (total consumption + ending stocks + exports - imports - beginning stocks) / yield

Stocks are policy-determined based on the objective of maintaining desirable levels at 15% of domestic consumption.  Exports for Japan are assumed to be 200,000 mt per year for food aid.  The Japan model equations’ estimator is OLS and the model was validated in simulation using Newton’s method in SAS.  Estimation and simulation Theil statistics were satisfactory. 

Table 1 reports the price and income elasticities and price transmission reflected in the estimated model for Japan.  The price elasticity for per capita consumption for Japan is -0.11, and the income elasticity is -0.051.  A negative income elasticity indicates that rice is an inferior good.

 

Table 1. Japan Rice Price transmission and elasticities.

 

Parameter

 Estimate

 

Domestic demand elasticity

 - 0.11

 

 

 

 

Retail price transmission

   0.40

 

 

 

 

Domestic supply elasticity

   0.08

 

 

 

 

Producer price transmission

   0.24

 

 

 

 

Import-demand elasticity

 - 2.98

 

 

 

 

Source:  Lee, 1997.

 

Price data are obtained from the Ministry of Agriculture, Fisheries and Forestry (MAFF) in Japan.  Production, consumption, and trade data for each country are from PS&D (USDA, Economic Research Service). 

 

6. Results

              The results of the tariffication scenario for imports for Japan are compared with the baseline of minimum access (import quota) in table 2.    The basic results of the model simulation suggest that the new policy reduces imports.  At the proposed new set of import policy parameters, only the 0.4% increase in the MMA is binding.  At the proposed tariff level, annual reduction of 2.5% does increase imports above the MMA over the period through 2010.  Further results, not presented in detail show that annual tariff reductions of at least 4.5% would be required to increase imports above the MMA, and this is projected to occur only by 2009.  At a 5% tariff rate reduction, imports exceed MMA by year 2007, at 5.5% by 2006 and at 6%, the tariff becomes binding in year 2005.  The magnitude of the additional imports will be reported in the full conference paper.  At these higher tariff rate reductions, the safeguard trigger is effective in reducing imports.  For example at a 4.5% tariff reduction, the trigger safeguard reduces imports from 1.299 mmt to only 1.157 mmt, a difference of 142 thousand mt.  Additional results of the simulation show that the riceland diversion will be lower with the new policy.  World prices are lower and domestic prices are higher.

 

Table 2. Comparison of rice imports under the baseline and tariffication scenarios.

   Tariffication scenario (A)  Import-quota base (B)   Difference (A-B)

 

 

Year      IM (1000mt)        IM (1000mt)        IM (1000mt)

 

 1995         451            451           0

 1996          500                 500                  0

 1997          569                 569                  0

 1998          620                 620                  0

 1999          644                 682                 -38

 2000          682                 758                 -76

 2001          720                 833                 -113 

 2002          758                 909                 -151

 2003          796                 985                 -189

 2004          833                1061                 -228

 2005          871                1136                 -265

 2006          909                1212                 -303

 2007          947                1288                 -341 

 2008          985                1364                 -379

 2009         1023                1440                 -417

 2010         1061                1515                 -454

 

 

7.    Conclusions

              This study has examined the impact of the new tariffication policy announced by the GOJ in December 1998.  The new policy is compared with a continuation of the MMA policy expanding at 0.8% per year.  The simulated results using the Arkansas Global Rice Model indicates that Japan’s rice imports will be effectively lower by 38 thousand mt in 1999 and lower by 454 thousand mt in year 2010.  The import level is only effectively bound by the MMA annual increase of 0.4%.

 

 

References

Cramer, Gail L., Eric J. Wailes and Shangnan Shui, "The Impacts of Liberalizing Trade in the

            World Rice Market,"  American Journal of Agricultural Economics, 75(February

            1993):219-226.

 

Kako, Toshiyuki,  Masahiko Gemma, and Shoichi Ito. “Projections and Policy Implications of     

            Supply and Demand of Rice in Japan”.  Interim Report of International Scientific Research Program.  Second Workshop on Projections and Policy Implications of Rice Supply and Demand in Japan, Korea, Taiwan and USA.  Ministry of Education, Science and Culture, Government of Japan, Tokyo.   December 1995.

 

Lee, Dae-Seob. “East Asian Rice Economies.” Unpublished M.S. thesis, Department of Agricultural Economics and Agribusiness, University of Arkansas, Fayetteville, 1997

            December.

 

Park, Joon-Keun. “Supply-Demand Analysis and Projection of Rice in Korea”,  Chapter in Kako, T.  Final Report on Projections and Policy Implications of Rice Supply and Demand in Japan, Korea, Taiwan and USDA.  Ministry of Education, Science and Culture, Government of Japan.  March, 1997.

 

United States Department of Agriculture, Foreign Agriculture Service. Japan and South Korea Attaché Reports.  Various years.

 

United States Department of Agriculture, Economic Research Service.  Production, Supply, and Demand Data, Washington D.C.  1998.

 

Wailes, E. J., K.B. Young, and G. L. Cramer, “Rice and Food Security in Japan: An American Perspective.”  Chapter 19 in L. Tweeten et al, eds.  Japan & American Agriculture:  Tradition and Progress in Conflict.  Westview Press, Inc.  1993.

 

Wailes, Eric, Kenneth Young and Gail Cramer.  “The East Asian Rice Economy after GATT.” Chapter in L. Tweeten and H. Hsu, eds. Changing Trade Environment after GATT:  A Case Study of Taiwan.  Council of Agriculture, Republic of China, Taipei.  1994.

 

 Wailes, Eric J., Gail L. Cramer, James M. Hansen, and Eddie Chavez. Structure of the Arkansas Global Rice Model. Department of Agricultural Economics and Agribusiness, University of Arkansas, Fayetteville, Arkansas.  1997a.

 

 Wailes, Eric J., Gail L. Cramer, Eddie C. Chavez and James M. Hansen.  Arkansas Global Rice Model: International Baseline Projections for 1997-2010.  Special Report 189, Arkansas Agricultural Experiment Station, University of Arkansas, Fayetteville.  July, 1998.  (http://www.uark/edu/campus-resources/recersch/agrmout.html)

 

World Trade Organization.  “The Agreement on Agriculture”.  1994  (http://www.fas.usda.gov/itp/policy/gatt/ag_text.html)

 

 


小さい稲作、大きい稲作

−自由貿易下で日米稲作の共存は可能か−

 

鳥取大学名誉教授 津野幸人

 緒言

 最近の三年間にわたってアメリカ・アーカンソウ州で日本品種コシヒカリを栽培する農家に住み込み、生産の実態をつぶさに体験してきた。また、これとは別にカリフォルニア州ならびにテキサス州の稲作も観察する機会をもった。北緯35度線以南で水資源の豊かなミシシッピー河および、その支流であるアーカンソウ河流域では、地下水利用の設備さえ整えれば、現在の畑地の多くで水稲栽培が可能である。緩やかな勾配をもつ畑地を水田に転換するには、一圃場区画内に5〜10cmの高低差を保つように等高線を引き、その上に畦(levee)を作る。そして、最高部の区画にポンプ灌漑をして、逐次隣接する低位の水田区画に水を流下させればよい。

 アメリカでのジャポニカ種水稲の生産は、稲作地帯でも比較的気温の低い北緯35度を中心に分布しているので、日長時間と気温の面からみて「コシヒカリ」や「あきたこまち」の日本品種は問題なく栽培でき、さらに登熟期の日照に恵まれているので、品質・食味共に優れている。日本への輸出拡大が段階的に可能となれば、現在の中・長粒種水稲から日本品種栽培へ切り替えることはさして困難ではないと考えられる(表1、図1、表2)。

 一方、四国・中国地方の小さい規模の稲作の改善に長年にわたって取り組んできた私は、それぞれの時期において可能なかぎりの機会をとらえ、小農擁護のための提言を行なってきた。この延長線上で、小さい稲作(日本)と大きい稲作(米国)との自由競争を巡る諸問題を論議してみたい。なお、ここで取り上げるアメリカの稲作は、将来わが国と熾烈な競争が予測されるところのジャポニカ系品種の生産である(表4、5参照)。

 論点をはっきりと御理解いただくために、農業をとらえる基本的な視座をここに記しておきたい。歴史的にみて、現在ほど人間の精神文化と物質文明が厳しく対立している時代はあるまい。かっては美徳とされた精神の高尚さ、あるいは感性から絶対知に至る精神の発展(ヘーゲル)などは教育の枠外におかれ、これを口にする人は極めて稀な日常である。物質文明の高度化すなわち経済発展が促す消費拡大は、人間の生存環境の破壊に繋がることは理解しつつも、為すべきことの実践、つまり欲望の抑制に踏み切れないで、徒に閉塞状態を嘆いているのがこの世紀末の世相ではあるまいか。

 人間の創った文明が人間を疎外するという矛盾は、やがて新たな文明の発見という形で統合されなければならない。閉塞された状態からの最良の脱出方法は、聡明な“fundamentalism(根本主義・原理主義)”への回帰であろう。すなわち、人間が根源的に精神の悦楽を覚えるところの生き甲斐、倫理の実践、万物との共生、こうしたものに高い評価を与える文明が人類の未来に期待されるのである。約一万年の歴史をもち、そこに固有のエートスを培ってきた生業形態としての農業は、未来文明への大きな役割を担っている。小さい農業を大きい農業が食い尽くすという弱肉強食の資本の論理から一定の距離を保ち、この産業が新たな文明の構築にどれほど貢献できるか、といった側面からの評価が必要である。また個々の農業技術においても、生産性の向上はさることながら人間の生き甲斐の確保と環境保全に視野が及ばなければならない。

 

1章 日米稲作比較論

1.“資本主義の精神(マックスヴェーバー)”にみられる日米の相違点

a.バイブル・ベルトにおける農業の強さ:プロテスタンチズムの倫理で支えられたアメリカ農業。ピューリタンはバイブルさえあれば孤独ではない。

 無宗教の日本農村:儒教倫理の崩壊で生産倫理の混迷する日本農業。過疎は日本特有の農民気質、共同体の崩壊とアイデンティティー(家系の継続)の喪失を重くみる。

b.(米)勤勉と節約、利潤は土地と労働手段(機械)に投資で規模拡大を実現。

(日)勤勉と土地財産の保存。婦人の過重労働。前資本主義的経営の稲作。

.ヨウマン(独立自営農民)からジェントリー(郷紳)さらにはユンカー(農場主貴族)を夢見る日本農民の挫折。補助金無しには何もできない情況。

企業的ファーマー(借地農民)の道を歩むアメリカ農民、その果てしない規模拡大。

.キリスト教にはファンダメンタリズムがあるが、日本仏教、神道にはこれが希薄だ。農民レベルで見たとき両国で職業倫理に大きな相違がある。天職、節約、誠実。

e.農業は日米共に環境への加害者の立場に立ち、市民的環境保護運動に対抗する姿勢をとる。

 

2.水田基盤の相違

a.アーカンソウでは田畑輪換農地とイネ専用水田(zero grade field、一区画20〜40ha)に二極分化。ゼロ・グレイド水田は、排水不良で畑作物の導入は断念している。

b.(米)大型機械の走行で心土は硬化、透水性はほとんど0mm/日。

(日)水が豊富なために一定の透水性を確保しようと努力する。

c.田面の均平度:ゼロ・グレイド水田で高低差5cm程度、日本水田3cm程度。

e.(米)農地の基盤整備は自己資本と農閑期の労力で実施。

(日)多額の補助金で実施。

f.(米)ポンプ灌漑であるためコストがかかる。

(日)重力灌漑でコストは少ないが、水路の保守が必要。

 

3.稲の肥培管理と生理の差異

a.施肥体系は日米殆ど同じ(基肥−分げつ把−穂肥−稀に実肥)だが、米国の日本品種は倒伏するために低収である。また、除草剤の薬害を受けやすいようだ。

b.本田での農薬防除回数は、無駄な防除をしないのでアメリカの方が少ない。

c.(米)中干し無しで10〜25cmの深水灌漑が多い。このために根腐れによる倒伏が目立つ。前作のイナ藁(stubble)は圃場で焼却するのだが、降雨があれば未焼却ワラが残る。次作のときこの分解で土は強還元状態となり、支持根(pegged root)が腐るので倒伏の原因となる。

d.大型コンバイン収穫では、日本品種の収穫ロスが多い。原因は、倒伏と籾と枝こうとの分離が悪い(脱粒性難)ため、穂がワラと共に吹き飛ばされる。

e.(米)収穫初めは籾水分が20%に低下したとき。このため胴割れが多くて精米歩合(籾→白米)が低い。

(日)約24%で収穫初め。籾→玄米→精米と工程が多い。

f.日本の場合は、必要以上に農薬を散布しすぎる。農協の経営と技術指導のありかたに再考を要する。

g.(米)幼穂形成期前から葉鞘ヘデンプンの蓄積が多く、出穂期には穂首節まで蓄積している。日射量が多いためと考えられる。

h.(米)5月上旬に播種すると、8月1日を中心に出穂するので高温期に登熟するのであるが、品質・食味共に良い。蓄積デンプンに多く依存しているためであろうか。

 

4.農場労働者の質

a.農業機械の操作

(米)機械の巧みな運転はもとより、保守・整備の能力(旋盤、溶接、部品交換)が常に要求されるので、この訓練が行き届き熟達している。このため機械の耐用年数が長い。部品の供給年数も長い。

(日)運転がやっと。農機具に安全性の配慮が希薄であるため怪我が多い。修繕は販売店まかせ。機械の耐用年数が短い。補助金で購入するため高価な機械を粗末に扱う。

b.技術や資材の評価能力

(米)数字(科学的データ)を信用し、ムードで動かない。ドライな経営判断が最優先する。

(日)数字よりもウエットな人間関係(義理)やムードで動きやすい。その一例、義理立ての農薬散布や農協押しつけの土壌改良資材の使用。

c.大学学部卒業者の質

問題なくアメリカが高い。日本の大学は、単位取得が容易いのでアルバイトやクラブ活動の片手間で卒業できる。その上、農学部では実践的な教育が少ないので、現場で役に立つ人材が育たない。実学と技術教育軽視の弊害が顕著である。

 

5.地域社会の人間関係と自然環境

a.人間関係

(米)教会を中心とした人間関係で地域社会が結ばれている。バイブルが行動の規範となっている。しかし農業規模拡大のために農村人口は減少し、小学校の廃校が目立つ。

(日)旧来からの村落共同体的な人間関係で結ばれている。過疎への怖れは共同体の崩壊が予見できるため。

b.自然環境

(米)現在、稲作が行なわれている地帯は水資源に恵まれているので自然植生が豊かであり、地形も平坦であるので農地の荒廃はほとんど見られない。しかし、地力そのものには衰えが進行している様で、稲作地帯では主作物も地力に対応して棉作→とうもろこし→大豆→水稲と遷移している。ゼロ・グレイド水田は文字どおり背水の構えであって水稲が最終作物(last crop)であるといえる。

 ここでのもっとも深刻な問題は農薬である。その全てが空中散布であるために戸外を歩くと危険を感じる。散布時間には人はじっと屋内に潜んでいるか、窓を締め切った車で移動するしかない。しかし、農地周辺の森には野生動物が多く、沼・河川には魚類が豊かである。散布情況からみて多分、農薬に汚染されていると思われる。

(日)我が国ほど農業が野生動物を駆逐した国は、世界的にみても例が少ないであろう。作物を愛護するのが農薬(くすり)散布だと受けとめる農民心情と、これを利用して保身を図る農林系官僚技術者・研究者の行動も日本の自然を破壊するのに力を藉している。国民の環境問題への関心はアメリカよりも薄い、例えばお茶の生産に水稲への十倍以上の化学合成窒素が施用され、頻繁に農薬が散布されている実態を消費者は知っているのであろうか。

 

6.稲作の将来展望

 a.米国の稲作

 日本の米市場が全面的に解放されるならば、現在の国内市場向けの中・長粒種生産の相当部分を割いて、日本品種の生産に切り替えるであろう。この方が国内米価を維持するうえでも好都合である。ただ、現在の日本品種の低収性(主に倒伏と除草剤の薬害)をどのように克服するかが大きな課題である。しかし、技術的にはさして困難ではないと考えられる。米国産日本品種の食味は、日本産に較べて遜色はないので、これが輸入されれば価格面から日本稲作に大打撃を与えるであろう。

 この根拠として伊東正一氏の試算結果を示そう。1993年における@アーカンソウ州産コシヒカリ、Aカリフォルニア産キャルローズそしてB中国・黒竜江省産米の着港価格に関税はゼロとして、通関、保管手数料、国内販売手数量を加えてそれぞれの10kg当たりの国内小売価格を推定した。その結果は@2,272円、A1,509円、B1,065円となった(世界のジャポニカ米、食糧振興叢書p163)。一方、国産米10kgは、4,000〜6,000円程度であるので価格競争の結末は明らかである。(注、アーカンソウ産コシヒカリの価格が高いのは、主として精米単収が238kg/10aと低いために生産コストが高騰した。)

 アメリカ稲作での大きな問題点は、次の二点が考えられる。

 第一:社会的な面では、隣の農場を包摂する形で規模拡大がなされるので、地域人口の減少が無視できない状態にある。農村地域の小学校数が半世紀の間で著しく減っている事実は、良質な農場労働者の確保が将来は困難となることが予測できる。

 第二:農業機械の性能が良くなる事は、規模拡大を一段と促すであろうが、それだけに除草剤への依存度が高まり、これによる環境汚染が間違いなく深刻化するであろう(表6)。

 いま土壌保全や有機農産物への需要の高まりに応えるために、持続的農業あるいは代替農業へ熱い視線が注がれている。その一環として不耕起栽培の試みがアメリカでなされているが、これは輪作の強化で作物残滓量を増やし、その敷き草効果によって除草剤からの解放を目指すものだが、水田最悪の雑草である赤米の防除には確実な効果がある。さらに、水田は土壌保全効果が高い(エロージョン防止と脱塩効果)ので、この面からも評価されるであろう。

 アメリカのアーカンソウ州では、全米第一の稲作面積をもち日本品種の生産に意欲を燃やしている。さらに中国東北地区の黒竜江省では北海道の品種は容易く栽培することができ、企業的大農経営も一部には台頭している。将来、自由貿易が全面的に展開された暁には、これら外国産の日本品種米が我が国の米市場に押し寄せてくることは明白である。この時に備えて、わが水稲の生産体質の改善を急がなければならない。

 b.日本の稲作

 我が国には、全水田面積に水稲を作付けすれば、たちまち米の過剰供給をきたすという事情がある。農業本来の在り方から言えば、余剰水田のみならず遊休農地にはとうもろこしなどの飼料作物と大豆を栽培して、少しでも食糧自給率を高める努力が必要である。二十五億トンに達する世界の穀物生産の全量をみて、将来の食糧供給に楽観的な見方を採る人も多いが、1972年の旧ソ連やアメリカ農産物の不作、そして翌年のニクソン政権下での輪出制限の事実を、我々は決して忘れてはならない。食糧自給は一国の主権の確保に深く関わっているのである。

 アメリカに対して稲作の規模拡大で立ち向かうのは、近代戦に竹槍を持ち出すようなものである。生産理念と手法を「量の論理」から「質の論理」に転換して戦うのだ。すなわち、「安全性と環境保全」の強化である。このためには、政府誘導ではなく農民の自力達成でなくてはナショナル・コンセンサスは得られない。そして、これに対する民間食品関連業者の幅広い支援活動が必要である。

イ、国民の米離れを食い止める、学校給食にはもっと旨い米を提供する。

ロ、安全な食物の供給と環境保全の一体化をうたった有機農業の普及。この分野から官僚は手を引け。

ハ、有機農業を環境保全管理費で政府は財政的に支援する。アメリカでは除草剤の使用が不可欠のうえに、ここに大きな問題を抱えている。ここが攻め口だ(表7、8、図2)。

ニ、農業を大切にするためには、何人も否定できないところの高い理想を掲げること。

 “倫理・道徳の経済的適用”これを善くする文明が未来社会で生き残る。


2章 道徳の経済的適用

 緒言

 「農業は精神論では救えない」、これはある農業経済学者の講演内容の新聞見出しである。果たしてそうだろうか!精神論だけでは経営は成り立たないのは自明であるが、むしろ精神論を欠いた資本の論理丸出しの経営理念が日本農業を歪なものとし、補助金無しでは何もできない無気力なムードを醸してしまったのではなかろうか。前章では、わが国の零細規模稲作とアメリカの大規模稲作をいくつかの角度から比較検討した。これは一見両国間の米生産性の比較と受けとめられるかもしれないが、こと米に関しては我が国の歴史、文化の全域に深く関わる最重要の農産物であって、一農産物の生産とその国際競争力の比較として捉えるにはあまりにも重い課題を多分に含んでいる。だが、このことは関係なく現実には完全自由化に向けて米市場を外国に開いていく政策が採られていることは周知のとおりである。

 すでに、国際市場の自由競争にさらされた我が国農産物の運命は、小麦、大豆にみられるように極端な自給率の低下で示されている。食糧自給は国家の主権に関わる重要問題であって、一部の重商主義者が唱える国際農工分業論が国民の多数から支持されているとは考えられない。さりながら、一方では安い食糧を世界に求める消費者の要望も無視することはできない。しかしながら、我々が未来に直面する食糧問題は、貿易だけで解決可能な枠組みを大きく超越した事態を視野に入れておく必要があるだろう。たとえば、幾度も指摘されているように、一国内から離れて地球規模の問題に目を転じると、われわれはエネルギー資源や環境問題が抜き指しならぬ危機的情況にあることに気付くのである。その環境問題の一環として農地の荒廃や農薬汚染も見逃すことのできぬ情況にある。これらは現代文明の特質とも言える物財の加速された消費に基づくものであって、この文明の方向修正なしには解決できない問題である。

 結論から先に言えば、二十一世紀においては農耕文明の特質といえる省資源・循環的物財消費への回帰が図られるであろう。また、そうならなければ人間存在を脅かす環境問題の解決の糸口は見出だせないのである(図3、表10参照)。いかなる文明もそれを支える精神がある。もちろん農耕文明にも固有の精神があるに違いない。その精神を遅れたもの、前近代的なものとして排除してきたのが現代資本主義文明ではあるまいか。本論では農業生産の背後にある形而上的存在に価値を発見し、それを経済行為のなかに積極的に生かしていこうという提案を行なってみたいのである。

 

1.無農薬有機米の選択

 三十ヘクタールの水田営農規模といえば我が国では大農のカテゴリーに属するが、この面積はアーカンソウ州における一枚のゼロ・グレイド水田にも及ばないのである。農業従事者の質を稲作部門に限ってみても、大型農機具の駆使に長けた農業労働者と独立独歩の道を歩む経営感覚に優れた経営者、そして、多量の収穫物を迅速に処理する一連の貯蔵・加工施設の完備、さらには、ゆるぎない実学の精神に貫かれた農業関連の研究機関と農家との緊密な連携、どれ一つとってもアメリカの方が我が国よりも優位に立っている。もし我が国の米市場を全面的に解放された暁には、アメリカ産日本品種米に国産米が価格のうえで敗退し、稲作農家は苦況に陥ることは今からでもたやすく予見できる。

 これに対する意見をアメリカの米生産者に徴すると、「同じ土俵で競争すれば生産性の面からみてアメリカが勝ちを制するのは決まっている。日本稲作は、アメリカ産日本品種米とは差別化できる方向を歩むのが賢明ではないか」と、何人もの口からつぶやかれたのである。また、ある人はこうも言った。「日本から自動車や電気製品を輪入しなくともアメリカはちっとも困りはしない。だが、かりにアメリカが食糧を輸出しなければ日本はどうなるだろう」と。世界的な不作年を想定したとき、この発言を子供じみたものと笑い飛ばすことができようか。では、一体どのような方法で差別化(特殊化といってもよい)を実現すればよいのか。この具体的な提案を競争相手に期待するのはまさに愚の骨頂である。我々は食糧自給率の向上を念頭に置きつつ、衆知を集めてまず日本の稲作を守る方策を見出ださなければならないのである。

 すでにみたように、同一品種の白米で外見と食味が等しければ、消費者は安いほうを選ぶのが当然である。これを食い止めることは誰にもできない。国産米が価格競争で生き残るためには、外国産日本品種米よりも何等かの点において優れた特質を持たなければならぬ。この優れた特質を付与することを特殊化と呼ぶならば、いま最も消費者に受け入れられている特殊化とは食味の良さか安全性の何れかであろう。この二つを兼ね備えた米ならば、十分に外国産米よりも高価格で太刀打ちできる。現に国産米の中においても際立った高値で取引されているのは無農薬有機米である。用語の煩雑さと正確を期するために、いわゆる無農薬有機米を有機農業米と呼ぶことにすれば、この米を生産する意義、すなわち「食の安全性」と「国土の環境保全」を消費者に訴え、それに見合う対価を通常米価に上乗せする方向を選択するのが妥当であると思われる。

 最近、環境庁が発表した内分泌攪乱作用を有する(環境ホルモン)と疑われる化学物質67種類のうち、農薬として使用されているものは実に44品目に及び、その内訳は殺虫剤27、除草剤10、殺菌剤7である。この他に使用されている農薬はおそらく数百種類をこえるであろうが、環境庁があげた44品目以外は安全だというわけでは決してない。事実、史上最強の毒物といわれるダイオキシンについても1970年初頭では、その毒性を知る日本の化学者はきわめて稀であった。私の学生時代の昭和二十年終わりでは、いまや危険な有機塩素系農薬として人ぞ知るBHCは、人畜無害であるから一摘み米俵に入れるとコクゾウムシがつかないと農薬学の講義で紹介されたものだ。農薬に限らず現在商業的に生産されている化学物質は約十万種あるといわれる。たとえ製品として問題はなくても分解過程で生成する毒物−例えば塩化ビニールの焼却で発生するダイオキシン−に想いを巡らすとき慄然とせざるをえないのである。

 すでにみたようにアメリカの稲作は、大型農機具と農薬なしには成り立たない。この点、我が国は小回りの利く小農稲作がほとんどである。表11は近未来における日本農業の類型を示した(拙著、小さい農業、1995農文協刊)ものであるが、表の番号1にある定年退職者の帰農が目立ってきたのも昨今の現象だ。農水省の夢想する大型稲作は平坦部でしか物理的に展開できない。起伏の多い地形で谷間に作られた日本の水田は、有機農業一色で塗り潰すほどの決意で国際間米戦争に望まなければ勝ち目はない。

 

2.有機農業米の生産を阻むもの

 a.官僚技術と有機農業

 有機農業を提唱し、それを全国組織の有機農業研究会(1971年発足)に育てられた一楽照雄さんが、「苦労して自分達民間でやってきた有機農業を、欧米で実績が上がってきたので、これまで水を差していた役人が自らでコントロールしようとする動きがある」と、以前に私に憤慨されたことがある。その後の経過の一端はこうである。

 農林水産省は「環境保全型農業推進本部」を設置し、平成6年4月「基本的考え方を公表」。「全国環境保全型農業推進会議」を結成し、熊沢喜久雄氏が会長となる。この事務局は、東京都千代田区大手町のJA全中農業対策部営農課内に置かれた。そして、この「会議」は、「環境保全型農業推進憲章」づくりに向かって動くのである(平成8年2月27日第5回会議)。「会議」の設置趣旨では、・・・生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業(環境保全型農業)を全国的に推進していく必要がある。と、うたっている。憲章素案では環境に対する負荷を極力小さくする、ことが打ち出され「人と自然にやさしい農業」を目指している。一楽氏の危惧のとおりに、有機農業本来の化学肥料と農薬とから絶縁するのではなく、生産性との兼ね合いで環境負荷を減らそうというのであって、有機農業本来の意義は見事に美辞麗句でぼかされてしまっている。

 各県の農業研究機関の動きも中央の意向を汲んで、「生態系活用型農業における生産安定技術」の確立に取り組んでいる。これは、農水省技術会議の助成事業として実施されており、水稲栽培の内容は減農薬・減化学肥料であって、あくまでも収量水準を慣行(化学)農法並みに保つのが基調となっている。私にとっては甚だ不本意なことだが、完全無農薬を目指して完成した水稲の再生紙マルチ栽培も、官僚研究者・技術者の扱いでは減農薬栽培という形でマニュアルが作られ、元肥が有機肥料で農薬散布回数は1〜2回の減少という程度である。これではお茶を濁していると非難されても致し方なかろう。消費者は、化学肥料と絶対的に農薬を使わない米を望んでいるのであるから。

 こと水稲に関しては、完全無農薬・有機栽培で毎年安定した収量を上げている農家は数多く存在している。ただし、収量水準は500kg/10a内外だ。あと100kg多く取ろうとして病気や害虫にやられてしまう。試験研究機関の成績は、有機農法と慣行農法の一作だけの収量を比較している。一楽照雄氏が有機農法あるいは有機栽培ではなく、「有機農業」という名にこだわったのは、単なる一作物・一作だけの収量ではなく前後作を通して輪作農法的に土を豊かにし、また畜産部門との結合を通して土を肥やして、その反映として安全な食物を得るという農業本来の形を頭に描いておられたからである。

 なお是に私見を付け加えれば、有機農業における技術の本質は、たくさんの収穫物を取ろうとするのではなく、限度一杯に取ろうとする欲望を抑制して、控えめな収穫物を農地から戴くところにあると思う。有機農業、自然農法の成功者の事例からも、また私自身の経験に照らしても、抑制こそ技術であると結論できるのである。この点において、「農家のため」を標榜して生産性を強く意識する官僚技術と、「抑制」でもって安全性を追求する覚めた民間技術との隔たりは大きい。

 有機農業に関して生産性信者の官僚技術者は、そっと見守るだけでいてほしいものだ。ついでながら言えば、自然生態系を活用しない農業は植物工場くらいのもので、少なくとも農地を利用する農業では生態系の活用無しには存在できないのである。ことさらに生態系活用型農業と言うのは、慣行農業が生態系を破壊していることを意識して名付けたのであろうか。それならば命名者にブラック・ユーモアの才ありとして万斛の敬意を表さなくてはならぬ。

 さて、有機農業は抑制を基本技術とすると言ったが、その根拠をここで説明しておこう。農業一般の法則として収穫逓減の法則が存在することが広く認められている。これは、生産資財の投入量(x)を横軸に、そして収量(y)を縦軸に取り、その関数関係を求めると、

       y=A(1−e-ra)…………………(1)

 上式で示される。ただし:Aは最大値。rは増加率。aは投入量。

すなわち、最初の投入資財1単位の生産効率は高いが、投入を加えるごとに効率は低下して、最大値Aに近づいていく。(1)式を図示すればAを漸近線とする直角双曲線のような形となる。投入量aを大きくしてもある上限値A(収量)は多くならないという内容である。

 なぜ、このような法則が広く存在するかといえば、成長を量的に支配する資源量(S)が一定空間で有限であり、これをそこの空間内に現存する生物個体の総細胞が分配しているからである。

 一般に、生物の個体数あるいは細胞数(N)の初期増加は、次のとおりに示される。

        N=nert   ……………………(2)

         ただし:rは増加率。tは時間。nはt=0における個体・細胞数。

 したがって、時間が経つにつれて指数関数的にNは増大するが、個体あるいは細胞に分配される資源Sは一定であるから次のとおりに減少する。

        S/N=S/nert   ……………(3)

S/Nが減少すれば細胞の活力は衰えて老衰から死に至るのである。(3)式で示される関係が自然界を支配しているために、生物集団が過度に増殖すると、やがては全体が死滅に至ると考えられる。

 (1)式を水稲にあてはめて具体的に説明する。もし投入資財がチッソ肥料であれば最高収量Aに近付くと効率が落ちるばかりではなく、生育状態が過繁茂となって病虫害の抵抗力が低下するので、農薬散布が必要となるのである。さらにチッソを投入すると収量は最大値Aに達したのち、防ぎきれない障害のために激減していく。化学肥料ベースの慣行栽培は、成長についての最大の制限因子であるチッソを容易く補給することができるので、初期生育を旺盛にすることで多くの籾を確保できる。いっぽう茎葉も大きくなり、その活力を保つために継続的にチッソを与え続けなければならない。このように慣行稲作は最高収量を巡っての危険な綱渡り(肥料施用)を毎年繰り返しているのである。それ故に、農薬なしでは生産が不安定となるわけだ。生産を安定させるのは至極簡単で、チッソ肥料を減らせばよいのである。だが、これまで増産一点張りで農家の信頼をつないできた官僚技術者からは、「収量を落として安全にイネを栽培しましょう」などとは絶対に言えない。ここを察して従来の感覚をもつ官僚(JAも然り)は、有機農業の分野からは手を引きなさいと勧告しているのである。

 しめくくりとして最高収量Aをめぐる問題を整理しておきたい。戦後しばらくは朝日新聞社の音頭とりで、かなりの年数をかけて稲作日本一競技会が全国規模で行なわれた。この最高記録は、天候に恵まれた年で玄米1000kg/10a内外である。なぜ、この辺りに現在の日本品種の収量限界があるかという点を考察する。

 玄米単収1000kgといえば平方米当たりでは1000グラムであるから、玄米1粒を22ミリグラムとすれば45,455個の玄米がなければならない。現実には全部の籾に完全な玄米が実るわけではなく、最高にみても90%の籾に市販できる玄米が実る。それゆえ、1000グラムの玄米を得るためには最低限50,505個の籾が用意されなくてはならぬ。この籾に玄米が充実するためには葉の光合成によるデンプン生産が必要で、これには穂が出た時期に籾1個当たり1.5〜2.0cm2の葉面積を持たねばならない。この葉面積を50,505個の籾に掛け算すれば、平方米当たり7.58〜10.10平方米の葉面積が必要となる。一方、イネ群落の最適葉面積は、我が国での好天侯のときで7平方米(土地1平方米当たり)とされている。葉面積10平方米では過繁茂となり倒れてしまう。そこで、葉面積を7程度に抑えておいて、その光合成能力を高めるために穂揃期からチッソをたくさん吸収させるのが多収穫技術のコツとなる。このため、多収穫された米はチッソ濃度(蛋白含量)が高まるので食味低下の大きな原因となる。

 平方米当たりに5万個の籾を確保するには、生育の早い時期からチッソをたくさんイネに吸収させる必要がある(図9参照)。チッソ肥料を効かせて多収穫を狙うイネ作りでは、常に稲体のチッソ濃度が高いために−倒伏防止のため幼穂形成期にチッソを抑制することもあるが−稲体は軟弱で繁茂度が高くなる。そこで農薬散布が不可欠の作業となるのである。技術指導にあたる諸先生方は、上の原理はよく理解されていると思うが、JAの要請で思い切った資材節約による安定稲作に踏み切れないのが現実の姿と推察する。さらに、農法的な発展策が見出だされぬままに、休耕田や荒廃農地が日を追って増加する現実を前にして、ともすれば無気力に傾く気持ちも理解できるが、有機農業に水を差す行為を屈託した気持ちのはけ口とすることだけはごめんだ。

 環境保全型農業の推進の流れを受けて、官僚技術者のなかにも有機・減農薬を指導する動きもある。この時、畜産から出てくる糞尿を未熟なままで水田に投入すると、表土層低部の土壌溶液ではアンモニア態チッソ濃度が化学肥料(化成肥料)を施した場合よりも著しく高まることがある(図6)。これでは必ずといってよいほどイモチ病がでる。そこである程度の農薬は絶対に必要だと、農家に向けて宣伝するのだ。地力は全面的に士壌に含まれる有機物と土壌の粘土特性が関わっている。粘土特性も良質な有機物の施用でカバーすることができる。しかし、毎年1トン/10a程度のイナ藁還元では炭素含有率(有機物量)の増加は0.02%程度で、水田に4トン投入を15年続けてやっと0.0124%の増加でしか過ぎない(図6)。一方、アフリカ・ザイールの熱帯雨林での休閑年数と炭素率との関係を図5で示したが、これは図6とは桁違いに大きな増加を見せている。このように土壌有機物を増やすには自然生態系の力を借りるのが最もよい。だが、連年耕作する常畑では、適切な輪作と完熟堆肥の施用が望まれる。未熟なC/N比の高い堆肥を田に施すと、それが分解する過程で根に害を与える。表12はC/N比が低くてチッソの多い泥土を連続無肥料田に客土したときの収量の変化をみたものである。収量は270kgより一挙に550kgと驚異的にふえたが、その翌年は土壌チッソの減少で350kgに低下した。これらの事実は、有機農業の展開にとってきわめて示唆に富んでいる。

 数千年の歳月をかけて、無数の試行錯誤の結果により導かれた伝統農法は、図4で示すごとく、自然の営為を人間が代行しているのである。人間の役割は、自然の営みの時間を短縮しているに過ぎない。この自然と人間との関係を有機農業の根本に据えなければ枝葉末節の迷路に踏み込み、果てしない空疎な議論と出口の見えないトンネルのなかを有機農業は彷徨うであろう。さらに農業の永続性を保つためには、自然についての深い洞察と、自然に害を加えるところの技術を断固として排除する勇気が必要である。

 

 b.多収穫の呪縛にかかった自然農法

 いま「有機農業」の実施者の中には肥料だけは有機肥料で、農薬は最低限使用している人もいる。完全無農薬の人からみれば、それを有機農産物として出荷されたのでは詐欺に等しい行為だと憤慨するのも無理からぬことだ。だからといって、公的機関や役所の権威にすがって認証制度を求めるのはあまりにも早計である。これは後で論議するとして、ここでは完全無農薬・無化学肥料栽培を標榜している「自然農法」をとりあげて検討してみたい。

 数のうえからいって、いわゆる「自然農法」を実施している人の多くは世界救世教の信者である。これはこの教団の創始者である岡田茂吉教祖が当時の大日本観音教・教団本部の置かれた玉川郷(東急大井町線上野毛駅の近く)の庭で昭和11年(1936)より同14年まで自給菜園で野菜作りと養鶏を行なった結果から「神示の農法」に到達した。要するに、「人間に対する医療に行き過ぎや過ちがあるように、従来の農法にも自然を無視した誤謬が潜んでいることを見届けたのである。すなわち、金肥、人肥、きゅう肥、などの肥料や農薬が、作物や土に害毒を及ぼしたり、病虫害の原因になっていること、さらに、その肥料や農薬が人体や家畜の健康に大変な悪影響を与えることの具体的な裏付けを得たのであった。」(東方の光、下巻p141)。こうして昭和17年より水稲にまで無肥料栽培の実験を広げた。さらに、箱根の強羅に転居したのちも実験を続けた。

 本格的な普及活動の開始は戦後の昭和23年からである。その年の12月に機関誌「地上天国」誌では「無肥料栽培」と発表されたが、同25年(1950)にこの新農法の名を「自然農法」と統一したのである。名はともかく農法の内容を岡田自観著「無肥料栽培法」(日本五六七教会発行昭和24年p94)より抜いてみると、「前述のごとく金肥及び人肥は必要としないが、天然堆把は大いに利用する必要がある。それに就いて述べよう。あらゆる植物を成育させる場合もっとも肝腎なことは、根の未端である。毛細根の伸びを良くすることであって、それには土を固めないようにすることである。堆肥はあまり腐らせ過ぎると固まりやすくなるから腐れ位がいい。草葉の堆肥は早く腐食するからよいが、木の葉は繊維や筋が硬いから長期にわたって十分腐食させるべきである。」このようなやり方での「実験報告」が同書のほぼ80%に及ぶ16〜90頁に載っているが、大部分は増収効果があったという記事だ。最後に、神農生(教祖)の感想として「要は、汚穢のない最も清浄なる土壌であらねばならない。それによって驚くほどの効果を挙げ得るのである。故に無肥料栽培が全国的に行なわれるとするとすれば五割の増収は容易であり、農民の収入は現在の倍額となり、労働時間は現在の半分で済むことになろう。」と結んでいる。

 その後、昭和28年に刊行された岡田茂吉著「自然農法解説」(世界救世教発行)では、畑作は枯草、落葉で、稲作はワラをできるだけ細かく切って、土によくねり混ぜれば良いとしている。ただ気になるのはこの本の表紙に「実績報告五十三例掲載。金肥人肥を使わず、五ケ年にして五割増産確実」と印刷されている。この教団の忠実な信者は教祖の示した方法を真剣に守ってきたのである。岡田茂吉教祖は、医療の薬害を体験したことから近代科学と唯物主義に疑問を抱き、霊を浄めることで病気を直すという教団を育てた。その延長線上に土を浄めるということを根本に据えた自然農法を提唱したのである。

 私が初めて世界救世教の自然農法に接触したのは昭和56年であった。この時の鳥取県での自然農法稲作のイネの姿は惨めな状態であった。一言でいえば、雑草発生を防ぐために深水灌漑をしており、このために根腐れに犯されていた。したがって、慣行稲作では滅多にみられない胡麻葉枯れ病が随所にみられ、典型的な秋落ちイネがほとんどであった。そのなかで、鳥取市周辺の伝統農法であったヨシの刈り敷きでのイネ作りは、すばらしい出来栄えであった。そのイネの美しさに魅せられて私も自然農法稲作の研究を始めたのであった。研究結果の一部を示せば、自然農法といえども慣行農法と同じ収量成立のルールにしたがっており、前項で延べたチッソ吸収と籾数との関係は図9のとおりに、見事に同じ回帰線に乗る。また、ヨシの刈り敷きなどで地力を強化した自然農法の田では、地力を高めた上で化学肥料の追肥を多く施した田と同程度の収量を上げていた(図10)。

 合計十四年にわたって大学の試験水田でワラに米糠を混ぜた堆肥、それに菜種油粕の追肥という内容で自然農法稲作を行なってきたのだが、その間に病虫害に悩まされたことは一度もなかった。試験結果と自分の観察から導いた結論は、表13で慣行:有機を対比したとおりに、小振りなイネを育てて稲群落の風通しと、下葉にまで太陽光線が当たるようにすることである。すると、稲体の珪酸含有率が高まって(図8参照)、イネは病虫害に対する抵抗性が高まるという筋道が見えてきた。問題は、収量を慣行稲作よりも低く抑えることだ。(注:下葉にできるだけ光が当たるように育てれば、小型のイネとなり、穂数が少ないので減収となる。ただし、地力があれば実入りがよくなり、食味も向上する。)とはいっても、これを実行することは容易ではない。即物的な技術の問題ではなく、窮極すれば精神・心の在り方の問題となる。

 その当時、無農薬で稲作ができるとはどうしても信じられなかった。しかし、信者のイネ作りの実態がわかるにつれて、世界救世教の自然農法稲作だけは無農薬・無化学肥料という点では本物であることが納得できたのである。戦後の食糧難時代には低収のために米の供出に苦しみながらも、教祖の示した農法にしたがえば必ず増収すると信じ切って、ひたすらワラを刻んで田に施すだけでやってきたのだ。世間から嘲笑を浴びせられながらも、この人たちが無農薬・無化学肥料でも稲作はやれることを実証したのである。しかも、低位収量ばかりではなく、それぞれの土地の伝統農法を積極的に取り入れた少数の信者は、慣行農法並みの収量を上げている。

 しかしながら、自然農法提唱当時から付きまとう増収信仰は、依然として現教団に引き継がれている。過去の経過を冷静に分析すれば、低位収量で満足すれば虫にも病気にも犯されないという法則が導かれるはずである。そして、欲を制するという行為を習いとすることが、宗教の究極目標とも矛盾しないものであることを悟るはずである。しかるに、現状では有効微生物利用農法、あるいは化学肥料に近い高濃度の肥料成分を含む資材の利用でもって増収を図ろうとする動きが強まってきた。農法をとおして精神の発展を期すという、農業本来の意図とは大きく隔たったところに低迷している状態である。

 世界救世教の自然農法には増収への傾斜が濃厚に認められるが、おなじ自然農法を名乗る福岡正信氏の書物も自然農法の増収効果が歌い上げられている。その一例だが、福岡「自然農法」で10a当たり7石(1050kg)取れたという(「緑の哲学」p293)。同氏とは郷里も同じで、昭和42年以来その水田作を注目してきたのであるが、田全体が揃って高収量を上げた光景にはお目にかかったことがない。部分的によい生育の場所を示して多収穫の可能性を強調される。それを信用して福岡農法を実践し、かつ多収穫に失望した人も多いはずだ。

 福岡氏は、さかしらの科学知を乗り越えて、自然に任せるならば増収すると説く。多分に中国の老荘思想を受け入れておられるようである。が、老荘が自然に任すというのは、人間社会の俗事を超越して、心の自由を自然の原理すなわち「道」に任せきっているのである。こと世俗の生業については体を労することを宿命と認め、生業の業の巧みさには称賛を惜しまない(たとえば包丁使いや車輪作り、「荘子」岩波文庫)。

 なお心の有り様として注目すべきは荘子・外編十一にある次の物語である。これは工業文明にどっぷりと浸かった我々に心地よい清涼感を与える。孔子の弟子である子貢が旅をしたとき、深井戸から水を瓶にいれて担いで上がり、孜々として畑に水をやっている男をみた。そこで、子貢は跳ね釣瓶の便利なことを縷々と男に説いて聞かせた。その男曰く、「機械(からくり)ある者は必ず機事(からくりごと)あり、機事ある者は必ず機心(からくり心)あり。機心、胸中に存すれば、即ち純白(純真・潔白)備わらず。」純真・潔白なものが失われると精神が安定しないから跳ね釣瓶を使わないのだ。という答えに子貢は驚いて、仕事に成功を求めたり、骨折りを惜しむ心で本質を損なう、ことを恥じたのであった。この純白の心を尊ぶ姿勢は長く漢民族の伝統として保たれ、あるいは形をかえて儒教の至誠を尊ぶ精神として漢民族の倫理を形成するのである。

 自然農法を批判する官僚技術者の論点は、一にかかってその低収性と不安定性である。収量を低く抑えることと安定性は一体化したものである点に目が及ばないのである。また自然農法実施者も増収の虜となり、いかがわしい資材に飛び付いて資金ばかりか貴重な心を失っている。増収信仰から自由となり、永続的な伝統農業に規範を発見していくのが最もまっとうな有機農業の進め方だと私は考えるのである。

 

2.代替文明の必要性

 a.代替農業について

 アメリカ農業は、1980年代に色々な意味で大きな転機を迎えたといわれている。この年代の半ばには作物価格や土地評価額が下落すると、多数の農場や地方行政の財政が悪化して、20万戸以上の農場が破産した。86年以降は主要農産物の価格が上昇したことと輸出の増加によって農家経済は回復をみた。しかし、一方では農業生産による環境汚染が抜き差しならぬところまで進行していることに気付いたのである。たとえば、農薬汚染、化学肥料ときゅう肥がもたらす地下水の碩酸塩汚染、さらに食品中の抗生物質や残留農薬問題など、深刻な問題となってきた。そこで、現在の主流である工業的・資源浪費型農業に替わりうる農業(Alternative Agriculture,代替農業)を探索・調査するいくつかの委員会が設置された。そのレポートでは、「多くの農民が、経営コストと環境に対する悪影響を軽滅するための手段を講じてきていることをみた。………… このように代替手段を取り入れた農民は、自然の過程や農地内の有益な生物相互作用をできるだけ利用すること、農外からの投入資材を軽減すること、そして経営効率の改善することなどに努めている。」ことに着目して、その科学的根拠と経済的評価を行なっている。(「代替農業」久馬一剛ら監修、自然農法国際研究開発センター、1992)。これによれば代替農業の殆どは伝統農法の成功例に学び、その原理を活用しているようである。

 アメリカにおける代替農業の探求は、環境保全と土地の長期的利用という経済観点の両面から冷静に計画・提案されたものであって、これに較べて我が国研究者の一部が取り上げている不耕起栽培の動機には理解しがたい一面がある。その理由は、輪作を意識しないイネ単作の不耕起栽培では、たんに流行を追ったところのアメリカ流の真似事ではあるまいか。これを地に着いたものにするには、小麦、大豆、水稲といった輪作体系を等閑にしてはいけないのである。

 伝統農法のなかから優れた技術なり、技法を発見して、それを時代に生かすというやり方は、すでに今世紀のはじめにイギリス人、アルバート・ハワードが見事なお手本(農業聖典)を示している。かれは、私の新しい教師はインド農民と、彼らを悩ませる病害であった(有機農業、p21)、と述べているように、通気性がよくかつ有機質含量が高い土壌には病害が見られなかったという事実から啓示を受け、中国農法にある農場廃棄物の堆肥化のインド版を工夫したのである。この簡便な堆肥製造法を1930年代のインドで普及させた。

 中国農法がヨーロッパで注目されたのはF.Hキングの著書「四十世紀の農民」による紹介で、この中の数百の写真がとくに関心を呼んだらしい(J.Iロデル「有機農業」一楽照雄訳、協同組合経営研究所、昭和49)。すでに幾度も書いたのでくどくは言わぬが、伝統農業に学ぶこと、「温故知新」がいつの時代にも必要である。

 

 b.重商主義から重農主義へ

 ご承知のとおりに、現在の日本経済は不況のさなかにある。これから脱出するためにGDPのうちで最大の比率を占めるところの個人消費の拡大によって、景気を回復しようとする強引な経済政策が採られている。端的に言えば浪費の奨励だ。しかし多くの国民はバブル景気という消費エラーの反省に立って、自らの生活スタイルそのものの再点検を行なうという動きが目立ってきた。これに連動して注目すべき意見「足るを知る21世紀の資本主義へ」が飯田経夫から雑誌(This is読売、平11、2月号)に発表された。その一部を要約すれば、個人はもはや買いたいものは何もない飽食の状態にある。これは貧困からの脱出という長年の国民の目標が完成域に達したのであって、足るを知るという喜ぶべき境地に立ち至ったのではないか、とするものだ。消費拡大による経済発展を至上とする資本主義の在り方への疑問をなげかけたものであるが、これが今日すんなりと共感を以て我々の胸に落ちる背景には、物財の無定見な浪費が地球環境の破壊につながる事を、大衆が肌で感じるようになったからである。

 いまや世界の目覚めた消費者は節約とシンプルライフは苦役ではなく、むしろ知的満足感をもたらすところの価値ある生き方として選択され始めた。さらにはデンマークのように浪費なき経済成長を追求する国家も現われた。74年の石油危機に直撃されたこの国は、国家目標をエネルギーの自給率を引き上げにおき、化石燃料にも原子力にも頼らないで、風力、太陽、バイオマス燃料の利用を行なう基幹産業を興した。この結果、74年当時の一次エネルギー自給率1.5%から十数年を経て50%台を大きく超えるまでになった。二十一世紀に向けて個人レベルでも国家レベルでも、全ての分野で既存モデルを超えた新しいモデルが模索されているのである。こうした時代のうねりの中で我が国の農業の行く手を模索しなければならないのである。

 我々の精神文化が最も大きな影響を受けた中国の歴史をみても、覇権主義の帰結として権力者(統一国家の帝王)は、必ず宮廷貴族と共に浪費に走り、税収を伸ばすために重商主義の政治を行なう。その結果人身が離れて乱世となり、それを平定して覇者となった皇帝の行なう政治の始めは重農主義である。やがて貴族による浪費が重商主義の時代を求めるという図式の繰り返しである。

 いま、重農主義が顕著にあらわれた年代を見ると、B.C 202年前漢の成立、589年隋の中国統一から唐初期まで、1386年明の成立、それから1949年の中華人民共和國の成立当初もこれに加えることができるだろう。現代は工業化社会あるいは情報化社会といわれるが、経済発展を至上価値とするかぎりでは重商主義といえよう。

 すでに本論の文脈から察せられるとおりに、来るべき時代は重農主義の濃い文明に人々は価値を認めるであろう。浪費をつつしみ物質文化よりも精神文化に意義を発見する時代を期待するのである。それが具体的にはどういうものであるかを示すために有機米をとりあげてみたい。

 ここで言う有機農業米とは、もちろん完全無農薬で有機農法によって生産された米を指す。この生産にあたっての技術的問題はすでに触れたので改めて問題としないが、順序として検討しておきたいのは、安全性とか環境保全という経済外的要素を固定的に商品の価格体系に組み込むことが可能であるかという問題である。端的に言えば、同じ品目の二つの商品を並べたとき差別化された形而上(metaphysical)部分に消費者が価値を認めるか否かにかかっている。商品を単なる物財としてみたときは、計量される物財の効用について貨幣で以て対価が支払われるのが市場交換の原則である。ここでの主題である米を物財以上のものと認識する−形而上的価値を認める−例としては、神社の配る御神米を挙げれば適当であろう。これを有り難がるのは神の権威に裏付けされた呪術性に単なる物以上の価値を認めるのである。しかし、一般的価値とはいえない。

 少なくとも有機米の価値は、物に安全性が付加され、かつこれへの対価には環境保全という形而上的価値が知的に認識されねばならない。さらにいえば、それが生産者と消費者との文化的連帯を促す。始めは生産者の生活スタイルへの共感が消費者に生まれる。お互いに顔の見える消費者と生産者とはそういった文化的関係なのである。もっと言葉を足すと、生産倫理と消費倫理との結合が有機農業を支えなければならない。これが未来の農業を支えてくれると信じたい。農業者は、文明のアイデンティティーとしての基底文化を堀り起こし、それを今日にまた未来に開示していく。ここに農業の役割があり、その手段がとりも直さず道徳の経済的適用である。

 

3.道徳の経済的適用

 食糧の様な人間生存の基本財についても、その生産動向の未来予測はせいぜい十年が限度であろうと専門家は言う。はなはだ言い古されて月並みな論の設定であるが、我々の未来には気候変動、環境汚染、資源枯渇そして戦争など推定不可能な要因が多いのである。現在は民族主義の対立による小規模な戦闘が行なわれているが、将来は新たな大戦争勃発の可能性も否定しきれない。たとえば、サミュエル・ハンチントンによれば冷戦が終了しても国際間で対立がなくなるどころか、むしろ文化に基づく新たなアイデンティティーが生まれて文明間の対立が生じているというのである。

 つまり、人間は自己の利益を追求するうえで、合理的な行動をとる前に、まず自身を定義付けなければならない。そうした自身の定義付け、つまりアイデンティティーとしての文明が相互間の紛争につながるというわけだ。かれは文明を西欧、中国、イスラム、ヒンドゥー、スラブ、ラテン・アメリカ、アフリカそして日本の八つに分類する。そして、世界に西欧民主主義という普遍的な文明が広がるという考えを排して、将来は中国文明とイスラム文明の勢力が拡大して、儒教−イスラム・コネクションを形成し、これが西欧に敵対する構図が出現する。やがて日本も中国と組んで西欧対非西欧という対立構図の一翼を担うだろう、と予言する。(文明の衝突、鈴木主税訳、集英社)。

 よく知られるようにこの説は世界的なセンセーションを呼び起こして、さまざまな論議を生んだ。ここでお断わりしておくが、戦争、気象変動などの不確定要素をあげて、我が国の米を守れ、とか食糧自給率を向上しろとかの論を展開しようとしているのではない。だれの目にも明らかな工業文明による環境破壊の実態を見据えて、この劣化した環境を修復しながら食糧生産の永続性を図ろうという文脈で論を展開しているのである。

 西欧対非西欧の対立構図はともかくとして、いまの世界すべての国でそれぞれのアイデンティティーを求める気運がたかまり、固有の文明を意識し始めたのは確かに感知することができる。ハンチントンは、宗教は文明を確定する中心的な特徴であり、「偉大な宗教は偉大な文明を支える基礎である」(クリストファ・ドーソン)と、とらえた。彼の八大文明に宗教を対応させれば、西欧:カトリック、プロテスタント混淆地域、中国:儒教、スラブ:東方正教会、ラテン・アメリカ:カソリック、となるがアフリカと日本に対応する宗教をしいて探すとなると、両者に共通するのはアニミズムであろう。だが、アフリカ宗教はいざ知らず、我が国の場合は神道・仏教・儒教が完全に混淆した多元的融合宗教とでも言えるかもしれない。この歴史をさかのぼれば、わが国が本格的に大陸文化を受け入れたのは隋・唐の時代であることは広く知られている。この時、中国大陸では儒、佛、道の三教一致の時代であった。三教一致の思考が伝えられて、わが国の知的風土の中では道教の色彩が弱まり、その代わりに神道が融合したものと考えられる。後述する二宮尊徳は、自分は神儒佛を丸薬にして飲み込んでいる。その匙加減は、神道一匙、仏教、儒教それぞれ半匙といっている(二宮翁夜話)。

 さて、本論で問題としているアメリカ合衆国は、その歴史的成立の過程から分かるとおりに、神に対する信仰は、秘跡などの制度やそれを司る司教の仲立ちによらないで、個人それぞれが聖書に書かれていることをのみ絶対的に信じるというプロテスタント(新教)の勢力の強い国である。そのなかでも中・南部の農業地帯は、職業労働への献身を神による召命と解するピューリタン(清教徒)の多い地域である。彼らと日常を共にして感じたのであるが、勤倹、勤労、そして教会や社会福祉への献金(推譲)は、まさに二宮尊徳が説いた農村振興運動そのままのものであった。

 この清教徒と二宮尊徳との類似点は、すでに1907年(明治40年)に内村鑑三によって次のように指摘されている。“道徳力を経済問題の諸改革における主要な要素とする斯くの如き農村復興計画は、これまで殆ど提案せられたことはない。それは「信仰」の経済的適用であった。この人には清教徒の血の通っている所があった。あるいはむしろ、この人は未だ西洋直輪入の「最大幸福哲学」に汚されざる純粋の日本人であったと言うべきである。”「代表的日本人」(岩波文庫)。(余談となるが私は、この言葉が契機となって清教徒と深く交わり、彼らの信仰と質実・勤倹の生活態度に敬意を抱きつつも、さらにはキリスト者内村が敢えて言う「最大幸福哲学」に汚染されていないところの純粋の日本人を求め続けているのである。)

 内村鑑三の尊徳への傾倒ぶりは、すでに明治27年の講演速記にみられる。すなわち、“この人の生涯を初めから終わりまで見ますと、「この宇宙というものは実に神様−神様とはいいませぬ−天の造ってくだっさたもので、天というのは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだからもしわれわれがこの身を天と地に委ねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども天がわれわれを助けてくれる」というこういう考えであります。(中略)「もしあの人にアアいうことができたならば私にもできないことはない」という気を起こします。”二宮金次郎先生の生涯から“私ばかりではなく日本中幾万の人はこの人から「インスピレーション」を得たでありましようと思います”(後世への最大の遺物、デンマルク国の話、岩波文庫)。と語り「報徳記」を読むことを奨めた。

 うえの講演に引き続いて内村鑑三は、北欧の小国デンマークが1864年にドイツ・オーストリア連合軍に破れ肥沃な領土を二国に割譲したのち、残された痩地を植林と牧草で豊かな農地として経済発展をとげた話を紹介したのち、次のような卓見を述べる(上掲書)。“ゆえに国の小なるはけっして嘆くに足りません。これに対して国の大なるはけっして誇るに足りません。富は有利化されたるエネルギー(力)であります。しかしてエネルギーは太陽の光線にもあります。海の波濤にもあります。吹く風にもあります。噴火する火山にもあります。もしこれを利用するを得ますればこれらはみなことごとく富源であります。かならずしも英国のごとく世界の陸地六分の一の持ち主となるの必要はありません。デンマークで足ります。”このデンマークをモデルにした我が国の農村振興計画が真剣に検討された時期もあったのである。

 自然環境の保全あるいは調和なしには農業の永続性はおろか、人類の生存すらを保障することができないことは、今日では市民の常識となりつつある。工業文明に替わるべき文明は、夙に内村鑑三が指摘した自然エネルギーを軸とした文明が一番受け入れやすいであろうが、ただ、そうした文明では人間の生存の意義に関わる問題は依然として解決できないであろう。伝統農業の担い手たちが経験してきたように、存在者に関わることによって“「存在」の意味が開示される”(ハイデッガーによる)、ことが必要である。まさに我々の先祖たちは、裸の労働で以て直接的に自然と関わることによって自然の意味を開示し、それを農法としてきたのである。ところが、工業文明の発達に伴う産業社会の発展は、農業とその技術に大きな変革をもたらした。すなわち手作業や畜力利用の道具の段階から、動力機械利用の段階に突入して大規模モノカルチュアー農業を実現した。大型動力機械のもっとも苦手とする除草作業は、強力な除草剤の駆使によって生産性を引き上げてきた。こうした現代農業技術は、人間と自然との関係をよそよそしいものにしてしまった。かっての自然災害は、ある意味では農業のやり方に対する教師の役割をはたした。その教訓に従うことによって彼らの実存を得たのである。そして、それが固有の文化を育て、それになれ親しむことこそがこの国のアイデンティティーを形成したのだ。

 さきに我が国の宗教は多元融合的で世界の既存するどの宗教カテゴリーにも属さないと述べた。大衆レベルでとらえた我が国の宗教的情緒の特徴を強いてあげれば、精神的にも物質的にも「清く美しくあれ」と願う心であろう。かって江湖の耳目を集めたことだが、中野孝次は、清貧とは清らかで自由な心の状態と規定したうえで、次のように説く“もし「清貧の思想」がかれら一部の文人たちだけに限られるものであったら、それは一国の精神文化の伝統と呼ぶに値しないでしょう。が、彼らが言葉において表したものは、かれらのように言語表現能力を持たないふつうの生活者の中にも根強くひろく行き渡っていたのでした。富んで慳貧であるものを軽蔑し、貧しくとも清く美しく生きる者を愛する気風は、つい先ごろまでわれわれの国において一般的でした。”(清貧の思想、草思社版p192)。ついさきごろの一般的な気風こそ、我々の心の故郷であり、回帰の原理たるべきものである。有機農業米は、こうした文化的行為から生れてこそ国民的意義を問う資格がある。

 

4.結論

 三十カ国余りの世界各地の農業調査を行なってきたが、わが国ほど農薬のために生物が農村地帯から姿を消した国を知らない。世界でも稀に見る美しい風景を誇った日本が、経済開発のために醜い汚染列島に変貌したことに疑問を投げ掛けるオギュスタン・ベルグは、自然/文化の交替(風景の構成・筆者注)は現実の風土性mediance(仏)のなかで通態的trajectif(仏)に現われるものであるとして、その中心課題は、“自然をその固有の領域、すなわち自然性において超越しようとする人間の(通態的、かつ歴史を通じて築かれた)意志、換言すれば、自然を創造しようとする意志。”だと指摘する(「風土の日本」篠田勝英訳、ちくま学芸文庫、p 248)。これはなにも彼の独創的な意見ではなく、すでに私も伝統農業において自然を改造する人間の意志は、自然の営為の代行として表現されている(図4)ことを拙著(「小さい農業」農文協刊)で述べた。ただ彼の著書に注目するのは、日本の学者・文化人の感覚的な環境決定論を、冷徹な目で以てことごとく批判した上で、「自然は文化に還元できないのだが、それでも自然は文化を灌慨し続ける。−中略−合理的な唯一の方法、それは表象の空間構成的な秩序をたえず養い育て、まさにそのことを通じてますます意識的に、その秩序の裂け目を明確にすることである。裂け目を塞いではならない。そこから現実が現われるからだ。」(同書p373)、という主張である。

 我々は、現代農業がもたらす環境破壊から目を背けてはならない。あくまでもこれを見据え、秩序の裂け目を拡大して意識すると同時に、再び好ましい秩序を創造していかなければならないのである。一時として農の営みを中止するわけにはいかない。農を営む中で環境を修復する道しか選択の余地がないのである。ここにおいて有機農業が輝いてくるのである。

 農業労働は、自然に制約されるがゆえに外なる自然と内なる自然(精神)を開示する特質を持つ。換言すれば、労働が自らを高めるところの数少ない職業である。それは芸術家の制作活動に似ているといえよう。この働きで以て安全な食品を作り、同時に環境を守ることができるのだ。こうした行為が輝きをもつ時代はすぐそこにきている。が、これは大地を耕す者の、精神の発展なしには実現できない。それをヘーゲルのいう世界精神の目覚めに模してもよい。すなわち、漫然とした感性は、主観的精神から客観的(社会的)精神へ、さらに絶対的精神(宗教)へと進み、ついには絶対的な知(神の領域)に到達するのである。この発展するべき世界精神は、常にわれわれの内にあって眠っているが、労働によって徐々に姿をあらわすという。小さい農業は、このような労働を可能とするのだ。

 労働を通して宗教的境地にいたる過程を明らかに指摘し、それをわれわれに示してくれたのは鈴木大拙師だと思う。その著書「日本的霊性」(岩波文庫)から要点を拾うと次のとおりである。「精神と物質との奥に、いま一つ何か(霊性、筆者注)を見なければならぬのである。p16」、「天は遠い。地は近い。大地はどうしても母である。愛の大地である。これほど具体的なものはない。宗教は実にこの具体的なものからでないと発生しない。霊性の奥の院は、実に大地の座にある。p43」、「鍬の数、念仏の数で業障をどうこうしよう、こうしようというのではない、振り上げる一鍬、振り下ろす一鍬が絶対である。弥陀の本願そのものに通じていくのである、否、本願そのものである。p96」、「鍬をもたず大地に寝起きせぬ人たちは、----大地を具体的に認得することができぬ。p131」、「大地に親しむとは大地の苦しみを嘗めることである。ただ鍬の上げ下げでは、大地はその秘密を打ち明けてはくれぬ。大地は言挙げせぬが、それに働きかける人が、その誠を尽くし、私心を離れて、みずからも大地となることができると、大地はその人を己れがふところに抱き上げてくれる。p 131」これほど農耕労働のもつ本質を言いあてた言葉はないと思うので、あえて此所に引用させていただいた。

畢竟すれば、人すべて大地と関わりを持ち、それを耕さねばならぬのである。









 


黒龍江省における稲作発展の可能性 

 

           神戸大学農学部  加古敏之・張建平

1.            はじめに

  中国は、1978年に始まる改革・開放政策により分権化と市場経済化を推し進め、目覚しい経済発展を遂げてきました。農業においても人民公社等の集団経営から農家単位の生産責任制への移行という制度改革に加えて政府による食糧買い上げ価格の引き上げ政策により農民の生産意欲を刺激して食糧増産を図ってきました。さらに、1984年末以降、政府は複線型流通システムを導入して、市場経済化をより一層促進する改革を実施しました。一連の農業改革の結果、農民の食糧生産意欲は高揚し、食糧生産の伸び率は1952〜78年間の年平均2.4%から1979〜84年間の4.1%へと急上昇した。食糧生産は1985年から88年にかけて徘徊と呼ばれる停滞局面に入り、食糧は不足基調となったが、1989年以降徘徊を脱して再び増加傾向に転じた。中国は改革・開放政策を推進して農業生産力を急速に上昇させ、全世界の7%の耕地で22%の人口を養うという奇跡を成し遂げてきた。

 しかし、年率9〜10%の高度経済成長が長年継続した結果、優良農地の減少や農家の兼業化が進み、農業の生産力基盤がしだいに空洞化する兆しが見られる地域も増えてきている。農村人口の増加につれ農家一戸当たりの経営耕地面積は日本以上に零細化し、耕地も分散化している。農村における郷鎮企業の発展に伴い、多くの農村に農外就業の場が形成され、農家の兼業化が進行している。農家世帯員一人当たり所得に占める農林牧漁業等の第一次産業所得の比率も1980年の78.2%から96年の61.9%へと16.3ポイント低下した注1)。農業経営規模が零細なままで工業化が一層進めば、多くの農家は農外所得への依存度を今後もさらに強めることになろう。改革・開放政策により形成された家族農業経営の空洞化が進み、農業の生産力基盤がしだいに弱体化することが懸念される。

  1994年に農産物価格が急上昇し、国内の農産物価格が国際価格を上回ったことや、その翌年の95年にレスター・ブラウンが『だれが中国を養うのか』を出版し、中国は将来大量の食糧を輸入する必要に迫られると警告したことが一つの契機となり、中国の将来の食糧需給が世界の注目を集めるようになった。

  世界一の人口大国である中国にとって食糧確保は引き続き重要な問題である。中国政府は95%の食糧自給率を維持すると表明しているが、この政策目標を実現するためには、農業分野の試験研究による技術の開発とその普及、灌漑投資等の土地基盤の改善等農業投資を一層拡大することが不可欠である。

 こうした食糧をめぐる最近の事情中で、いまだ多くのフロンティアを抱え、農地拡大の可能性をもつ中国東北地域が脚光を浴びるようになってきた。工業化、都市化の進展に伴い農地面積が減少する地域が多い中で黒龍江省の農地面積は近年拡大しており、今後も拡大することが予想されている。中国全体の耕地面積は1978〜96年間に9,938.9万haから9,546.6万haに392.3万ha(3.9%)減少したが、この間に黒龍江省の耕地面積は845.8万ha から917.5万haへ71.7万 ha(8.5%)拡大した注2)。黒龍江省では、耕地面積の拡大と土地生産性の向上により食糧生産量は1978年の1,477.5万トンから96年の3,046.0万トンへ2倍に増加した。中国政府が立案した第9次5ヶ年計画において、1992〜94年を基準とする2000年までの食糧増産目標は、全国ベースで11.1%の増産であるのに対して、東北三省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)では25%の増産が見込まれている注3)。黒龍江省における1995年の食糧生産量は2,593万トンであったが、5年後の2000年までに3,250万トンの生産が計画されている注4)

  本稿では、中国における最も重要な農業生産のフロンティアの一つである黒龍江省の稲作の現状と潜在的可能性を文献調査と実態調査、そしてアンケート調査を通して分析することを目的としている。

 

2.  黒龍江省における稲作の概況

黒龍江省の稲作は高緯度寒地稲作で、稲の生育期間は中国で最も短い。しかし、稲の生育期間中の気温は高く、日射量も豊富にある。8月の最高気温は摂氏30度、最低気温は20度であり、昼夜気温差は約1014度と大きい。黒龍江省の年間降水量は400600mmと少なく、そのほとんどが68月上旬に集中している。省内には流水量が豊富な6つの大きな水系があり、稲作は水資源の豊かな平坦地で行われている。田植は5月末から6月上旬に行われ、10月末から収穫が始まる。黒龍江省では、春先から6月上旬まで土壌の温度が低いので微生物が活動せず、有機質肥料だけでは栄養不足になるので元肥と追肥に化学肥料が用いられている。土壌肥沃度は高いので化学肥料の使用量は少なくてよい。さらに、稲の害虫があまり発生しないので農薬散布の必要性は少ない。主な稲の病気としてはいもち病(穂いもち、葉いもち)があり、7月〜8月上旬に発生しやすい。このため稲育種では、いもち病に抵抗性のある品種の育成が進められてきた。除草剤は田植後に一回散布されている。

 

(1)     米生産の動向

図1は米生産の動向を示している。黒龍江省における米生産は、1983年までは90万t前後の水準にあり、年々変化しながら緩やかな増加傾向をたどってきたが、1984年以降一転して急速な増加を始めた注5)。特に1996年、1997年と飛躍的な増加を記録した(図2)。稲作面積と単収がともに増加した結果、米の総生産量は1996年に対前年比35.6%増(170万t増)の641万t、1997年は35.2%増(225万t増)の861万tとなった。

 黒龍江省の稲作面積は、1980 年代半ば以降急速な増加傾向をたどっており、19841997年間に年平均86千haずつ増加した。特に、1996年に対前年比32.8%増の110.9万ha、97年に26.0%増の139.7万haへと急速に拡大した。さらに98年は12%増加して156.2haとなった。黒龍江省の中では特に、三江平原、なかでも建三江の国営農場内において稲作面積が顕著に拡大している。

 黒龍江省における10a当たり籾の平均収量は、1996年に574kg、1997年に616kgと大幅に増加した。黒龍江省内で稲作を行っている県・市における10a当たり平均籾収量をみると、その約半数に当たる県・市においては700kgを超える高い水準となっている6)


 

 


(2)稲作発展の原因

  黒龍江省で1980年代半ば以降米生産が急速に拡大した原因としては以下の点が考えられる。

1)    稲作技術の普及

 黒龍江省では従来、直播栽培が一般的に行われていたが、単収は低く不安定であった。1950年代に田植栽培が徐々に普及するようになったが、栽培適期の短い寒冷地において直播栽培と比べ田植栽培は単収の向上と安定化をもたらした。特に、日本人の原正市氏が普及した育苗・田植技術は寒冷地における単収の増加と安定に大きく貢献した。黒龍江省農牧漁業庁は1986年から「旱育稀植」を高収量技術のモデル技術に指定したため、この栽培技術は急速に拡大し、1996年に73.7万haへと普及した注7)

図3は、黒龍江省と中国平均の10a当たり収量(籾)の推移を表しているが、1980年代半ば以前は収量が大きく変動していたが80年代半ば以降は単収が安定化し、90年代に急上昇していることが確認できる。苗代・田植技術の普及に加え高収量品種と化学肥料の普及がこうした単収の向上と安定化をもたらしたのであった。

 


 


2)    良質品種の普及

黒龍江省では耐冷性で早熟のジャポニカが栽培されている。農産物の市場経済化が進展するにつれ、稲の品種も市場で高く評価される良質品種の栽培面積が拡大してきた。1996年には全稲作生産に占める良質米品種の割合は90%を超えた。1996年に栽培面積が10万ム−(6,700 ha)以上の品種は全部で26種類あるが、そのうちで栽培面積が広い品種は、合江19(24.9万ha)、東農416(20.6万ha)、墾稲6(6.1万ha)、合江23(3.8万ha)、138(3.4万ha)であった(表1)。黒龍江省の米は食味が良いため都市消費者の評価が高く、北京、上海、天津等の大都会に出荷されている。

 

          表1  黒龍江省の主要な稲の品種別栽培面積

 品種名         1995年      1996

 合江19       17.7ha     24.9ha

 合江23       3.7ha      3.8ha

 東農416      13.7ha      20.6ha

 滕系138       3.1ha      3.6ha

 松粳2         2.6ha     

 墾稲                  6.1ha

  出所:黒龍江省農牧漁業庁『黒龍江省農業資料匯編(1995年度)』

    注:2ha以上栽培されている品種別栽培面積。

3)    稲作の高収益性


 近年、急速に稲作面積が拡大しているのは、小麦やトウモロコシに比べて稲作の相対的収益性が高いことが関係している。図4は、1ム−当たり(1ム−=約6.7アール)の四大穀物の利潤額を表しているが、この図が示しているように稲作の収益性は、小麦、大豆、トウモロコシと比べ一貫して高い水準にある。特に199496年間に稲作の収益性は急上昇している。1997年の稲作の10a当たり純利潤額は412.4元で、トウモロコシの純利潤164.3元、大豆の193.2元、小麦の150.5元を大幅に上回っている。このように比較収益性が高いことが黒龍江省で稲作面積が大幅に拡大した主要な理由と考えられる。

 

 


(3)黒龍江省における将来の稲作面積拡大の可能性

 黒龍江省における稲作面積は今後も拡大することが予想されるが、主として水の制約のため、180~200haが上限と言われている。水問題の第一は、灌漑用水の供給制約にある。近年急速に稲作面積を拡大してきた地域では今後しばらくは井戸の掘削により灌漑用水の供給を増加させることが可能であるが、やがては水循環の制約に突き当たるといわれている。今のぺースで地下水を汲み上げると、数年先には地下水位が低下するおそれがあるため、地下水灌漑を利用した水田の拡大は近い将来スロ−ダウンすると予想されている。一方、表流水を灌漑用水として利用して稲作面積を拡大するには、井戸を掘削する場合と比べ相当多くの投資額が必要となるため、この方法による灌漑面積の拡大は容易ではない。最近、ウスリージャンの水を灌漑用水として利用して66haの水田を造成する計画が決定されたが、今後の水田の造成はこれまでと比べコストの高いものになろう。

 第二の水問題は、排水が十分できない点にある。建三江管内には川の水位が高くて、多い地域で、人工排水路を建設して、排水を促進して単収を向上した地域もあるが、稲作面積の拡大には排水への投資が必要となる。黒龍江省ではこれまで水利投資が十分行われてこなかったが、今後、稲作が一層発展するためには水利投資の増加が不可欠である。

 

3.             建三江の稲作

1)          建三江農墾分局の概況

  黒龍江省の稲作面積は農墾管理局管内を中心に急速に拡大している8。本節では農墾管理局管内でも近年特に急速に米生産を拡大している三江平原の中心部に位置する建三江農墾分局管内における稲作の現状と将来の潜在的可能性について検討する。過去5年ほどの黒龍江省における稲作面積拡大の約半分は建三江における拡大によるものであり、建三江における稲作の発展は黒龍江省の稲作の発展にとって重要な位置を占めている。

 建三江農墾分局の土地面積は123.5万haで、その内耕地面積は約40 haである。その他に利用可能な荒地資源が約38.5 haある。他には、林地が11ha、草地が5.6 ha、水面が3.7 haある。この地域は、黒龍江、松花江、烏蘇里江の三大河川に囲まれ、勾配が一万分の一前後の平坦な大平原地帯となっている。土壌は白漿土層と黒土層からなっており、豊かな土地資源に恵まれている。黒土層の厚さが1220cmあり、その下にある白漿土層が保水の役割を果たしている。冬は寒さが厳しく、年間の無霜期は120日前後である。年間降水量は550600oで、日本の1/3程度と少ないが、農墾分局管内には人工河川を含む6つの河川が流れており、年間の表流水資源量は270億立方メートルあり、地下水資源総量も5.89億立方メートルある注9)。このように建三江農墾分局管内では降水量が少ないが、流水量の豊かな河川と豊富な地下水に恵まれている。また、年間有効積算温度は22002400℃あり、稲作に適した気候条件となっている。

黒龍江省農墾管理局には103の国有農場があるが、建三江農墾分局管内にはその7.8%に当たる15の国有農場がある。15の国有農場のうち12の国有農場では全ての農地を農民に貸しつけており、家族農業経営が農業生産の担い手となっている。残り3つの国有農場では一部で集団営農が存続するが、農業生産の主要な担い手は家族農業経営となっている。管内には186千人の労働人口がいるが、そのうち8万人が農業労働人口である。管内の主要な農作物は米、大豆、トウモロコシ、小麦、甜菜であり、牛、豚等の家畜も飼養されている。管内の農業経営規模は、黒龍江省内の他の農村地域と比べて大きく、雇用労働に依存した先進的な農業生産が展開されている。

   

2)稲作の発展

三江平原の農業は、1956年に復員兵士がこの地域の開墾を始めたことが契機となっている。南方出身の農場労働者の米需要を満たすために1959年に米栽培が始まった。その後、稲作面積は拡大、縮小を4回繰り返したが1980年代初頭頃まではそれ程拡大しなかった。しかし1983年以降は一転して持続的な発展軌道に乗り、急速に拡大した。急速な稲作発展を可能にした技術的要因は、「旱育稀植」と呼ばれる無水育苗技術を中心とする育苗・田植技術が普及したことにある。もう一つの稲作発展要因は、黒龍江省内の伝統的な稲作地域の農民が建三江農墾分局管内に移民し、先進技術をこの地域に持ち込んだことにある。1995年以降「外引戸」と呼ばれる伝統的な稲作地域の農民が三江平原の土地を借り入れて稲作を開始したことによりこの地域の稲作技術は大きく向上した。

1998年の建三江全体の耕地面積は40haであるが、このうち稲作面積は185,733haで、1996年の米国カリフォルニア州の稲作面積207,200 haを少し下回る広さがある。建三江における1995年の稲作面積は47haで、対前年比で37.0%増加した。96年は96,067haで、対前年比で105.0%と大幅な増加を記録した。また、97年は35.0%増加して146,667haとなった。1998年の計画作付面積は20200haであったが、実績は185,733haにとどまった。95年以降98年にかけて稲作面積が年平均4万6千ha拡大したことになる。この拡大面積のほとんどが畑を水田に転換して造成した水田における稲作であった。4万6千haの年増加面積のうち44,466haは畑より転換して造成した水田であり、残り1,534haは未墾地の開墾により造成された水田における稲作であった。今後、稲作面積の拡大速度は低下するが、それでも1999年に206,667 ha2005年までに266,666haへ拡大すると予想されている。すなわち、1年間に平均約11,562ha拡大し、1998年〜2005年間に合計8933haの拡大が見込まれている。しかし、水田面積は2005年頃に上限に達し、これ以上の拡大は水の供給制限のため困難と予想されている。いずれにしても、2000年代初頭には建三江の稲作面積はカリフォルニア州の稲作面積を上回ることになろう。

建三江で栽培されている主な稲の品種は、綏(スイ)92-188、墾94-202、東農416、合江19(ハージャン19)等であり、これらは全てジャポニカ・タイプの良食味品種である。米(籾)の10a当たり単収は、1997年に780kgであり、黒龍江省平均616kgを約27%上回っている。98年の予想収量は735825kg、平均で804kgと予想されている。1997年の米の総生産量は120.5万tで穀物総生産量の68.4%を占めている。

 小麦の生産はほぼ全作業が機械化されているが、稲作では耕耘、脱穀以外の主要作業は主として手作業で行われている。田植は一部で機械移植も行われているが手作業が多い。1997年の機械による田植面積は46haで、総田植面積の31.5%に過ぎない。また、機械による稲の刈り取りは少なく、ほとんどが手刈りであった10)

 

3)建三江における稲作の現状

建三江ではほぼ全ての水田で井戸水灌漑が行なわれている。1997年の井戸による水田の灌漑面積は143,800haであったが、これはこの年の水田面積の98.0%を占めていた。以前は国有農地管理局が水田造成時に統一計画を作成し、井戸の掘削経費を全額負担していた。今は農民が井戸の掘削経費の約半額を自己負担している。水田造成は畑からの転換が圧倒的に多いが、これは原野から直接水田を造成すると単収が低いので、その対策として、原野を開墾して一度畑にして、2~3年後に水田に転換していることによる。建三江では風が強いので、水田の1筆当たり面積を広くすると苗が倒伏するため、1筆当たり面積は20aが多く、広い所でも3040aである。

 稲作農家は複数の品種の稲を栽培しているが、刈り取り後の脱穀、乾燥、精米の過程で複数の品種が混ざってしまっている。所得の増加につれ、消費者の良食味米に対する需要が強まっているので、品種ごとに精米して出荷・販売するする体制を確立する必要がある。

 籾の乾燥施設が不足しているため、収穫後の乾燥が十分行われず、農家の籾販売時の水分含量が高くなる傾向がみられる。倉庫に貯蔵する時の籾の水分含量は1996年に1623%と高かった。

 国営食糧企業が農家から買い上げる籾の価格は品質によって格差がある。籾の買い上げ時の品質は1等〜5等に区分されており、籾の水分含量が品質を決定する上で重要な要因となっている。1997年の籾1kg当たり国営食糧企業の買い上げ価格は、11.38元、21.34元、31.30元、41.26元、51.22元であった1197年産米の1ム−当たり所得は、205戸の調査によると80150元の間であり、平均100元であった。

  1998年産米は、米が供給過剰基調にあるため国営食糧企業の買い上げ価格は昨年より少し低いと予想されている。19989月末に行った聞き取り調査では、1kg当たり11.32元、21.28元、31.24元と予想されていた。国営食糧企業が農家から買い上げる籾の価格が低下する理由として、米が供給過剰基調にあることに加え、人民元を切り下げないため籾の買い上げ価格を引き下げ、食料価格を低く維持する政策をとっていると思われるとのことであった。

 

4   建三江農墾管理分局の稲作農家に対するアンケート調査分析結果

 建三江農墾管理分局管内の稲作農家に対して、農業経営の現状と課題を把握することを目的にアンケート調査を実施した。アンケート調査は、建三江農墾管理分局管内で稲作を行なっている全稲作農家を母集団とみなし、120戸の農家を無作為抽出して実施した。標本を抽出する手順は、まず最初に建三江農墾管理分局管内の15の農場から三つの農場(七星、青龍山、大興)を無作為抽出し、ついで、三農場からそれぞれ4つの生産隊を無作為抽出した。最後にこの12の生産隊から稲作を行なっている農家をそれぞれ10戸ずつ無作為抽出した。こうして抽出した120戸の稲作農家を本調査の標本とみなし、19991月中旬にアンケート調査票を配布し、102戸の農家から回答を得た。有効回答率は85%であった。

  表2はアンケート調査に回答した農家の概況を表している。農家一戸当たり平均人口は3.61人、うち労働人口は2.20人である。自家農業労働人口は2.16人で労働人口を0.04人下回っている。農家一戸当たり平均経営耕地面積は10.89haであり、全国平均値の17.6倍、黒龍江省平均値の約4.6倍と広い。建三江農墾分局管内の農業経営は規模が大きいだけでなく、耕地もほぼ一ヶ所に集まっている。農家の耕地の分散は平均1.27箇所であった。農家一戸当たり平均の稲作面積は9.96haであり、10a当たり籾収量は731kgと黒龍江省平均を100kg以上上回っている。

 

 

2  農家の概況

 

農家人口()

労働人口()

自家農業労働人口()

経営耕地面積(ムー)

米作付け面積(ムー)

稲作単収(籾kg/ムー)

農家所得  (元/戸)

       3.61

       2.20

       2.16

     163.36

     149.46

     487.57

     63,960

                 :アンケート調査結果より作成

 

 

 黒龍江省の稲作の発展は“北上”という特徴をもっている。1950年代に復員兵士が建三江の開墾を始めたことがこの地域の農業の始まりであり、復員兵士が国営農場の労働者として働いていた。その後黒龍江省の伝統的稲作地域から建三江へ農家が入植してきた。省内の南の地域からこの地域へ農民が入植して、稲作地域が北方へ拡大したことを“北上”と呼ぶ。建三江農墾分局管内の農家は元の国営農場の戸籍を持つ農家“農場戸”と、他の農村地方から転入してきた農家“外引戸”から構成されている。102戸の稲作農家のうち、“外引戸”は47.1 “農場戸” 49.0%を占めている(3)      

   

 

3  農家類型

                      

戸数

構成比(%)

 農場戸

 外引戸

 無回答

50

48

4

49.0

47.1

3.9

 

 合計

102

    100.0

 

 

 表4は、農家の専業・兼業別の状況を示している。専業農家が56.9%、第1種兼業農家が37.3%、第2種兼業農家が2.9%であり、農家所得の半分以上を農業所得に依存する農家の割合は94.2%と高い比率を占めている。  

                    

 

4  農家専・兼業状況

 

戸数

構成比(%)

 専業農家

 第一種兼業農家

 第二種兼業農家

 無回答

58

38

3

3

56.9

37.3

2.90

2.9

 

 合計

102

   100.0

 

  5は、農業経営の主な意志決定者の学歴を示している。中学校の学歴を持つ経営意志決定者が48.0%と最も多く、ついで高校が26.5%、小学校が13.7、学歴なしが5.9、大学以上が1.05%の順となっている。

                   

                     5  農業経営の意志決定者の学歴

 

戸数

 構成比(%

 学歴なし

 小学校

 中学校

 高校

 大学以上

 無回答

6

14

49

27

1

5

5.9

13.7

48.0

26.5

1.0

4.9

 

 合計

102

          100.0

 

 

 

6は、農家の農業機械の所有状況を示しているが、12馬力または15馬力の小型トラクターを持っている農家の比率は95.1%となっており、高い割合の農家がトラクターを所有していることを示している。  

        

           表6  農家の農業機械所有状況

 

戸数

構成比(%

 農用車

12

11.8

 

 トラクター

97

95.1

 

 耕耘機

17

16.7

 

 播種機

4

3.9

 

 田植機

25

24.5

 

 収獲機

6

5.9

 

 刈取機

3

2.9

 

 その他

2

2.0

 

 無回答

1

1.0

 

 合計

102

    100.0

        

  7は、農家による資金の借入状況を表している。53.9%の農家が「融資を受けている」、残りの農家が「融資を受けてない」と答えている。融資の用途に関しては41.8%が「短期資金として」、30.1%が「農機具を購入するため」と答えている。融資の利子率については、融資を受けている農家のほとんどが36.0%と記入しており、農民は高いコストの資本を利用していることを示している。

                        

 

                      7 農家資金借入状況

 

戸数

構成比%

 はい

55

53.9

 

 いいえ

47

46.1

 

 合計

102

  100.0

 

 

  8は、1998年の稲作における雇用労働の利用状況を示している。年雇労働力を利用している農家の割合は10.8%と低かったが、田植、刈取で季節雇用労働を利用している農家の割合はそれぞれ93.1%96.1%と高い割合を示している。一戸当たり季節労働者の雇用人数は、田植が8.8人、刈取が9.6人であり、雇用労働者1人当たりの労働日数は9日前後となっている。こうした雇用労働者への賃金払いが高利資金を借入れる主な原因と言われている。

 政府は19986月に国有食糧部門が農家からの食糧買取りを独占するという内容の流通制度を導入した。表9はこの問題に関連する質問であるが、新しい流通制度は「効率的に実施されている」、「ある程度実施されている」と回答した農家の比率の合計は61.8%であった。これに対し、38.2%が「販売方法は従来と余り変わらない」、「殆ど無意味」と答えている。

     

     表8  1998年の季節労働者雇用

 

戸数

構成比%

雇用人数

雇用日数

労賃(/ムー)

 田植

98

 96.1 

8.8(98

8.8(97)

47.5(97)

 

 刈取

95

93.1

9.6(95)

 9.7(94)

32.1(94)

 

 無回答

4

3.9

    (4)

     (5)

      (5)

 

 合計

102

100.0

   102

    102

        102

                注:( )内の数字は回答農家の戸数

  

        

 

 

9  新流通制度の実施状況

 

戸数

構成比(%)

 効率的に実施されている

 ある程度実施されている

 販売方法は従来と余り変わらない

 殆ど無意味

22

41

36

3

21.6

40.2

35.3

2.9

 

   

102

   100.0

    

 

 

  10は、新流通制度に関する農民の評価を示しているが、23.5%が「良いと思います」55.9%が短期間だけ実施すれば問題はない」と答えている。これらの回答の合計の79.4%が新流通制度の導入に理解を示している。これに対し、16.7%が「市場経済と反するので望ましくない」と否定的に回答している。

 

 

               10  新流通制度に関する評価

 

戸数

構成比(%)

 良いと思います

 短期間だけ実施すれば問題はない

 市場経済と反するので望ましくない

 わからない

24

57

17

4

23.5

55.9

16.7

3.9

 

    

102

    100.0

 

 

 

  11は、1998年産米の販売先に関する農家の意向を示しているが、「全て国有食糧部門に売る」と回答した農家が30.4%を占めている。それに対して、「義務部分以外は庭先で商人に売る」と考えている農家の割合は倍以上の64.7%であった。国有食糧部門への販売価格は1kg当たり1.21元で、庭先での商人への販売価格1.13元より0.08元高いが、国有食糧部門の窓口までの運搬には1kg当たり0.046元の運賃が必要であるため、両者への販売価格にそれ程大きな差はない。また、国有食糧部門による米代金の支払が遅れることもよく見られるため、新制度の実施にもかかわらず多くの農家が個人商人に販売すると回答している。1997年産米の販売において、31.4%を占める農家が国有糧食部門による支払の遅延に遭ったと回答している。

        

               

 

11  1998年産米の販売先

 

戸数

構成比(%)

 全て国有食糧部門に売る

 義務部分以外は庭先で商人に売る

 義務部分以外は市場で売る

 その他

 無回答

31

66

2

2

1

30.4

64.7

2.0

2.0

1.0

 

   

102

  100.0

 

 

12は調査農家の過去5年間の経営耕地面積の変化を表している。7割を超える農家が「変化なし」、13.7%が「増加した」と答えている。経営耕地面積が増加したと回答した14戸の農家に、増加の方法についてたずねたところ、8戸が「農場から借入れた」、5戸が「他の農家から借入れた」と回答した。

 

  

                  12  過去5年間の経営耕地面積の変化

 

  

    (%)

 

14

13.7

 

 

72

70.6

 

 

6

5.9

 

 

10

9.8

 

    

102

       100.0

 

 

  13は農業経営における問題点に関する回答(複数回答)を示しているが、99.0%が「農業生産資材の価格が高い」、95.1%が「農産物価格が低い」、90.2%が「農産物価格が不安定である」と答えている。特に、化学肥料、農業機械、農薬の価格が高いと回答した農家の比率が高い。農産物価格と農業生産資材価格のアンバランスが深刻化して、農家の交易条件が悪化していることを示している。また、農産物の協同販売組織の結成を期待する農家の比率が97.1%と高い。農繁期における労働力の雇用状況に関する質問で明らかになったように、多くの農家が雇用労働を導入しており、労働力不足が経営上の問題点と考えている農家の割合は9.8%と少ない。「資金が不足している」と回答した農家の割合は42.2%となっているが、高利融資利用を巡る資金問題が経営上の重要な問題であることを示唆している。

  

 

 

 

13   農業経営における問題点(10以内選択)

 

戸数

構成比(%)

 耕地面積が狭い

3

2.9

 

 農産物価格が低い

97

95.1

 

 農産物価格が不安定である

92

90.2

 

 農業生産資材の価格が高い

101

99.0

 

 場・隊における社会化サービス体系の整

 備が遅れている

23

22.5

 

 個人の作業委託サービスの料金が高い

24

23.5

 

 個人間の共同出荷などの販売形態が普及      

 していない

99

97.1

 

 農繁期労働力が不足している

10

9.8

 

 資金が不足している

43

42.2

 

  

102

 

 

 

 

  14は、農家の経営改善の考え方を示しているが、最も重要と考えられる措置は「新しい栽培技術を導入する」(76.5)である。「農地を借入れ、経営面積の拡大」、「施設化や機械化など農業の近代化を図る」等投資を増やす必要がある措置に関心を持つ農家の数は、2割に過ぎない。

 

 

                    14  将来の農業経営の改善方法

 

戸数

構成比(%

 施設化や機械化など農業の近代化を図る

21

20.6

 

 市場性が高い作物を生産する

27

26.5

 

 新しい栽培技術を導入する

78

76.5

 

 農地を借入れ、経営面積の拡大

22

21.6

 

 耕作を受託する

16

15.7

 

 その他

4

3.9

 

 無回答

3

2.9

 

   

102

  100.0

 

 

 

  15は農地の貸借契約の継続に関する農家の意向を示している。「現在の契約終了後、契約を継続しますか」という質問に対して、77.5%が契約を継続すると答えている。8.8%が「いいえ」と回答した。

              

 

            15  継続契約に関する意向

 

戸数

構成比(%

 はい

77

75.5

 

 いいえ

9

8.8

 

 わからない

7

6.9

 

 無回答

9

8.8

 

  

102

     100.0

 

  16は、農家の将来の農業経営規模に関する意向を示しているが、57.8%が「現状のまま」と考えている。「拡大しようと思う」と考えている農家は24戸、23.5%である。

      

                16  将来の経営規模に関する意向

 

戸数

構成比 (%)

 拡大しようと思う

24

23.5

 

 現状のまま

59

57.8

 

 縮小したい

2

2.0

 

 わからない

11

10.8

 

 無回答

6

5.9

 

  

102

    100.0

 

  農業経営上の問題点を含め、過去5年間の経営耕地面積の変化状況、農業経営の満足程度の質問に対する答えと関連づけてみれば、現時点では、高利資金利用、農産物価格の低迷と生産資材価格の高騰などの困難に直面している建三江稲作農家にとって、規模拡大にはそれらの問題に対する制度上の施策整備が必要であることを示唆している。

 

5.  建三江における稲作発展の可能性と課題

 1998年現在、建三江には水田に転換することが可能な単収の低い畑が206,933haある。また、開墾して農地を造成することが可能な原野面積が316,667 haあり、稲作の外延的拡大の可能性が大きい。

 建三江で今後稲作を一層発展させるための方策としては以下の点が指摘できる。

1)米の食味、品質の向上 

 稲作農家は複数の品種の稲を栽培しているが、刈り取り後の脱穀、乾燥、精米の過程で複数の品種が混ざってしまっている。所得の増加につれ、消費者の良食味米に対する需要が強まっているので、品種ごとに精米して出荷・販売するする体制を確立する必要がある。また、品種改良により建三江の風土条件に適合する良食味品種を育成することが今後とも重要である12

2)単収の向上  

 建三江では、現在も単収が1ム−当たり450kg程度と低いところもあるので、これらの低単収地帯の収量を向上することで建三江の平均単収は今後も上昇させることが可能となろう。これを実現する一つの方策として、外引戸の稲作を取り巻く環境の整備がある。伝統的稲作地帯から建三江農墾分局へ移動してきた外来農家は、先進稲作技術をこの管内に移転して建三江の稲作の技術水準を引き上げることに貢献してきた。1997年に、外来農家は建三江における総稲作面積の49.1%を耕作している。しかし、関連制度の整備が遅れているため、外引戸による稲作は流動性が強く、投資に関心が低いという問題がある。これは土地の貸借契約期間が短いので、土地改良投資への農民の関心が弱いことと関係している。早急にこうした点を改善して、外引戸の定着と稲作への投資を促進する施策を導入する必要がある13

3)流通上の問題点

  筆者らが19989月に行った聞き取り調査では、国営食糧企業が買い上げた食糧の代金の支払が滞っているケ−スがしばしば見られた。利子率が30%を越えるような状況で食糧の代金支払が滞ることは、農民は大きな経済的損失を被っていることを意味する。また買い入れ時に、米の品質を実際よりも低く評価して、農民から米を買いたたいている事例も聞かれた。農民は食糧市場に関する十分な情報を持たず、資金力も零細であるため、食糧の販売時に不利な条件で取引をしている。共同販売組織を形成して農民のバ−ゲニング・パワ−を強化することが必要である14)。また、近年の米生産の急増に伴い、生産した穀物を消費地に輸送する手段が不足するという問題がある。

4)籾の乾燥・貯蔵の問題

 中国東北地方の穀物は水分含有率が高く、毎年気温が上昇する前の6月に2,000万トン近くもの量を乾燥処理しなければ、カビの発生による品質劣化を招くといわれている。乾燥施設の不備によるカビの発生や倉庫の不備による水害・虫害の発生等で品質の劣化や損失が生じている15。食糧基地としての地位が高まれば高まるほど、品質保全のための貯蔵施設や効率的な輸送システムの確立が必要になろう16

5)農業関連産業の発展

 建三江では、穀物乾燥・貯蔵・精米業、倉庫業、農産物加工業等が充分発展していない。また、肥料、農薬、飼料、農機具等の農業生産資材を生産する製造業の育成もまだ充分発展していない。こうした農業の前方連関産業、後方連関産業を振興することがこの地域経済の発展にとって重要と考えられる。このためには外国から高い水準の技術を導入するとともに、外国資本の導入も必要となる。日本政府の第4次円借款による商品穀物基地の建設や、世界銀行資金の導入による物流システムの設立といった巨大プロジェクトがすでに始まっている17)。今後とも、世界銀行、アジア開発銀行、外国政府からの融資や借款を検討するとともに、外国企業を誘致して、合弁企業を設立することも必要であろう。

 

6.終わりに

 黒龍江省における稲作は三江平原や松嫩平原といった広大で肥沃な平野で行われている。黒龍江省内の伝統的な稲作地帯での稲作面積の拡大の余地はそれ程大きくないが、三江平原等の新しい稲作地帯では稲作面積の外延的拡大の可能性が大きい。稲作地域は今も三江平原の東部で急速に拡大を続けている。畑の水田への転換や未墾地の開墾により大量の水田が造成されており、稲作面積は19841997年間に年平均86haずつ拡大してきた。黒龍江省には開墾可能な地域がまだ多く存在しているが、水の供給制限があるため今後、拡大スピードは徐々に低下すると思われる。建三江では豊富な地下水資源を利用した稲作が展開しているが、今のぺースで灌漑用に地下水を汲み上げると、数年先には地下水位が低下するおそれがある。このため地下水灌漑を利用した水田の拡大は近い将来スロ−ダウンすると予想されている。また、表流水灌漑を利用した稲作面積の拡大は、新たな投資なくしては困難である。最近、ウスリージャンの水を灌漑用水として利用して66haの水田を造成する計画が決定されたが、今後の水田の造成はこれまでと比べコストの高いものになろう。

  1998年に黒龍江省の松花江流域で大規模な洪水が発生したが、こうした規模の洪水は150年に1回のものといわれている。今回の洪水対策として、政府による治水工事が行われているが、こうした事業が進めば、河川水を利用した灌漑で稲作面積を拡大する可能性が広がる。とはいえ黒龍江省における将来の稲作面積拡大の可能性は180~200haが限度といわれている。

  建三江のさらなる発展のためには、農業の前方連関産業、後方連関産業を発展させると共に道路網、輸送手段等のインフラストラクチュアーの整備が不可欠である。このためには外国から高い水準の技術を導入するとともに、外国資本の導入も必要であろう。日本政府の第4次円借款による商品穀物基地の建設や、世界銀行資金の導入による物流システムの設立といった巨大プロジェクトがすでに始まっている。今後とも、世界銀行、アジア開発銀行、外国政府からの融資や借款を検討するとともに、外国企業を誘致して、合弁企業を設立することが必要であろう。

(注1)中国農業部『中国農業発展報告 1996』p.195、中国農業部『中国農業年鑑 1997』、p.464。

(注2)『黒龍江統計年鑑 1997』p.220。

(注3)工藤昭彦「現代中国における農業改革の課題と方向 東北三省を中心に」

    東北大学農学部農業経済系研究室『農業経済研究報告』第30号、1998年、

   .2。

(注4)1997年の食糧生産量は3,104万トンであり、2年目にしてすでに20%の増産を達成しており、第9次5ヶ年計画を上回るスピードで食糧増産が進んでいることを示している。

(注5)黒龍江省農牧漁業庁『黒龍江省農業資料匯編(1995年度)』pp.15759

(注6)1998年は、5月、6月に低温の日があり、7月、8月に大雨が降り、この影響で昨年より単収が下がる可能性がある。

(注7)節水技術・増産技術の普及面積は45.2万haであり、その増産効果は10a当たり41.kgであった。壮苗育苗技術、生物肥料の使用、種の消毒処理技術等、他の技術も普及している。

(注8)黒龍江省の開墾事業は、中国における開墾事業の発展の中でも最も量的に大きく、重要な位置を占めている。1996年の黒龍江省における農墾総局管内の食糧作付面積は173.2haで中国全体の農墾部門における食糧作付面積335.7ha51.6%と半分以上を占めている。黒龍江省の農墾総局管内の食糧生産量は715.6万トンで、中国全体の農墾部門における総生産量1,551.3万トンの46.1%と高い割合を占めている。米については245.0万トンで全体の43.0%を占めている。中国農業部『中国農業年鑑1997』pp.384〜38参照

(注9)建三江農墾分局管内の年間の水資源利用量は1.6億m3である。

(注10)クボタの自脱型コンバインを使って収穫している農家を調査したが、刈り取り能力は15haくらいであった。日本から農業機械を輸入すると100%の関税がかかり高くなる。この自脱型コンバインは600万円で購入された。

(注111元16円で換算すると、国営食糧企業の玄米(1等)60kg当たり買い上げ価格は約1,656円となる。

(注121988年の中国南部地域における都市の家計費調査データを用いた分析よれば、米全体に対する需要の所得弾力性は−0.2であったが、低品質の配給米のそれは−0.99、高品質米のそれは1.36であった。調査世帯の22%は自主的に配給を受ける権利を放棄し、高品質穀物を自由市場で購入していた。こうした世帯の所得は、配給と自由市場の両方から米を購入している世帯よりも13.5%高い水準にあった。所得の増加につれ高品質の良食味米に対する需要が増加していることを示している。 Justin Yifu Lin (1994)Rural Reform and Policy Changes in China’s Grain Economy. A paper presented at the Third Workshop on “Projections and Policy Implications of Medium and Long-term Rice Supply and Demand” held in Bangkok on January 24-26, 1994、p.19参照。

(注13)国営農場以外の地域では農地の貸借期間は最初は15年間であったが、その後30 年間へと延長された。建三江の国営農場では農地の貸借期間は5年間と短かい。

(注14)国営食糧企業による米販売農家への米代金支払いの滞りの問題は地域差がある。大規模稲作地帯では多額の資金を必要とするため、支払いが滞りがちである。小規模稲作地帯では小額の買い上げ資金であり、支払いが滞ることはそれほど問題となっていない。

(注15)工藤昭彦(1998)前掲書、p.17

(注16)工藤昭彦(1998)前掲書、p.23

(注17)工藤昭彦(1998)前掲書、p.23


中国における1998年食糧流通政策の改変

 

              伊東正一*・蔡家生**・李文***・甲斐諭****

         (*鳥取大学農学部、**中国赤峰市農業機械研究所、

              ***中国農業科学院農業経済研究所、****九州大学農学部)

 

中国の食糧管理に関する国営(国有)企業の赤字はここ数年は深刻な問題である。国全体における赤字額は1994年から1997年までそれぞれ19億元、44億元、197億元、488億元と急速な勢いで増加している。特に生産が増大している地域で損失も増大しているのが特徴である。1996年における赤字トップ10の省及び自治区は黒龍江、吉林、遼寧、湖南、湖北、四川、内蒙古、河南、新きょう、及び陝西の順であり、これらの省・自治区の赤字は全国の80%を占めている。また、1997年においてはもトップ10の赤字省・自治区は前年に引き続いて含まれるものが吉林、黒龍江、遼寧、湖北、湖南、安徽、江蘇、四川、河南、及び江西であり、善赤字額の71%を占めている。全国に食糧管理に携わる国営企業は4万社あるが、このうちの74%が赤字経営となっている。(季云、1998年)。

こうした赤字決算の増加は個人企業が続出する中で農産物は個人企業へ流れ、国営企業が購入できる量が減少していったことがあげられる。また、国営企業の効率が悪く、コストが高くついたことが損失を大きくすることとなった。このため、国営企業の職員の数を減らすことは政府にとっては急務なことである(Chen Yali, China Daily, August 14, 1998)。

このような赤字経営の国営企業が続出する中で、中国政府は新政策を打ち出し、農家の穀物売買はすべて国営企業を通すことを今年産から義務づけることとなった。これまでの政府の買い付け(国家収購)は供出の分(国家定購)とその他の分(国家議購)に分けられる。国家定購、いわゆる供出の分は毎年ある一定の量(全生産量の約2割程度)を各農家から政府が保護価格で買い付けていた。一方、生産農家は自家消費(個人的な備置を含む)の分と供出の分以外は余剰米として自由市場で販売できていたが、国家議購はこの余剰米の一部を政府が市場価格と同じ値段で買い付けるというものであった。今回の新しい政策ではこの余剰米の分をすべて国家に売らなければらない。しかもその価格は国家が決めるというものである。

これは中国政府が1983年代から強力に押し進めてきた国内流通の自由化政策を大きく転換させるもので、時代の流れとは逆行するものでもある。特にWTO(世界貿易機関)の精神からは大きく逸脱し、加入を目指している中国にとっては各国から批判を浴びることにもなりそうである。

国の取扱量が減ったことを理由に販売の自由化をやめ国の独占経営を断行することになったわけであるが、このように国の統制が厳しくなると農産物の流通はどうなるであろうか。果たしてこれで12億人を抱える国全体の食糧流通はスムーズに行くであろうか。いくつかの問題点をあげてみたい。第一に、これまでも非効率的な機能が指摘されていた国営企業にスムーズな流通活動ができるのかどうか、まず疑問である。国営の組織が個人企業に比べ能率が悪いのは世の常である。これまで、生産地の郷鎮企業が果たしてきた流通機能をどこまで国営企業が代行できるのか。流通チャンネルにトラブルが生じ、生産地ではだぶつき、消費地では不足気味で価格が高騰する心配がある。

第二に、買い付け価格の問題である。国家定購の分に関する保護価格は1997年産が1kg当たり1.46元であったのに対し1998年産が1.6元と約10%の上昇となっている。保護価格の決定は農家の生産コストがカバーされ、且つ農家にはある一定の収入が確保され、いわゆる再生産可能なレベルとすることが詠われている。国家定購の分の買い付け価格は市場価格が保護価格より高い場合は市場価格を勘案して、一方、市場価格が保護価格より低い場合は保護価格でもって買い付けすることに国の条例(中華人民共和国国務院政令、第244号の第四条)では詠われている。よって、国家定購の分に対しては少なくとも保護価格で国は買ってくれると解釈してもよい。ただ、保護価格が適用される国家定購の分は全生産量のわずか約2割程度である。

ところで、これまで農家が自由に販売できていた余剰米に対してはこれから国が全量を国家議購という範疇で買い付けるわけだが、この国家議購の分の買い付け価格はこれまで通り市場価格で買い付けしなければならないことになっている。但し、市場価格が保護価格より低い場合は国家定購の分と異なり、保護価格で買い付けるよう示唆(「応当按照保護価格収購」という表現)はしているものの強制はしていない。よって、国家議購の買い付け価格は農家にとっては不利になる可能性を秘めている。今回の政策変更の主な理由の一つに、国営企業の赤字を解消することがある。この赤字解消のため政府は買い付け価格を可能な限り値下げすることになるであろう。

第三の問題は市場価格をどのように確定するかということである。国が独占的に流通を握ると供給そのものを調節できるわけで、価格をある程度コントロールすることも可能になってくる。そうなると市場価格そのものが政府の思うように確定できるということになる。国家定購にせよ、国家議購にせよ、買い付け価格には市場価格を重視することとされている。しかし、その市場価格そのものを政府が本来の市場メカニズムを逸脱してコントロールできるようでは市場価格の意味がなくなってくる。

 

中国ではこれまでの自由経済政策の効果が現れて食料の生産は伸び、供給はもはや潤沢にある状況である。そこまで生産が効率的になってきたというべきである。また、価格は国際価格に比べまだ低い。今こそ、国際競争力を発揮し、農産物の貿易の可能性が現実化してきたところだと言えよう。その矢先にこのような国家独占の体制を敷くならばこれまでに達成してきた効率的な生産・流通が後退する可能性が強い。実は1990年代の中期においても国内の生産量は十分にありながら省間の流通機能が政府の思惑でトラブルが発生し、消費者価格が高騰したという経過がある。今回の政策変更ではこうした機能の低下をもたらすことが十分に予想され、生産者価格の低迷とそれによる生産意欲の減退、そして一方では消費者価格の高騰を同時に発生させると懸念される。

食糧管理携わる国営企業の赤字問題は国営企業の効率の低さの問題とともに、個人企業の発展により国営企業の役割が終わりに近づいたことの現れであり、国営企業の規模を大幅に縮小することがまず先決であるといえよう。

 

 

 

付録:以下は『中国粮食経済』、1998年7月号、pp.4-6.より翻訳したものである。

 

穀物の国家買い付けに関する条例

              中華人民共和国国務院政令 第244号

本状例は1998年6月1日の国務院第4次常務会議により決定し、ここに発令、施行するものである。

                                           総理 朱  基

 

第一条 穀物の国家買い付け及び管理、穀物市場秩序の維持、食糧供給の保証、並びに農民及び穀物生産農家の法的権利の保護、を強化するため本条例を制定する。

第二条 本条例はコムギ、トウモロコシ、コメ(籾)及び国務院、各省、自治区、並びに中央政府直轄市の人民政府が必要と認めた穀物を対象とする。

第三条 穀物の買い付けは必ず国家買い付け政策を厳守しなければならない。国は穀物の販売状況を掌握し、食糧供出制度を実施するものとする。食糧供出においては省、自治区、中央政府直轄市の人民政府が買い付けを実施するものとする。農民の食糧供出の分及び自家用の消費と備蓄の分を除く販売用の食糧は国有食糧買い付け及び備蓄企業が制限なく買い付けるものとする。

第四条食糧の買い付けは必ず国の価格政策に従って執行しなければならない。国の食糧買い付けに対する保護価格制度は農民及び食糧生産者の販売用の食糧の買い付けを保障し、また、生産コストをカバーし、その上、農家の適切な収益を確保するものとする。原則的な保護価格は国務院が決定するが、具体的な水準は省、自治区、中央政府直轄市の人民政府が決定し、国務院に報告する。

食糧供出の分に関する政府価格は省、自治区、中央政府直轄市の人民政府が下記の原則に基づいて決定する:

1.             市場価格が政府の保護価格より高い場合は市場価格を参照し決定する。

2.             市場価格が政府の保護価格より低い場合は保護価格を下回らない価格で決定する。

農家及び生産者が食糧の供出を果たし、自家用の消費及び備蓄の分を除いた販売用の食糧に関しては市場価格で買い付けるものとする。但し、市場価格が保護価格より低い場合は保護価格で買い取ることを原則(応当)とする。

第五条各県段階の人民政府の食糧行政管理部門により本条例の第六条の条件を満たし許可された国有食糧買い付け及び備蓄企業のみが国の規定に従って食糧を購入することができるものとし、いかなる企業又は個人も農民やその他の食糧生産者から直接購入することはできない。

国有農業企業及び国有農懇企業はその企業の直属の組織により生産された食糧は購入してもよい。食糧の加工企業、及び食糧を原料とする飼料、飼育、医療等の企業は当地の国有買い付け及び備蓄企業にその原料用食糧の購入を委託できるものとする。但し、委託する量は各企業の自家用の分に限るものとし、販売はしてはならない。また、上述の加工企業や食糧を原料とする企業はいずれも国有企業か又は県営レベル以上の食糧交易市場において購入できるものとする。

食糧の買い付けは県レベルの行政区域を単位とする。国有の食糧買い付け及び備蓄企業はよって所在地の県の区域内においてのみ買い付けを行うものとし、当該区域以外の農民とその他の食糧生産者から直接購入してはならない。

第六条国有の食糧買い付け及び備蓄企業は関連する法律、及び企業設立のための一般の条件のほかに下記の条件を満たしていなければならない:

1.       相当規模の食糧貯蔵施設を備えていること、

2.       ある一定レベルの食糧検査機能と保管専門技術員を配備していること、

3.       中国農業発展銀行に基本口座(現金引き出し、小切手が可。他に普通口座がある)を開いており且つ同銀行に信用貸付の管理を委ねていること。

第七条資金運用

第八条中国農業発展銀行の食糧購入資金の管理

第九条補助金の使途

第十条国有の食糧買い付け及び備蓄企業が食糧を買い付ける際には食糧の品種別及び等級別価格と品質の基準を公表すること。国有の食糧買い付け及び備蓄企業が食糧を買い付ける際には品質に応じた価格で買い付けすること。その際には等級や品質を人為的に繰り上げ又は繰り下げしてはならない。また、買い付け拒否や買い付け量の制限をしてはならない。水分が規定以上のもの及び自然に異物が混入し品質基準に満たない食糧に関してはその品質に応じた価格で買い付けするものとする。但し、カビが発生したもの、変質したもの、及び故意に異物を混入したものについては買い付けしない。国有の食糧買い付け及び備蓄企業と農民や他の食糧生産者との間で品質に関し争議が発生した場合は品質技術監督所に判断を委ねるものとする。

第十一条                     国有の食糧買い付け及び備蓄企業は買い付け後すみやかに本人に支払うものとする。中略。国有の食糧買い付け及び備蓄企業は政府の代行として農業税以外の税金や費用を差し引いてはならない。以下略

第十二条                     国有の食糧買い付け及び備蓄企業は食糧の販売の際には順価(買い付  け価格に流通コストを加えた価格)で販売しなければならない。赤字販売をしてはならない。

第十三条                     許可なく食糧の買い付け活動をしたものに対する処罰(買い付け額の1倍から5倍の罰金と営業停止)。以下略

第十四条                     国有の食糧買い付け及び備蓄企業が買い付け資金を流用した場合の処罰。以下略

第十五条                     中国農業発展銀行の買い付け資金を流用した場合の処罰。以下略

第十六条                     財政部門が基金の管理を違反した場合の処罰。以下略

第十七条                     国家公務員が職権を使って買い付け資金を流用した場合の処罰。以下略

第十八条                     国有の食糧買い付け及び備蓄企業が品質及び価格などの公表(第十条)をしなかった場合の処罰。以下略

第十九条                     国有の食糧買い付け及び備蓄企業が買い付け拒否及び買い付け量の制限(第十条)をした場合の処罰。以下略

第二十条                     国有の食糧買い付け及び備蓄企業が第十一条に違反した場合の処罰。以下略

第二十一条            国有の食糧買い付け及び備蓄企業が第十一条に違反した場合の処罰。以下略

第二十二条            国有の食糧買い付け及び備蓄企業が第十二条に違反した場合の処罰。中略

第二十三条            本条例は発布した日から施行するものとする。

 


国際化をはじめとする環境変化・制度変化と日本稲作農業者の対応方向

本研究は京都大学大学院農学研究科の稲本志良教授の指導及び資料提供に負うものである

 

 

京都大学大学院農学研究科 山口道利

 

1.      はじめに  報告の位置付け

各レベルでの対応課題

生産者にとっての販売自由化の影響

2.      統計資料に基づくファクト・ファインディング

統計資料の性質

地域別・階層別にみた取引形態選択の実態

制度加入実績

3.      問題点の整理  これまでの研究との比較

構造面での問題

国の政策との関連

4.      試論

なぜ零細層の計画外出荷比率は高いのか

5.      制度別出荷と助成のリンク

国の政策が意味すること

個々の経営行動との調和――地域レベルの取り組み

 

 

1.  はじめに  報告の位置付け

 

96万ヘクタールにも及ぶ未曾有の生産調整に天候不順が重なって、新食糧法施行をはさんだ4年連続の豊作による米価下落は幾分落ち着いた感があるが、ラウンド再交渉を控えて関税化が前倒しされるなど、コメを取巻く環境・制度の激変はとどまるところを知らない。本報告はこの環境の激変に対する個々の稲作農業者の対応の論理の一端と、これを踏まえてコメ政策の意味するところを探るものである。

 

稲作収益変動に関する対応課題

(マクロ――国、政策レベル)

生産調整の実行

国際化――許容される助成のタイプ

構造政策との整合性

(セミマクロ――地域・産地レベル)

調整――地域独自の取り組み

(ミクロ――経営レベル)

制度選択――取引形態選択

外部化・内部化にともなう取引形態選択

 

本報告でおもに対象とするのは下線を引いた部分となるが、「新しい米政策」の意味するところを考察するという点からは国の政策レベルにも一定の言及を行うものである。

 

 

新食糧法によって生産者を取巻く環境が大きく変わった点としては生産者にとっての販売自由化、すなわち計画外出荷米という流通区分が認められたことがあげられるだろう。それまでも特栽米など一部では生産者の独自販売が認められていたし、ヤミ米の存在も公然のものであったけれども、米販売に関する規制緩和が生産者の環境対応にどんな影響をもたらしたかについて、平成8年産米の出来秋出荷行動は次のようなことを示唆しているように思われる。すなわち、平成8年産米については米過剰基調の下での不透明な米価形成にともなって出来秋の計画外出荷数量が急増し、その結果自主流通米の価格低迷とともに80万トンに上る(自主流通米)在庫を生む結果となったわけだが、これは生産者レベルでもより有利な売り先を求めて出荷・販売先を選択する環境が本格的に整ったことを意味すると考えられるのである。

 

平成8年産米――出来秋計画外出荷が急増――自主流通米販売に影響

⇒生産者・流通主体の出荷・販売対応の重要性高まる

 

 

これまでは政策的には直接・間接に米価を安定させることによって稲作収益の安定が図られてきた。特に最近では生産調整の役割が非常に重くなっているといってよかろう。先ほど述べた生産者レベルでの出荷・販売対応と生産調整との関係についてみると、これは必ずしもリンクしていない。すなわち、生産調整に協力したうえで計画外出荷を行う生産者が相当数存在すると考えられるのである。逆にいえば、計画流通出荷(政府米・自主流通米/おもに系統出荷)は決して絶対的なものではなく、あくまで相対的な、選択の対象としてのものになったのである。少なくとも、計画外出荷=悪という考え方は無条件に正しいとはいえなくなってきていると思われる。

 

稲作収益安定――米価安定――需給安定⇒生産調整の重要性

計画外出荷=悪ではない。生産調整とは必ずしもリンクしない。

 

 

結果として、次のようにいうことができよう。米価形成に大きな影響力を持っているのは系統グループの販売戦略であるが、計画外流通米による攪乱もまた無視できない。

 

 

2.  統計資料に基づくファクト・ファインディング

 

新食糧法が施行されてからまだ3年あまりしか経過しておらず、さらにははじめにも述べた通り稲作をめぐる環境は激変を続けていることから、全国的な統計資料をもとにして安定した関係・傾向を導き出すことにはきわめて限定が多い。しかし、これまでの研究業績のなかには単年度ないし2〜3年程度のデータをもとにして興味深い分類や試算を行ったものも少なからず存在する。ここではこれらの結果にも触れつつ報告者の作成した図表を用いて分析対象の絞り込みを行うことにしたい。

 

報告者が用いたデータは主に食糧庁資料(「米麦の出荷等に関する基本調査(基本調査)」、「生産者の米穀現在高等調査(生現)」、「米穀生産者の階層別売渡状況調査(階売)」、「米の需給・価格動向に関する情報」)であるが、必要に応じて農水省資料(「米及び麦類の生産費」、「市町村別水陸稲収穫量」)をあわせて利用した。これらのデータをあわせて用いることには問題が大きいが、ここではあくまで第一次的接近としてこの限界には目をつぶることにする。

 

用いた資料の限界・・・基礎的データ間の乖離、会計年度と米穀年度

この資料より得られる知見・・・有償販売に限定した動向

 

 

                     階層別生産シェア

 

1 (粗生産額−自家消費相当)シェア推計(平成8年産米)

 

譲渡額シェア

シェア累計

50a未満

15.6%(16.9%)

15.6%(16.9%)

1ha未満

23.025.0

38.641.8

1.5ha未満

15.717.0

54.358.8

2ha未満

10.511.2

64.870.0

3ha未満

12.412.9

77.282.9

4ha未満

6.46.2

83.589.1

5ha未満

3.73.2

87.292.3

5ha以上

12.87.8

100.0100.0

全国データ。括弧内は都府県の数字を表す。表の数字には丸め誤差が反映されている。農水省および食糧庁資料より試算した。

 

上の表1は自家消費米を各生産者から均等に控除した生産シェア(金額ベース)をまとめたものである。1ha前後の層が高いシェアを示している。

 

 

                     階層別販売シェア(無届けの計画外流通含む・含まない)

 

2  生産者数及び米穀売渡数量の作付面積階層別シェア(平成8年)

作付面積規模

生産者数

(うち売渡生産者)

売渡数量

千戸

割合

千トン

割合

小規模

 

 

 

 

 

0.5ha未満

1478(794)

57.4(43.4)

679

11.2

0.51.0

624(577)

24.3(31.6)

1372

22.7

中規模

1.01.5

224(213)

8.7(11.6)

994

16.4

1.52.0

102(100)

3.9(5.5)

701

11.6

2.03.0

81(79)

3.1(4.3)

810

13.4

大規模

3.05.0

42(41)

1.6(2.3)

670

11.1

5.010.0

20(19)

0.8(1.1)

556

9.2

10.0ha以上

5(5)

0.2(0.2)

269

4.4

合計

2575

100

6051

100

食糧庁資料による。

 

1とほぼ同様の傾向がみられる

 

 

上図は自家消費米と同様の方法で無償譲渡米を各経営から均等に控除したものである。中規模階層で絶対的な計画外有償販売数量が多くなっていることに加えて、大規模階層よりは零細規模階層のほうが絶対量としても計画外出荷が多くなされているという傾向が見受けられる。

 

売渡数量とは@産年の翌年3月末までに計画出荷米として売り渡し、または売渡しを委託した米穀の数量およびA産年の翌年3月末までに計画外出荷数量として届出が行われた、または4月以降に届出を行うと見込まれる数量のことをさすが、少なからぬ県でこの数量は計画流通数量に非常に近い数量となっている。すなわち、計画外出荷の相当の部分が無届けで行われていることが示唆される。

 

3  計画出荷数量と売渡数量の対応(平成8年産米)

 

生産量

(千玄米トン)

計画流通

出荷量

(千玄米トン)

売渡数量

(玄米トン)

計画外推計

(千玄米トン)

北海道

793

621

663305

47

青森

381

246

255523

76

岩手

366

252

265369

46

宮城

491

333

341653

84

秋田

613

472

490965

72

山形

480

351

361744

61

福島

476

237

255423

158

茨城

457

144

151581

240

栃木

405

240

244227

114

群馬

109

32

41090

50

埼玉

206

65

66681

105

千葉

358

141

144956

162

東京

1

0

122

1

神奈川

18

4

4611

8

新潟

697

464

489757

146

富山

256

187

206417

29

石川

162

110

116839

23

福井

173

128

132156

20

山梨

33

7

7064

17

長野

262

133

137611

76

岐阜

149

61

65180

47

静岡

108

21

24663

58

愛知

178

59

69491

75

三重

194

73

79589

85

滋賀

215

143

149997

38

京都

99

39

42434

36

大阪

36

4

4260

19

兵庫

235

110

116274

69

奈良

59

15

16767

28

和歌山

45

6

6204

27

鳥取

90

50

54755

20

島根

128

76

78425

26

岡山

218

95

102345

75

広島

167

89

92266

43

山口

154

93

94711

33

徳島

77

23

30310

36

香川

92

50

50777

22

愛媛

95

39

40588

34

高知

71

24

27775

29

福岡

247

141

146548

60

佐賀

190

119

124787

41

長崎

83

29

30547

33

熊本

252

110

128721

97

大分

152

59

63483

64

宮崎

123

38

49251

58

鹿児島

148

30

41836

86

「米の需給・価格動向に関する情報」及び食糧庁資料より作成

 

 

このことは逆にいえば、地域によっては作付面積階層別の計画流通出荷数量の近似として階層別売渡数量の数値が利用可能であることを示している。これは生産者や農協を対象に調査・アンケートをおこなうよりもはるかにコストが安く、全国的な傾向をみるための第一次的接近としてはじゅうぶんではないかと考える。

 

                     階層別計画外出荷の機会(全国・地域別)

 

2  計画外有償/有償販売比率(全国)(平成8年産米)

農水省および食糧庁資料より作成した。パーセンテージが負の値をとったり100%を越えたものは欠測値として扱った。食糧庁資料は一部米穀年度を基準としており、また農水省資料も組み合わせて使うことから、データ間の接続が必ずしも妥当でない。

 


 

3  計画外有償/有償販売比率(主産地)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


前図に同じ。

 


青森・山形では右上がりの傾向が、宮城・新潟ではU字型の傾向がみられる。

 


4  計画外有償/有償販売比率(首都圏)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


前図に同じ

 

5  計画外有償/有償販売比率(近畿)

前図に同じ。

 


上の図はそれぞれの産地区分について表3における計画出荷数量と売渡数量の乖離が計画外出荷量推計を基準として小さい県を選んで試算したものである。横軸は作付面積規模階層、縦軸は生産者から金銭と引き換えに、すなわち有償で出荷された米のうちで(無届けの)計画外出荷がなされたものの比率を示している。第1に指摘されることは、図1に示されたような絶対数量のときとは逆のU字型が多くの図において観察されることである。これらの図は自家消費米及び無償譲渡米については階層別に大きな差がみられないものと仮定して各県単位で生産者に均等割してすでに控除済みであるので、この仮定のもとでこれらの影響が除去されている。よって、中規模階層よりも零細・小規模階層において相対的な計画外出荷の機会が開かれている様子がうかがわれる。さらには第2に、上で指摘したU字型の底にあたる規模階層は消費地周辺と主産地とで異なり、消費地では全国平均よりも小さい規模に、産地では全国平均よりも大きい規模にこの底がみられるということである。これは、消費地からの距離が一般に遠い主産地において生産者レベルでの販売に乗り出すためには消費地周辺と比較してより大きな経営規模が必要とされることを示唆しているかもしれない(理由は後述)。第3には、主産地よりも消費地周辺において全体的に計画外出荷の機会に恵まれている傾向がみてとれることである。

 

 

米の産地区分と計画流通・計画外流通比率との関係については小池や青柳による研究成果が注目されるが、ここでは小池による分類にしたがってこの関係をみることにする。この接近方法は青柳によるものと類似している。

5  消費地の計画・計画外販売比率

 

 

計画流通販売比率

その他有償販売比率

生産量(販売量)

単位玄米トン

大消費地

埼玉

48.9

40.1

265048157016

東京

36.1

24.9

1348441

神奈川

42.0

33.8

2325510148

愛知

50.2

36.8

274558161152

大阪

17.8

54.3

5680426784

他の消費地

静岡

32.2

51.1

12518860543

京都

57.5

26.7

13285675954

奈良

40.2

46.1

8965749365

和歌山

15.0

65.2

6106732111


 


4  早期米産地の計画・計画外販売比率

 

計画流通販売比率

その他有償販売比率

徳島

41.7

44.0

高知

49.0

38.1

宮崎

44.8

34.0

鹿児島

43.3

28.9

全国

72.1

19.8


販売計(政府及び自主流通売り・その他有償譲渡・その他無償譲渡の合計)に占める割合である。食糧庁資料より作成。表56も同じ


 

6  出超産地の計画・計画外販売比率

 

 

 

計画流通販売比率

その他有償販売比率

主産地

高価格ブランド主産地

宮城

81.9

12.2

秋田

90.6

5.8

山形

84.8

11.7

福島

68.6

24.0

新潟

76.9

16.9

富山

86.9

7.8

中価格ブランド主産地

岩手

83.5

11.2

茨城

57.3

32.4

栃木

80.5

13.2

低価格ブランド主産地

北海道

79.5

19.4

青森

84.7

10.2

中規模産地

 

福井

83.0

10.2

 

長野

76.0

13.0

 

滋賀

70.3

21.5

 

佐賀

77.6

15.3

 

熊本

68.4

24.5

小規模産地

 

石川

75.4

17.5

 

三重

47.2

40.9

 

鳥取

75.8

13.9

 

島根

75.3

13.8

 

岡山

63.0

24.3

 

山口

74.9

13.8

 

香川

69.8

17.4

 

大分

65.3

25.1


 


 

この表によれば、第1に早期米産地における計画外出荷比率(その他有償販売比率)が高いという傾向がやや顕著であること。第2に消費地周辺でも計画外出荷比率が高い傾向が観察されること。同じ消費地でもたとえば静岡と京都のように生産規模に大差がない府県であっても消費規模が異なることよりやや大きな計画外出荷比率の格差がみられること。第3に産地においては一般的には計画流通比率が高く、産地規模が大きく、高価格ブランド米を産する県ほどこの傾向が強いようにみうけられることである。第3の点を踏まえれば、第2の点で指摘した静岡と京都の差は例えば後者が1類指定の産地銘柄を持つことが影響していると考えることもできるかもしれない。また、産地の表(表6)における例外である福島、熊本、三重についてはそれぞれ北関東産地との類似性、早期米産地でもあること、高価格ブランド米産県であるが大消費地(名古屋・大阪)に近いことなどその他の産地にはみられない特徴を指摘することができる。

 

本報告では中山間地(条件不利地域)及び(統計上の・水平的な)複合経営については取り上げなかったが、後者について青柳によれば、移出入でみた産地規模及び園芸産地であるか否かが計画流通・計画外流通の比率に影響を与えているとのことである。また前者については日本の水田の4割近くが中山間地に属することから生産力としてもその重要性は決して低くないが、条件不利地域対策はWTO対策との関連もあって独自の所得補償政策という観点から議論されることが多い。

 

 

                     計画外出荷の態様――地域別月別特化傾向

 

7  その他有償譲渡月別出荷量のジニ係数

 

平成7米穀年度

平成8米穀年度

平成9米穀年度

周年型5府県

神奈川

0.434

神奈川

0.446

京都

0.434

京都

0.492

京都

0.525

愛知

0.539

石川

0.519

長野

0.528

神奈川

0.561

滋賀

0.524

山梨

0.567

静岡

0.561

愛知

0.539

愛知

0.575

長野

0.568

集中型5都道県

青森

0.833

青森

0.847

秋田

0.835

秋田

0.813

北海道

0.847

青森

0.826

宮城

0.807

富山

0.839

北海道

0.822

福島

0.751

東京

0.837

福島

0.808

岩手

0.744

秋田

0.832

宮城

0.800

全国

(ジニ係数)

0.596

 

0.662

 

0.651

データはすべて食糧庁「生産者の米穀現在高等調査結果表」平成7〜9米穀年度分による。ちなみに無償譲渡分についてみると、平成9米穀年度の全国データでは月別出荷量のジニ係数0.302に過ぎない。都道府県の間にも有償譲渡の場合ほど大きな差はみられない(ジニ係数最大;秋田  0.473  最小;長野  0.202)。またすべての場合について言えることだが、絶対的な出荷量が少ない都道府県(とくに東京)については異なる年度間で順位が安定しないからといって直ちに計画外出荷の態様に変化があったとはいえない。

 

 

上記の表で用いたジニ係数とは特化度を表す指標であり、ここでは毎月一定量の出荷を周年的に行っている場合この係数は0に、逆に出来秋に一度に計画外出荷を終了させてしまう場合この係数は1に近づくことになる。食糧法施行後全国的に出来秋特化度が高まる中で、特に主産地においてその傾向が顕著であったことがうかがわれる。例えば周年的な出荷に際しては倉庫への投資や金利、さらには長期契約の探索・交渉コストなどが必要とされると考えられ、少なくとも生産者レベルでは比較的大規模経営において適合性の高い出荷の態様であると推論されるが、産地レベルでみた場合この推論は正しいとはいえそうにない。

 

 

以上みたところで注目される点の整理は次節で行うことにする。

 

 

本節の最後に、1年目の本格的な運用をほぼ終えた「新しい米政策大綱」について、加入実績及びこれまでの研究でなされたいくつかの試算について検討しておきたい。まず加入実績については、食糧庁報告によればいわゆる全国とも補償である米需給安定対策については助成対象水田面積の85%が、価格安定から経営安定への画期として注目される稲作経営安定対策については計画出荷を行う生産者の79%、計画出荷予定数量の91%が初年度(経営安定対策については緊急対策として平成9年産米からさかのぼって実施されている)に加入したとのことである。地域における加入促進の取り組みがおおむね功を奏したと考えてよかろう。

 

その一方で、個々の助成水準についてはその矛盾を指摘する声があることも事実である。とくに、需給安定対策について、主産地においては小作料を上回るような助成水準が農地集積を阻む可能性が、消費地においてはそもそも転作(おもに野菜、調整水田など)にともなう助成金受取が拠出額を下回る可能性がそれぞれ指摘されている。これら国の政策でカバーしきれない部分は地域独自の取り組みによって調整がはかられることが期待されている。

 

これまで稲作経営安定対策に関してその効果の試算は多く行われているが、容易に想像されるとおりその結果は計画流通出荷数量の多い経営ほど制度加入の効果が大きいというものである。一般に米価低落の影響をもっとも深刻に受けるのは米の出荷・販売量の大きい経営(大規模経営)であるが、上記の試算結果の傾向はこういった個別の経営レベルでの経営安定効果よりもむしろ産地レベルにおける、地域稲作収益の安定効果をもたらすものと評価すべきかもしれない。特に日本稲作の生産力を大きく支える北海道・東北・北陸主産地で計画流通比率がきわめて高いことをかんがみれば、これら主産地レベルでの収益安定効果が期待されるといえよう。

 

 

3.  問題点の整理  これまでの研究との比較

 

前節でみたさまざまな生産者レベルでの出荷・販売対応のシェア・相違は次のようなことを示唆する。すなわち、「コメの売り渡し数量の実に74%が全農家の96%を占める3f未満の農家によって販売されている。・・・わが国のコメは、販売額500万円未満の、どちらかといえば副業的な農家によってその4分の3が担われて」(八木より引用)おり、前節の表からも、生産量だけでなく、販売量でみても零細層のシェアは無視できない。これに加えて、短期の米価形成・変動に大きな影響を与えている計画外流通米の出荷に関してもまた、零細層のシェアは無視できない。さらにいえば、これら零細層は中規模階層と比較して相対的な計画外出荷の機会に恵まれているように思われる。

 

なぜ零細層はより多くの割合を計画外で出荷し、中規模層はより多くの割合を計画流通出荷するのか

 

 

これまでの研究業績の多くは個々の経営の発展の論理をその対象とするもの、いいかえれば経営発展の方向の差異やその規定要因などに注目したものが多く、その文脈の中で米の出荷・販売行動の内部化が扱われたために結果として先進・大規模経営に分析が集中しがちであったと思われる(納口、桂など)。また、より組織的な、構造問題としての観点からの研究も、経営発展の枠組みのなかで個々の経営における規模の経済追求の限界を指摘しつつもこれを克服するものとしての複合化(水平的・垂直的)や外部支援、サービス、産地ぐるみの取り組みといった文脈のもとで上層・担い手経営に分析を集中する傾向がみられる(稲本)。

 

 

 

○構造面での問題と分析の流れ(稲本)

国際化(規制緩和)と競争

経営発展―複合化(水平的・垂直的)―外部支援、サービス、産地ぐるみの取り組み

 

⇒あるべき構造の議論には、零細経営層の合理性もまたあわせて考慮される必要がある。

 

 

テキスト ボックス: 議論の前提

 

 


続く4節においては、構造問題の議論の前提になると思われる上図でいえば太枠で囲われた部分について、零細層が計画外出荷を選択する論理に着目して試論を展開することになる。

 

 

前節の最後に指摘された政策との関連についてもう一つの問題点をここであげておく。1節でも触れたがマクロレベルでの稲作収益変動(米価変動)を抑制する主たる手段として現在用いられているのは生産調整である。「新しい米政策大綱」はこの生産調整強化にあわせて減反参加メリットを提供するという意味合いを持っている。前節の最後では稲作経営安定対策についてその主産地における地域稲作収益の安定効果が期待されると述べたが、個々の経営の合理的な行動を前提としたとき、本政策の構造問題への含意はいかなるものであろうか。この点については地域独自の取り組み事例として京都府の地域稲作基金をとりあげながら第5節において考察する。

 

 

○政策との関連

制度別出荷類型と結びついた助成体系は構造政策にとってどのような含意があるのか

 

 

4.  試論

 

まず、出荷先の類型化とその特徴について述べる。小池は、生産者の独自販売に関わる販売対応を次の2つに大別している。

 

一般農家の販売対応・・・特別な販売活動があるわけではなく、しかもむしろ消費者の飛び込みが多く、したがってあくまで片手間で対応可能な範囲での販売が中心

大規模農家や農家グループの販売対応・・・施設への投資(ミニ・ライスセンター、低温倉庫、精米施設、コイン精米機等々)、人員配置(販売要員の確保)、販路の維持・拡大活動、ブレンド技術の習得、通販システムの採用等々の新たな流通資源の獲得を前提とする

 

ここで一般農家とされているのは零細層および中規模兼業農家であると考えてよかろう。上記の小池の分類を出荷先について分類しなおし、計画流通出荷をも含めて類型化すると下のようになるだろう。ただし、借地経営が地主に地代として「出荷」を行う場合(地主にとっては飯米確保の意味を持つ)は、その他の米の生産・販売のために避けられない費用であると考え、ここでの出荷先にはカウントしないことにする。

 

系統出荷・・・政府米及び自主流通米、すなわち計画流通米

業者・庭先販売型・・・従来のヤミ米の主な買い手であったと思われる産地買付業者(ブローカー、米肥商)及び米穀店、そのほか大規模農家への出荷。一般には出荷・販売にともなって必要とされる用役ないし資源の量が少ないと考えられる

直売・販路開拓型・・・消費者への直売だけでなく、米飯業者、卸・生協・量販店への販売を含む。一般には出荷・販売にともなって必要とされる用役ないし資源の量が多いと考えられる

 

 

ここでは、零細規模層と中規模階層の出荷パターンの違いに注目するため、上の2つの型について考察をすすめていくことにする。

 

 

系統(JA)出荷・・・先に分類した3つの出荷先類型の中で、原則としてもっとも販売活動に必要とされる用役・資源の量が少ないと考えられる。現在の仮渡金による集荷システムは実質買取集荷化しており、生産者が在庫リスクをこうむることはまずないと考えて差し支えない。それに対して、仮渡しの時点では最終精算払いがいくらになるかは不確実であり、例えば産地買付業者が遅くとも年内には精算を終わらせるのと比較して価格リスクは大きいもともと在庫リスクがほとんどないような小規模の出荷量段階においては価格リスクの位置付けが高く、(他の出荷先と比較して)相対的に多くの用役・資源が価格予想のために必要となろう。それに対して、在庫リスクが重要な意味を持つほどの出荷量であれば、価格リスクの重要度は低く、系統出荷に必要とされる用役・資源の量は相対的に小さいとみることができよう。しかし、より多くの費用を必要とする場合でも、それを上回る率でリターンが得られるのであれば系統出荷は行われないであろう。ただし、系統出荷は他の出荷先類型からみればむしろ売り切れなかった場合の保険といった意味合いが強く、出荷先として系統を選択することに用役・資源が必要とされるというよりは出荷予約を破棄することにともなう資材等購買の不便や心理的負担が加味されるという形で他の出荷先選択に必要とされる用役・資源に影響を与えることが考えられる。これは一般に出荷量に伴って増加するものと考える。これらの費用は系統に出荷予約を行った結果発生したものであり、出荷予約自体を行っていなければ他の出荷先選択に関してこの種の費用が必要とされることはない。

 

業者・庭先販売型・・・米肥商をも含めて、とくに産地ブローカーをはじめとする買付業者の実態は杳として知れないが、この種の取引はスポット的要素が強く、取引の変更が容易である反面取引条件ないし取引自体が継続的であることは期待できないと考える。先にも述べたとおりこのタイプの出荷では遅くとも年内に精算が完了するため価格リスクは他の類型と比較して相対的に低い。また、一般にはその精算の水準は系統による仮渡金よりも1000円程度高いといわれる。すなわち、価格だけみれば系統出荷の期待生産水準からこのタイプの精算水準を引いた「変動プレミアム」は負である場合さえ考えられる(一例として、平成8年産滋賀県O農協による最終精算支払いはコシヒカリ1等で953円40銭、日本晴1等で291円50銭であった。)。しかし、出荷希望量に見合うだけの取引が成立するかどうかは不確実であり、生産者には在庫リスクがあると解釈することができる在庫が発生し得ないほど小規模の出荷量であればこの類型は価格・在庫リスクともにきわめて低い取引であるといえよう。また、この種の集荷主体は「飛び込み・現金集荷」が基本であるので、代金収集に関してはリスクがないとみてよいものと考える。よって、この出荷先類型の選択にあたって必要とされる用役・資源の量は価格と在庫の両者のリスクに規定されると考える。

 

 

 

価格リスク

在庫リスク

系統出荷

×

業者・庭先販売

×

 

 

ここまで用役・資源と呼んできたものはより一般的には心理的なものまで含んだ費用であると解釈し得る。価格と在庫の両者のリスクを考慮すると、系統出荷に関わる限界費用曲線は出荷可能数量すなわち作付規模が大きくなるにしたがって少なくとも当初は下方へシフトするものと考えられる。それに対して業者・庭先販売型に関わる限界費用曲線は同じく作付規模が大きくなるにつれ、横軸を出荷比率でみた場合に左へシフトすることが考えられる。これを図で表すと以下のようになる。

 


 


零細規模経営から中規模経営に考察の対象が変化すると、それにしたがって計画出荷比率が増加する関係が表されている。これ2節でみたU字型、とくに零細規模層から中規模階層にかけての無届け有償計画外出荷比率の右下がりの部分を説明し得る論理である。

 

 

5.  制度別出荷と助成のリンク

 

3節で整理した通り、「新しい米政策」のなかでもとくに稲作経営安定対策については、大規模階層へ向けた助成というよりは産地へ向けた助成という意味合いが強いものと解釈される。さらにいえば、自主流通米という制度区分に密接に結びついた助成体系は、他の階層よりも中規模階層にとってより厚いものであるといい得る。なぜなら2節で確認された通り、中規模階層において計画外出荷の機会は底を打つ傾向があり、これは逆にいえばこの階層が最も計画流通制度に依存する度合いが高いことを意味すると考えられるからである。これらはいずれも供給の太宗を支援対象とするという意味からはその妥当性が高く評価されるものと考えるが、必ずしも構造政策と整合的であるとはいえず、むしろ分解軸周辺の規模の稲作経営を温存する効果があるといわねばならない。

 

 

米需給安定対策については稲作経営安定対策の加入要件ともなっているが、3節で述べたとおりその助成水準は地域・転作形態によっては必ずしも妥当なものとはいえない面がある。例えば拠出金が受け取る助成金を上回る事例などは、転作形態ごとに転作率にアクセントをつける必要性を示唆するものとも考えられるが、これが自家飯米の確保と衝突する場合にはいきおい生産調整非協力を生み出すもとにもなりかねない。全国的にみた零細層の生産・販売シェアを考慮すれば、これは決して小さな問題ではないと思われる。

 

 

以上みた通り、国の政策と個々の経営の合理的な行動とはつねにどんな局面のもとでも整合的であるわけではない。地域・産地レベルでの調整・独自の取り組みが期待される所以である。

 

ここでは、京都府においてすすめられている地域稲作基金を紹介しながらこの調整について触れていきたい。

 

 

テキスト ボックス: 自主流通米価格

京都府では「21世紀型地域農場づくり事業」と題された地域営農システムづくりが進行中であり、旧村範囲を単位とした地域ぐるみでの低コスト稲作及び京野菜・施設園芸等の産地形成がいくつかの事業タイプのもとで推進されている。おりからの米価低迷が作業受委託等を通した低コスト化の努力を吸収し、取り組みへの限界感から地域全体の活力への影響をも懸念される状況下でその導入が検討されたのがここでとりあげる「地域稲作基金」である。これは事業主体としては集落一農場づくり活動を行う集落単位の農家組合及び地域農場づくり協議会をその助成対象とするものであり、助成水準の決定は以下にみるように国による稲作経営安定対策と部分的に連動している。

 

 


地域稲作基金が国による稲作経営安定対策ともっとも顕著に異なる点は、その助成金の使途が定められている点である。すなわち、この府独自事業によって支給された助成金は@作業委託料金の軽減経費、A畔畔・道水路管理を集団で実施するのに必要な経費、B基幹作業用機械の購入、または補助残負担経費のいずれかに事業主体が用いることが定められているのである。これはいいかえれば、稲作収益を直接補償するのではなく、費用軽減を通して間接的に補償を行っていることになる。

 

本制度ととも補償への追加助成を通して、京都府は

          生産調整及び転作産地形成

          畔畔管理や作業受委託利用による農地保全

          団地化

といった地域営農システムづくりの目標達成を志向していると考えられる。

 

 

稲作経営安定対策が目先の価格変動の処置にその政策目標を集中しているのに対して、京都府の地域稲作基金は明示的に長期目標をとりこんだ短期の価格変動処理となっている。助成による直接の費用低減効果に加えて低コスト技術への地域ぐるみの転換を通して更なる費用低減効果が追求されているのである。

 

中規模階層に厚い助成体系――静態的な対処

 

京都府の取り組み・・・長期の政策目標――構造改善・費用への働きかけ

(経営安定・・・短期の政策目標――ショックの緩和・(粗)収益への働きかけ)

 

⇒助成+費用低減(地域の生産構造改善)・・・より高い安定効果が期待

 

 

 

 

 

 

参考文献

青柳斉 「米産地の主要類型と系統農協共販シェアの動向」 伊藤喜雄編著 『米産業の競争構造』 農文協  1998

稲本志良 「規制緩和と農業経営―農産物輸入の自由化と農業経営の対応方向―」 麻野尚延編著 『わが国農林業と規制緩和』 農林統計協会  1998

井上裕之 「佐賀県における生産調整の実態と「新たなコメ政策」への対応」 『農業と経済』 644  19984

桂明宏 「農業経営をめぐる諸制度の変化と経営発展の課題」 藤谷築次編 『日本農業の現代的課題』 家の光協会  1998

小池恒男 『激変する米の市場構造と新戦略』  家の光協会  1997

納口るり子 「大規模稲作経営における経営戦略の展開」 『農業経営研究』 342  19969

梅本雅 「米価下落の影響と稲作経営の対応」 『農業と経済』 643  19983

八木宏典 「新しい市場・価格政策と農業経営の刷新方向」 『農業と経済』 651  19991


国際化時代における九州地域の大規模稲作経営

−稲作経営体の出荷・販売行動要因の実態と課題−

 

                     九州大学農学部 甲斐諭 徳田一憲

 

(1)調査対象経営体の経営概要

 ここでは、まず、聞き取り調査を行った5つの大規模稲作経営(桑野経営、藤木経営、橋本経営、馬場経営、畑経営)の経営概要をまとめる。次に、大規模経営体における米の自己販売の実態と出荷・販売行動を規定している要因を事例的に明らかにする。

 聞き取り調査を行った5経営体における9年産米出荷・販売状況をみてみると、桑野、藤木経営は全量JA出荷しており、橋本、馬場、畑経営は自己販売を行っている。なかでも橋本経営は全量自己販売を行っている。

 

 1)桑野経営(朝倉郡三輪町)

 桑野経営の10年度の稲作付面積は951.57a30ヶ所に点在している。作付面積951a30ヶ所に点在していることについて、経営主の桑野氏は、農作業を考えるともう少し農地を集積させた方が効率的と考えているが、当該集落で実施されているブロックローテーション[1]の関係上現在のように点在しておいた方がよいとのことであった。その理由は、当該集落は集落ぐるみでブロックローテーションによる転作を実施しており、農地を集積しすぎると、まったく稲を作付できない年がくることを避けるためである。

 桑野経営の転作面積は535aで、経営面積の約36%を転作したことになる。また割り当てられた転作面積を達成した。転作作物は大豆である。

 桑野経営は農業のほかに造園業を兼業している。造園業の所得は農業の所得を上回るようになり、造園業の重要性が増している。

 今後桑野経営は農業(特に稲作)、造園業について事業規模を拡大する意向はない。稲作について規模を拡大する意向でない理由は、@規模拡大には新しい機械が必要となりコストが上昇し、A労働力の面からみても現在の面積が限界であり、B今後の米価の動向からみても規模拡大にはリスクが大きすぎる、という主に3つの理由がある。

 一方、重要な兼業収入である造園業に関しても、事業規模を拡大する意向はないとのことである。その理由は、造園業も長引く不況のなか規模を拡大するのは大きなリスクを伴うからである。ただし、造園業の方はより多くの仕事を獲得するために、来年度有限会社化する意向である。

 

 2)藤木経営(柳川市)

 10年度の藤木経営の水稲作付面積は1,347aで、うち350aが自作地で残りは借地である。作付地は53カ所に点在しており、うち当該集落に13カ所、集落外に40カ所の圃場がある。

 労働力は、家族労働力として本人と父、母の3人が、家族外の雇用は臨時雇用者が1名という状況である。藤木経営では作付面積のうち藤木氏6割、両親4割の割合で水稲の管理を分担している。今後は藤木氏本人が管理する水田の割合が増えるとのことである。そして今後は借地を中心に経営面積の拡大意向である。加えて一つ一つの圃場の管理を徹底することによって、良質の米の生産にも力を入れていきたいとのことである。

 また10年度は早生から晩成種まで7品種の水稲を作付している。作付品種を多様化する理由は、品種を統一してしまうと作業が一時期に集中するためであり、作付品種を分散させることで作業を一時期に集中させないためである。藤木経営の労働力は基本的には家族労働だけであるので、規模が拡大する分作業を時期的に分散させないと、作業が行えないとのことであった。

 藤木経営は、26集落でおよそ400haの範囲のブロックローテーションによる転作を行っている。この大規模なブロックローテーションは昭和60年代から始まり、現在も続いている。藤木経営では昨年度ローテーションの関係上転作面積ゼロであったが、今年度は作付面積のうち1/3を転作しなければならず、大豆を作付する意向である。

 

 3)橋本経営(京都郡苅田町)

 苅田町二崎集落の橋本経営の経営主である橋本浩氏(43歳)は8年前地元にUターンし就農した。就農する以前は関東でサラリーマンをしていた。

 橋本経営の水稲作付面積は1,000aで、うち自作地が70a、借入地が930aである。借入地のうち、680aが当該集落外にあり、苅田町以外にも125aの借入地が4圃場あり、自宅からもっとも離れている圃場まで9kmもある。苅田町を含む京築地域は、県内では基盤整備が比較的立ち後れている地域であり、橋本氏が借り受けている水田も基盤整備が完了していない水田が多い。

 借入地の水と畦畔の管理はすべて橋本氏が行っている。この水と畦畔の管理は重労働であり、時期によっては午前4時から午後8時まで作業する日が数日続くとのことである。

 このような重労働に加え、橋本氏は地域農業の担い手として、作業受託も行っている。作業受託面積をみると、耕耘と田植え1,500a、乾燥と籾すり5,000a、収穫3,000aとなっている。

 

 4)馬場経営(久留米市)

 馬場経営は1,750aの水稲の作付があり、うち自作地が400a1,350aが借地となっている。借地は一番遠いところにあるもので、自宅から15km離れており、久留米市以外の町にも借地がある。調査した経営の中では馬場経営が一番大規模な経営といえる。作付品種は夢つくし300a、ほほえみ500a、ヒノヒカリ950aである。

 馬場経営の特徴は230石の米の乾燥・調整、精米が可能なライスセンターを所有・利用しているところに特徴がある。このライスセンターは作付面積に換算すると30ha規模の米を処理することが可能である。

 また馬場経営は米の自己販売を行っているが、販売の際、配送の仕事のために家族外の雇用労働者が1人いる。

 

 5)畑経営(嘉穂郡嘉穂町)

 平成10年度の畑経営の水稲作付面積は900aで、品種構成は夢つくし200a、つくし早生200a、ヒノヒカリ400a、その他100aとなっている。水稲の他、裏作として小麦800aと大麦400aの作付がある。

 現在畑経営の借入地は合計で900aである。このうち集落内にあるものは200a、集落外が700aとなっている。集落外のなかで、町外にあるものは170aとなっている。農地の借入は、農業委員会を通して借り入れるものと、そうでないものがある。借入期間は、農家の高齢化や兼業化の進行により、長期化している傾向にあり、農業委員会を通して借り入れる農地の借入期間は、ほとんど10年になっている。

 畑氏は地元の農業青年団の団長として活躍している。また農協の作業受託委員会のメンバーでもあり、農協に対して協力的である。畑氏によると、農協と協力できるところは協力するとのことであったが、具体的には、JAの育苗センターのオペレータとして出役する代わりに苗を購入しするなどして、農協と協力できるところは協力している。

 しかし、カントリーエレベータの利用に関しては、独自の行動をとっている。畑氏本人は米作りにこだわりがあり、カントリー出荷だと他人の米と自分の米が混ざってしまうので、カントリー出荷を行わず自分で乾燥、籾すりを行っている。また、乾燥、籾すり作業を自分の分に加えて、他人の米も280俵分受託している。

 

(2)全量JA出荷経営体の行動要因に関する事例分析

 1)桑野経営が自己販売を行わない理由

@              自己販売を行うことは経営コストを上昇させ、採算がとれないため。

A              販売先である消費者が簡単に見つかるような立地条件にないため。

B              集落内で自己販売という勝手な行動をとると集落との関係上、重要な兼業収入源である造園業に悪影響を及ぼすため。

 

 2)藤木経営が自己販売を行わない理由

@              大規模なブッロクローテーションによる転作を行っており、米を1/3ぐらい作付できない年が3年に1回あるため。自己販売を行おうとしても、継続的に安定した量の取引ができない。

A              自己販売に関してのノウハウに乏しいため。今までは農協に出荷していれば、代金回収などの仕事を農協が行っていたが、自己販売を行う場合は自分でやらなければならず、このようなノウハウが乏しいことで、米の自己販売を現時点では行えない。

 

(3)自己販売経営体における販売の実態

 1)橋本経営における米の販売状況

 9年産米に関して橋本経営は全量自己販売を行った。米の自己販売は経営主である橋本浩氏が就農した8年前から始まった。当時は食管制度のもと生産者段階での自己販売は認められておらず、馬場氏はヤミ米として自己販売を始めた。しかし自己販売を始めた当初は全量売りではなく、