中国における米生産低迷の原因分析と今後の予測
鳥取大学
万 里
1.緒 論
米は世界における半数以上の人々の主食であり,食料カロリーの6割を占める。このため生産状況は食料不足の解消に大きく影響することとなる。しかし,国際市場における米の価格は1995年から下落し,世界における米の総生産量は1999年をピークに減少し続けている。国連は貧困,食料安全保障,栄養不良と米が相互に関連することについて,一般の認識を高める必要性があると,2004年を「国際米年」とし,国際的な世論喚起を呼びかけている。
世界における米の生産量,消費量から見れば,中国は大きなウェートを占める。米の生産面積は世界全体の1/5で,インドに継ぐ第2位,また,毎年籾米の総生産量は1.8〜2.0億トンであり,精米に換算すると1.3〜1.4億トンで,世界1位である。中国では,6割以上の人口が米を主食とし,食糧作物生産量の4割前後が米であり,年間総消費量は1.35〜1.38億トン(精米換算)で,世界の米消費量の1/3を占めている。このような米の生産・消費大国である中国の変動状況は,世界における米の生産,消費事情に大きく影響する。しかし,近年,米の生産面積及び総生産量がともに減少し,市場価格も低迷し続けている。2003年度では総供給量の中から輸入を除いた総生産量が総消費量より大きく下回り,その差は-2,578万トンとなった。
そこで,本研究では中国の米の生産低迷の原因を,近年における米の生産,消費,備蓄などの側面から分析し,高度経済成長期における今後の発展方向を予測するものである。
2.中国における米の生産概況
中国の米生産面積の中で,インディカ米,粳米(ジャポニカ米はほとんどである),もち米のそれぞれの比率は60%,25%,15%であり,総生産量はそれぞれ60%,28%,12%を占めている。80年代末までに,食糧確保のために,単収の増加を大きな課題としてきた。中でも,特に70年代に雑交水稲(F1水稲)の発見及び普及によって,米の総生産量は大幅に増大した。1997年に籾米の総収穫量は2億トンを超え,米の供給量は需要量より大幅に上回り,莫大の備蓄米は財政の大きな負担となった。近年では,米はそのほとんどを自給しているため,輸入量は少ないが,タイの香米は中国市場で人気があるため,毎年少量の輸入が行われている。2002年,2003年の輸入量それぞれは23.6万トン,25.7万トンで,ほとんどはタイの香米であった。逆に,国産米の供給量は需要量を超えているため,最近5年間で毎年200万トン前後の米を輸出している。
中国の米生産は図1のように6つの稲作地区に分けることができる1)。この中で,中部2毛稲作地区は総生産面積の63%を占め,江蘇省,上海市,浙江省,安徽省,江西省,湖南省,湖北省,四川省の8つの省・市を含む。また,南部多毛稲作地区では総生産面積の22%を占めているが,海南省の一部分では3毛作もできる。この2つの稲作地区を合わせて総生産面積の85%以上を占め,ここではインディカ米の生産面積が6割以上を占めている。残りの稲作地区の中で,東北早生単作地区では,近年,稲作面積の拡大が大きく,特に黒龍江省では1999年に160万haを越す生産面積となり,ジャポニカ米を中心に生産している。西南高原稲作地区では5%の生産面積を占めているが,西部のチベット高原及び青海省ではほとんど米を生産していなく,近年では生産面積が減少傾向にある。北部単作稲作地区は生産面積の2%を占めているが,近年では工業開発のため,耕地面積の減少及び農業人口の流出が激しく,ここでも生産面積が減少する傾向にある。西北部乾燥単作地区ではジャポニカ米を中心に生産しているが,水資源の制限もあって,生産面積はわずか0.3%しか過ぎず,今後も大きく面積拡大の見込みはない。
3.長期的な時系列データ分析
中国の米生産は図2からわかるように,生産面積は1976年に最大の3,621.74万haであったものの,その後減少し続けてきた。傾向変動を求めてみると,80年代の初期から減少する傾向である。ただし,1961年には稲作面積が急激に減少したが,これは1949年に中国が成立し,土地改革などによって生産性が著しく向上し,食糧が豊かになり,人々が社会主義の最終段階である共産主義が到来したと誤想され,労働意欲が衰退したために,生産面積が減少した。加えて,異常気象により,1960年から1962年にかけて大飢饉となった歴史的な経緯があった。
図3では籾米の年間総生産量を示しているが,米の生産面積が減少していたのにもかかわらず,総生産量は増加し続け,1997年には最大の20,073.6万トンに達した。これは品種改良及び栽培技術の進歩により,単収が増加したためと考えられる。特に70年代における雑交水稲の発見による単収の増加がもたらした効果は大きいと思われる。
さらに詳しく見ると,生産面積,総生産量ともに一定の周期変動が存在していることがわかる。ここで(1)式により時系列の定常化を行い,定常系列の自己相関係数を(2)式で求め,作図したのが図4である2)。また,パワースペクトル解析で周期を検出し,米の生産面積では21年間,総生産量では13年間の周期を有することが判明した。中国は社会主義体制であるため,90年代の初期まで,国家は計画的に農畜産物の生産を行い,市場価格が安定していた。5カ年計画の制定により農業生産を制御してきたが,人為的な要素が大きく,加えて生産量と需要量との関係は価格に反映せず,生産面積,総生産量の循環周期が長いと分析できる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (1)
(CItは定常系列,Otは原系列,Ttは傾向変動である)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)
(rは自己相関係数,tは時間,τはタイムラグである)
90年代の中ごろ,米の価格は徐々に市場化に移行し,2000年から米の価格を完全に自由化させ,国は買入価格(保護価格)の提示によって市場価格をコントロールする政策に移行した。今後,米の生産面積及び総生産量に市場経済のてこが入ることで,変動周期が短くなると予想される。
1.近年におけるコメ生産低迷の原因分析
中国の食糧作物生産量の中で米は40%を占め,その生産変動は食糧事情変化に大きく影響する。図2で見られるように,米の生産面積は1976年から減少し続け,2003年には2,650.79万haまで下がり,生産面積最大の1976年に比べるとおよそ1,000万haも減少した。また,籾米の総生産量も1997年を境に減少してきた。その原因として以下のことが考えられる。
@
在庫増大の財政負担を軽減させるために,行政的に減反政策を実施し,他の作物に転作または林地にさせる。
A
米の総生産量は減少しているのにもかかわらず,備蓄在庫米の販売により,市場供給量は需要量より上回っており,米価の低迷を招いた(図5を参照)。
B
米市場価格の長期低迷により,農家の生産意欲が低下し,生産面積が減少し,他の作物へ転作が進んだ。
C
食生活が豊かになるにつれ,食味が重要視され,単収の高い米よりも,食味の高い品種の生産面積を拡大することにより,単位面積の平均収穫量も減少してきた。図6からわかるように,特に早生,晩生品種の生産面積の減少が激しく,1990年から2003年までに早生,晩生をあわせて毎年5%から8%の割合で減少してきた。
D
一部分の地方では,90年代中期までに米の過度生産により水資源が不足し,水田をやめるしかない状況にあった。
E
急速的な経済成長に伴う工業開発,住宅及び娯楽施設の建設によって,耕地面積が毎年30〜200万haの速度で減少し,米の生産面積も比例にして縮小してきた。1996年から2003年までに全国の総耕地面積は664.7万haが減少した。近年では食糧の価格低迷も追い風となり,都市近郊における住宅地,ゴルフ場の建設なども農地減少の原因となっている。
F
中国の米は80%が食糧として直接消費するものであり,経済発展によって動物脂質の消費が増大し,米などの穀物類の直接消費量が低減し,米の需要量も低下してきた。特に都市人口における穀物消費量の低下が激しく,1993年から1人当たりの年間平均穀物消費量は100kgを下回り,2003年には79.5kgまで下がってきた(図7を参照)。今後は都市人口の穀物消費量の下げ幅が小さいものの,総人口の6割を占める農村人口は経済発展によって穀物消費量が減少することは避けられないと推測できる。
G
生産面積の減少に伴い,種子用籾米も減少した(表1を参照)。1997年の1,130.92万トンから2003年の958.86万トンまで減少し,6年間で15%も減少した。
2.2004年度の状況と今後の予測
以上の分析でわかるように,1998年から中国の米総生産量減少の原因として,90年代の初期から総生産量は需要量に満たしていたのにもかかわらず,連続豊作による備蓄量の増大が最も大きいと思われる。図8からわかるように,1998年〜2003年の間に,米の総消費量は上昇し,総生産量は下落した。2000年から米の総生産量は総消費量より下回っていたのにもかかわらず,不足分を備蓄在庫米で補てんすることにより,市場価格は1997年から低迷が続いてきた(図5を参照)。
1998年〜2003年の連続6年間における総生産量の減少によって,在庫負担もかなり軽減され,2003年度の後期から市場価格も上昇に転じ始めた(表2を参照)。米価の上昇により,2004年度には生産農家が米の生産面積を拡大する意向があった。
2004年度中国の米総生産面積は2,920万ha前後(未確定,中国農業部)であり,2003年度の生産面積よりおよそ10%増加した。ほとんどの主産地では好天に恵まれて豊作となり,籾米の総生産量は1.75〜1.80億トンで,精米に換算するとおよそ1.23〜1.26億トンであり,2001年以来の豊作となる。しかし,2004年度の米総消費量は1.38億トン(精米換算)と試算され,需給間の差は縮小したものの,1,200〜1,400万トンの不足分を在庫による補てんでまかなうことが計算できる。
米の豊作により,一部分の市場では2004年の4半期から米の販売価格は横ばい若しくは小幅な下落がみられるが(図9を参照),生産量は消費量に満たしていないため,今後では米の市場価格における大幅な下落はないと推測される。
2003年度の後期から米市場価格の高騰により,2004年度の生産面積は拡大し,好天にも恵まれ,豊作となった。この高価格のもとに,2005年度の米生産面積はより拡大すると予想される。
今後では中国における米の総消費量が増加する基調にあるものの,大幅な生産面積の拡大は難しいと思われる。その理由として以下のことが考えられる。
@
人口の増加に伴う食糧需要が増加し,米の総消費量は増加する。中国政府の予測によると,2010年には人口が14億近くまでに増加し,食糧需要量は現在の5億トンから5.5億トンへ増加すると推測され,2030年には人口が16億の最大値に達し,食糧需要量は6.4億トンが必要であると推測されている3)。食糧需要量の中で現在では27%〜30%が米であるため,単純に計算すると,米の総消費量は現在の年平均1.35億トン(精米換算)から2030年の1.75億トンへと徐々に増加する傾向にある。しかし,経済発展に伴う工業開発などによって,耕地面積は毎年30万ha以上の速度で減少し,米の生産面積の大幅な拡大が難しい。
A
飼料としての消費割合はある程度増加する。飼料用米について,1998年〜2002年の平均年増長率は10%前後である(表3を参照)。今後では畜産物の消費拡大に伴い,飼料としての穀物需要は増加すると予想される。しかし,米の単収はとうもろこしなどの飼料作物より低いため,前述した耕地面積の減少を考えれば,米の飼料消費増加は一時的なものであると考えられる。
B
工業用米の増加による米の需要が増加する。工業用米は主に酒の醸造原料として使われているが,経済発展に伴い,酒の消費量が増加するものの,用途に制限があり,大きく増大する可能性は低い(表4を参照)。
C
米の品質改善による消費が増加する。現在では中国産米の半分以上はインディカ米であるが,長年の生活習慣でインディカ米を好む人もいる。そのため,タイの香米は中国国内において人気があり,価格も高い。今後では食味の高い米の研究が進み,米の消費量は増加すると考えられる。
3.まとめ
中国は農業大国である。しかし,食糧問題を解決したのはここ10年ほど前からのことである。近年では経済の急速な発展により,国民生活が裕福になりつつ,食糧価格が国家定価から市場価格へと移行した。本研究は,このような中国における米の生産現状を分析し,今後の予測を試みたものである。まとめると以下のものとなる。
@ 米の生産面積,総生産量ともに周期変動を有し,それぞれ21年間,13年間である。この周期はいままでの国家計画生産による結果であり,今後は市場経済の中で,周期が短縮すると予想される。
A 1997から米の市場価格が下落したが,それは備蓄米の販売によるものが大きい。しかし,1998年から連続6年間の収穫量減少により,備蓄が大幅に減り,今後では米の市場価格がしばらくの間に上昇すると予測される。
B 急速な経済発展に伴う工業開発,住宅地及び娯楽施設の建設などにより,耕地面積が年々と減少し,加えて水資源の制限もあり,米生産面積の大幅な拡大は難しいと推測される。
C 生活水準の向上による1人当たりの年平均穀物消費量が減少する。今後では人口の7割を占める農村人口における米消費量の減少が予想され,急激な米需要の増加は見込めないと思われる。
人口の増加を基本原因とする穀物消費量の増加,経済発展に伴う耕地面積の縮小と,矛盾している中で,中国の農業生産は厳しい現実に直面すると考えられる。食糧自給を守るために,より一層の努力は強いられると思われる。本研究では中国における米生産低迷の原因及び今後の発展方向について分析したが,米の価格は自由化し,今後では生産,流通,消費など,多くの点において問題が生じてくると思われる。これらは今後の課題としたい。
参 考 文 献
1) 周立三「中国農業区画の理論と実践」,中国科学技術大学出版社,1993年,p.258
2) 万 里「生鮮食料品流通の時系列分析」,農林統計協会,2002年,pp.55-64
3) 「中国食糧白書」,中国の食糧問題,中華人民共和国国務院,1996年