日本,韓国およびタイにおける水稲の飼料利用の動向

 

筑波大学     丸山幸夫

 

1.世界における主要作物の飼料利用の動向

 イネはコムギおよびトウモロコシとともに世界で最も多くの人に利用される作物であり,2002年には世界全体で約1億5千万ヘクタールの耕地で栽培され,約5億7千万トンの生産量を上げている.この生産量のほとんどは人の食料として消費され,飼料として利用されるのは収穫物の2%に過ぎない.一方,コムギとトウモロコシはイネとほぼ同等の収穫量であるが,コムギでは18%,トウモロコシでは66%もの多くの生産物が家畜の飼料に利用されている.

その他の作物をみると,オオムギの66%,ソルガムの47%,ヒエ・アワ・キビの8%,エンバクの74%,ライムギの50%の収穫物が飼料として消費されており,穀類全体の飼料利用比率は36%にのぼる.また,ジャガイモの生産量の飼料利用は12%,サツマイモ41%,キャッサバ26%であり,イモ類全体では22%である.なお,マメ類ではダイズの90%,ラッカセイの53%が加工利用であり,主に食用油の原料となるが,その残渣のほとんどは家畜の飼料となっている.

以上のことから,イネは世界で最も多く生産される作物の1つであるが,その用途が人の食用に特化しており,主要作物の中では最も飼料利用の少ない作物と言える.

 

2.わが国における水稲の飼料利用の動向

 わが国の稲作は,作付面積が徐々に増加するとともに,単位面積当たり収量が飛躍的に増加することによって生産力が向上してきた.しかし,食生活の変化による米の需要量の減少から大量の過剰米が生じたため,1970年から米の生産調整を開始して作付面積を制限し収穫量を抑制している.その後,生産調整面積は拡大を続け,2003年の生産調整目標面積は106万ヘクタールに達しているが,これは水田面積の40%を越える大規模なものとなっている.2004年からは生産調整目標面積が米の生産目標数量に変わったが,水稲の作付面積を大幅に抑制することに変わりはない.

 これに対し,水稲の作付けを行わない水田を有効に活用して自給率の低い麦類やダイズ,飼料作物などを増産することが期待されているが,排水不良や収益性の問題からこれらの作物の生産の定着,拡大が困難な場合も少なくない.このような背景から,米の生産調整の開始期から水稲そのものを飼料として利用する方策が検討されており,水田の持つ生産機能や環境保全機能を最大限に活用しつつ飼料自給率も向上する資源循環型の生産・利用技術の開発が進められてきた.

 水稲の飼料化に関する本格的な試験研究は穂が出る前に茎葉を収穫する青刈り利用から始まった.また,1977年から開始された水田利用再編対策において青刈りイネが特定作物に指定されたことから,排水不良水田の転作作物として栽培された.しかし,青刈りイネを飼料としてみた場合,家畜の嗜好性が悪く,品質と栄養収量の両者が劣るため,青刈りイネが飼料として利用される場面は必ずしも多くなかった.

 その後,茎葉と穂を一緒にして調製するイネのホールクロップサイレージ利用が検討され,成熟前の黄熟期のホールクロップサイレージは穀粒と繊維成分の両方に富むことから栄養価が高くて物理性も良く,青刈りや穀粒単独で利用するよりも総合的に優れていることが明らかになった.そして,1984年から始まった水田利用再編第3期対策においてホールクロップサイレージイネが特定作物として認められ,転作作物としての生産・利用が定着する事例も出てきた.ホールクロップサイレージイネの栽培面積は1980年代から1990年代前半は300400ヘクタールであったが,1990年代後半には2050ヘクタールに減少した.しかし,2000年から始まった水田農業経営確立対策などの普及施策によって2003年には約5千ヘクタールにまで増加している.

1980年代後半にはホールクロップサイレージ用の飼料イネ品種として「はまさり」「くさなみ」「ホシユタカ」が育成された.「はまさり」と「くさなみ」はホールクロップサイレージ専用の多収性品種で,可消化性養分総量(TDN)は5356%でトウモロコシ(65%程度)よりやや劣るがエンバクとほぼ同等であり,嗜好性もトウモロコシサイレージ並みに良好である.「ホシユタカ」は飼料や調理米など他用途に利用できるインド型の多収性品種で,前出の2品種と同様な栄養特性と嗜好性を持つことが認められている.その後,2001年から2004年までに「クサユタカ」「ホシアオバ」「クサノホシ」「クサホナミ」「夢あおば」「ニシアオバ」の6品種がホールクロップサイレージ用飼料イネ品種として各地で育成された.これらの6品種は多収性,耐病性,耐倒伏性,食用米との識別性など飼料イネに必要な特性を持ち,種子の供給体制も整えられたことから,現在では東北以南のほとんどの水田で飼料イネ専用品種が栽培可能となっている.

 飼料イネの栽培では水田での収穫とサイレージ調製が大きな問題であった.乾田では牧草収穫用機械による収穫とサイレージ調製が可能であるが,過湿水田では既存の機械による収穫は困難である.そこで,新たにクローラ走行型でロールベーラを結合した飼料イネ収穫機と自走式ベールラッパが開発され,この二つの機械をセットで稼動することにより過湿水田での収穫とサイレージ調製を可能にした.また,飼料イネの形態や成分特性からサイレージの発酵品質を高めることは困難とみられたが,新たに飼料イネ向きの乳酸菌が開発され,これを利用することによってサイレージの高い発酵品質と長期貯蔵性が得られることが明らかとなった.

 近年,飼料イネを乳用牛や肉用牛に給与する実験が積み重ねられ,乳牛による飼料イネホールクロップサイレージの摂取率やTMR飼料中の最適な混合割合が明らかとなった.また,飼料イネのホールクロップサイレージは肉用牛でも乳用牛と同様な高い嗜好性を示すとともに,飼料イネの中に含まれるビタミンEが肉食の維持に効果が高いことが示され,肉用牛の飼養において飼料イネの利用が拡大することが期待されている.

 今後,飼料イネの普及を促進するための技術的課題は,安定的な直播栽培の導入などによってコスト低減を図ること,収穫時の籾損失の抑制と籾の消化性の向上などにより栄養価を高めること,家畜に対する給与効果を明らかにすることなどである.また,飼料イネを生産する耕種農家と畜産農家を結びつける農作業受託組織などの体制を整備することが普及促進の前提条件となろう.

 

3.韓国における水稲の飼料利用の動向

 韓国においてもわが国と同様に米消費量の減少と水稲の生産性の向上という背景に加えて,WTO協定によるミニマムアクセス米の輸入量も毎年増加していることから多くの余剰米が発生し,2002年から生産調整の施策を導入している.韓国の水稲の作付面積は1987年に126万ヘクタールに達した後に減少を続け,現在は約100万ヘクタールで約670万トンの籾生産量を上げているが,2002年には約180万トンの在庫米を抱えている.このため,2002年には60ヘクタールの水田でトウモロコシ,ソルガム,ダイズなどを栽培する事業を行い,2003年からは2万7千ヘクタールの水田に休耕補償金を支給して3年間作付けを行わない施策がとられている.

 韓国では年間400万トンの粗飼料が必要であるが,草地や畑での飼料作物の作付面積が減少して粗飼料生産量が減少しており,その代わりに輸入粗飼料が増加している.水田は冬作も含めて粗飼料の生産基盤としての役割が期待されている.

 飼料イネの品種育成に関する研究は開始されたばかりであり,2003年から本格的な品種選抜に着手している.育種目標は多収性,直播適応性,病害虫抵抗性,栄養特性,食用米との識別性などであり,すでにいくつかの有望系統を選抜しており,2005年末までに品種登録することを目指している.また,飼料イネの栽培技術やサイレージ調製技術について研究開発が行われており,飼料イネの栄養特性や乳用牛・肉用牛に対する給与効果が調査されている.

 以上のように,現在は韓国における水稲の飼料利用は稲わらを除くとほとんどみられないが,米需給や技術開発の動向からみて今後の普及の進展が予測される.

 

4.タイにおける水稲の飼料利用の動向

 タイはわが国や韓国と異なり,水稲の作付面積と米の収穫量は増加傾向にある.2002年の水稲の作付面積は約1000万ヘクタールで,2600万トンの籾生産量を上げている.この生産量の三分の二は主にアジアおよびアフリカ諸国に輸出されており,近年の生産量の増加分の大部分は輸出に回っている.

 タイの稲作には季節性と地域性がある.雨季作の作付面積は約900万ヘクタールと大きいが,その作付面積は停滞している.これに対し,乾季作の作付面積は約100万ヘクタールと少ないが,近年の急速に作付面積が増加している.また,灌漑施設が整備された中央地域では約200万ヘクタールの水田で雨季作,乾季作含めて2年5作の栽培が行われているが,その生産性は高く約700万トンの籾生産量を上げている.一方,天水田が大部分を占める東北地域では約500万ヘクタールの水田面積があるにもかかわらず,雨季作のみの1年1作の栽培であり,生産性は中央地域のおよそ二分の一で約900万トンの籾生産量である.

 タイでは籾生産量の5%程度が飼料に利用されている.タイの大手の飼料会社であるBETAGROグループの工場を訪問して聞き取り調査を行った結果によれば,当該工場で利用している原料の多くはトウモロコシ(約50%)とダイズ(約15%)であるが,米糠を15%程度,米糠を脱脂した残渣を910%程度使用している.砕米も使用することがあるがその利用率は1%以下であり,約0.5%と見込まれ,当該工場で年間千トン程度と推定される.米はマイコトキシンの危険性が少ないため豚の繁殖時に給与されるが,家畜の飼料としては高価なので利用場面は限られる.

 東北タイでは乾季には水田での作付けはなく,牛を放牧して雨季作水稲の刈り株を飼料として利用している.この水稲と畜産の複合経営は作業や労力面,水田の肥沃度維持のためには合理的な方式と考えられるが,高い生産性は望めない.当該地域の年間降水量は必ずしも少なくないので,灌漑施設の整備などによって耕地を通年で利用可能とし,作物生産と土壌肥沃度の向上を図り,収益性の高い持続的な作付体系を構築する必要があるのではないか.また,現在はタイに飼料イネが入る余地はないが,畜産の生産性を高める必要が生じた際には飼料イネの利用も視野に入ってくる可能性が高い.

 

5.まとめ

 他の作物の飼料利用の動向をみると,水稲や米の飼料利用の可能性は必ずしも小さくはない.日本,韓国およびタイにおける米の生産と水稲の飼料利用の動向はそれぞれ異なっている.しかし,資源循環型の生産・利用の観点からみると,それぞれの国の自然環境や社会経済条件に合った飼料生産が重要であり,とくにアジア地域においては水稲もその有力な候補になる得るのではないかと考える.