危機に瀕する世界のコメ 

 

鳥取大学     伊東正一

 

I.  国際作物間競争の時代:--瀬戸際に立つコメ--

 

1. 伸び悩むコメとコムギの生産量

世界の人口が増加するとコメ消費も増える・・・。そんな時代はもう終わろうとしている。作物も競争の時代である。コメは悠長に構えていると他の作物に自分のシェアを奪われてしまう。コメは生き残りをかけてコムギ、コーン、ダイズと必死に闘わなければならない時代である。 

21世紀に入って世界のコメは異常な事態を迎えた。1999年に初めて4億トンを超える生産量(精米換算)を記録した。ところが、それ以降はこの記録を5年間経っても更新できていない(図1USDA: PSD Online)。このようなことは過去半世紀にはまったく見られなかった現象である。通常は毎年更新されるか、長くても3年目で更新されている。ところが、2002年には1999年の記録を7%も下回る減産となった。これは決して資源が枯渇しているわけではない。国際価格の低迷でコメを作ることが採算に合わない地域が多く出ているということである。ここ数年、コメの価格は持ち直しているが、それでも2004年においてようやく4億トンのレベルに到達したものの、記録を塗り替えるまでには至らなかった。国際価格が2005年も現在の価格を維持すれば生産は回復するかもしれないが、その保証はどこにもない。もしかすると、価格もこれ以上は上がらず、増産もない、という状況が続くかもしれない。

現に、20058月におけるUSDAの発表(WASDE)によると2005年の世界の生産量もこれまでの史上最高であった1999年の実績を下回る見通しである。価格は1トン当たり約300ドル(Bangkok100B)で、数年前に比べ100ドルの回復を見せたが、それでも6年前の生産量を更新するまでには至らないという見通しである。また、市場価格は20054月より値下がりの傾向となっている。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ところで、コムギはさらに深刻な状況である。減産の兆候はすでに1990年代初頭から発生している。1990年にそれまでの史上最高(59千万トン)を記録してからは7年間のスランプ(第1のスランプ)があり、1997年にようやく記録を更新して6億トン余を生産した。しかし、その後も再び7年間のスランプ(第2のスランプ)に入り2004年に7年前の記録をわずかに上回る62千万トンを生産した。今後も、第3のスランプに突入しないという保証はどこにもない。

 

2. エサが主体のコーンとダイズは伸びる

一方、コーンとダイズはどうか?コーンの生産量は歴史的にコムギの生産量より12割少ない状態で推移していた。ところが、1990年代の半ば、コムギが第1、第2のスランプを迎えているころに状況が一変した。コーンがコムギの生産量を追い抜いたのである。2004年の生産量は、コムギが記録をようやく更新したにもかかわらず、コーンも新たに更新し7億トンに到達した。コーンのほうがコムギより10%余り多い。

ダイズにいたってはその驚くほどの増産に、まさに目を見張るばかりである。1987年に1億トンのレベルを記録したかと思うと、その後も勢いは衰えず、2002年にほぼ2億トンのレベルに到達。わずか15年で2倍の生産量となった。それでも増産の勢いは止まらず、2004年には23千万トンが見込まれている。ブラジルを中心にすさまじい増産が続けられているが、この勢いではダイズがコメを追い抜くのも時間の問題であろう。

国際市場における作物間の競争は熾烈である。なぜ、コメやコムギはジリ貧になりつつあるのだろうか?コメとコムギに共通することはどちらも人が直接消費する形がメインであるということだ。コムギは総生産量6億トンのうちエサに消費されるのはわずか1億トン。コメにいたっては4億トンのうちエサは1千万トンにも満たない(FAOSTAT)。残りはそのほとんどを人が直接食べる主食的な性格の消費である。

ところがコーンとダイズは違う。生産コストが安いことに加え、この2つは家畜のエサとしての消費がとりわけ多い。コーンは現在の7億トン(2004年推定値)の生産量のうち7割近くがエサ用である。また、ダイズは23千万トン(同)の生産量のうち9割に及ぶ18千万トンが加工用であり、そのほとんどが油の生産に消費されるが、その油を絞った後には1億4千万トンのダイズ粕が生産される。このダイズ粕が貴重なエサとなる。

世界の食料消費では肉類や酪農品など、畜産物の消費が順調に拡大しつつある。経済発展と共に、アジアでも畜産物の消費拡大は目を見張るばかりである。その一方で主食としての穀類の消費量は伸び悩む。当然ながら、主食としての消費を基盤としてきたコメやコムギは需要が減退する。この現象が世界で広がりつつある。アジアのコメ消費が減退して世界のコメ生産が危ぶまれることは、筆者もこれまで再三に渡って強調してきたことであるが、この減退傾向が日本をはじめ多くのアジア諸国でまだ下がり止まっていない。中国でも一人当たりで見ると、コメの消費量は1990年を境に着実に減少しており、近く国全体の消費量が減少することになる。すでに、中国のコムギの消費量は2000年の11千万トンから2004年には1億トンへと10%近い減少となっている。これに伴って生産量も1997年の12千万トンから急激に減少し2004年には9千万トン、25%の減産となっている。

どのような形であれ、消費が減少すれば生産も減少する。人が食べるのであれ、家畜が食べるのであれ、あるいは燃料などに加工するのであれ、消費が増大すれば生産も増大する。この逆も真なりではあるが、生産拡大が先行するためには新しい技術が開発されて生産コストが下がる必要がある。そうでなければ、市場価格の低迷に生産農家は対応できず、減産となる。よって、世界の人口は増えていても、必ずしもそれに伴って必要とはされない。過去15年間のコムギ、そしてここ5年間のコメの状態がそれである。

 

 

3. 似た動きをする価格の変化

主要穀物であるコメ、コムギ、コーン、ダイズの国際価格の動きは図2に見るように、とてもよく似ている。この45年間でも、特に後半の20年間の動きは似ている。12年間のずれはあるものの、上昇するときにはほぼ一緒にあがり、下降する時もまた一緒である。あたかも、4穀物が手をつないで仲良く動いているようである。しかし、お互いの仲がいいわけではない。お互いが競争しているからそうなるのである。1960年代と70年代はコメの価格の変動は他の穀物より著しく、コメが“薄い市場”と呼ばれ、特殊な見方をされていた所以であった。ところが、1980年代後半からはコメだけがとりわけ変動が大きいということではなく、これら4つの穀物価格がそろって高くなったり安くなったりする動きを見せている。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


それだけ、相互間の代替性が大きくなったということを意味している。それはつまり、お互いの競争が激しくなった、ということでもある。もう、コメだけが一人歩きして高価格で推移することはできないのである。短い期間ではそのようなこともあっても、数年間にわたって一人歩きできるような状態ではない。もし、高値で推移していれば、他の作物がすぐに追随する。つまり、世界中の生産農家が黙ってそれを見ていないのである。高い農産物があれば、すぐにそれを生産しようとする。また、消費の面においても高いものを以前と変わらず食べているようなことはしない。相対的に安いものへと移行する。決して100%そうなるわけではないが、世界レベルでは数%でもそのような動きがあれば価格にすぐに影響を与え、価格の上昇は押さえられることになる。だから、価格は4主要穀物があたかも“手をつないでいる”かのように一緒に動くのである。

ここ10年間の相場の動きは、図2に見るように、1996年前後にピークに達した後は2000年前後まで大幅に値下がりし、その後は上昇の動きである。特にダイズの値上がりが2004年は大きかったが、コメもコムギもコーンも全て上昇している。ただ、年間の平均価格において、ダイズの価格がコメを差し置いてこのようにも高くなったのは少なくとも過去45年間で初めてのことである。もしかすると、これは新しい穀物間の時代を意味しているのかもしれない。1トン当たりで、コメが243ドルのところをダイズは312ドル、コメに比べ3割近く高い。このような相対的に高い価格をダイズは長く維持することはできないだろうが、少なくともコメより高い価格で推移して行く可能性はある。それだけ、油に、そして、エサ(ダイズ粕)にと、ダイズの需要は高い。コーンもエサへの需要は高いのであるが、生産性から見て、1ha当たりの収量が、主産地のアメリカで10トンも獲れるのに対してダイズがわずか3トン弱、ということから見ても、1トン当たりの生産コストではコーンが圧倒的に低いということが推し量られよう。

そのような中で、コメはどうか?1ha当たりの単収がアメリカでも5トン(精米換算)である。しかも、整地や水利などに経費がかかり、他の穀物と同じ価格では採算は取れない。だからこそ、主要穀物の中でも価格が最も高かった。しかし、それはもう過去のことである。アジアの人々がコメの消費を抑える傾向に陥り、価格は需要の減退により低迷し、いまやダイズに追い抜かれる状況となっている。

 

 

 4. 米国農務省の報告書にも「作物間競争」が・・・

 「コムギ、コーン、そしてダイズ。これら3つのグループの主要作物がお互いに、また、その他の作物とも競争し合っている」と記しているのは米国農務省が毎年発行している「農業10年間見通し」(USDA Agricultural Baseline Projections to 2014)である。オリジナルの英文では次のように記している、「These three major commodity grouping -- wheat, coase grains, and oilseeds (including syobeans) -- compete with each other and with other crops...(p.73)。これをもっと正確に訳すると「主要穀物のグループであるコムギ、粗粒穀物(コーン、大麦、オーツなど)、それにダイズ加工品(ダイズを含む)はお互いに、また、他の農産物と競争をしているのである」。さらに、次のような下りもある。「Rising unabated since the early 1990s, global trade in soybeans and soybean products has surpassed wheat -- the traditional leader in agricultural commodity trade -- and total coarse grains1990年代の初頭から急上昇しているダイズとその加工品の貿易量はこれまでの伝統的リーダーであったコムギ、そして粗粒穀物を追い抜いてしまったのである」)(同)。このように農産物貿易の筆頭格がコムギからダイズに移行しようとしている。

上記のような米国農務省の表現の中で、コメの活字は見る影もない。せいぜい、「他の農産物」の中に入っているのだろう。が、生産量ではまだダイズの2倍の量を誇るコメがそう簡単に無視されても困る。しかし、コメはうかうかしていると本当に相手にもされない役立たずの商品になりかねないのである。

テキスト ボックス: 図3. 2015年における世界の貿易量予測:コムギ、粗粒穀物、ダイズ及びダイズ加工品
 
 図体が大きくても下火になっていると人から相手にされない、が、小さくても上り調子の時には人の注目を浴びる。コムギが前者であればダイズが後者となる。実にコムギが良い例である。まだ、生産量は6億トンもあるのに、全体の雰囲気ではダイズに追い抜かれたような感じになっている。図3にはコムギと粗粒穀物の輸出量があまり増加していないのをよそに、ダイズとその加工品(ダイズに換算)の輸出量は急激に増大し、2014年の予測ではコムギや粗粒穀物に5千万トンの差をつけてトップに立っている。

ダイズ及び加工品

 

 

コムギ

 

粗粒穀物

 

(ダイズ粕はダイズ粒に換算)

 

USDA(2005), p.73

 

 
 


II. コメ消費の減少

 アジア諸国におけるコメの一人当たり消費量の減少傾向は、あたかも坂を下り始めた重い機関車のようだ。一度走り始めたら慣性の法則でなかなか止まらない。多少の凹凸はあってもそれを無視するかのように走る。そのような感じで、アジアのコメ一人当たり消費は減少を続ける特長がある。よって、単に外部要因を加えた分析では測定できないところがある。こういう場合には、減少の傾向をそのまま延長するほうがより現状に合った予測ができる。特に、日本などはコメの消費量は価格の変化にほとんど影響されず、価格が下がっても消費が拡大するということがない。

 その一方で、経済の発展は欧米諸国からのレストラン業界を進出させ、アジアの若者はそのとりこになる、というのが一般的である。同時に、映画や情報関連産業など、あらゆる海外企業が進出する。そのような進出企業は宣伝を巧みに使い、マスコミにも多く取り上げられることから、若者の食生活のみならず、考え方や日常の生活まで欧米の影響は及ぶことになる。そうした動きの中では、アジア諸国の伝統的な食生活は徐々に変化することになる。

 

1. アジアのコメ消費減退

 アジアにおけるコメの需要は今後とも減退の一途をたどりそうである。コメを主食としているアジア地域においては一般的に一人当たりのコメ消費量は1年間に100kgを越える。日本でも1960年代の初めまでは100kgを有に越えていた。年間の消費量が100kgを越える場合は、平均的にはお年寄りから子どもまで毎日3食の食事に毎回おコメを食べるということになる。ところが、戦後の経済発展や欧米の食生活の影響で、食事の内容が洋風化し、パンなどの小麦粉製品や畜産物の需要が増大してきた。こうなると、コメを主体とする東洋食のスタイルは徐々に西欧食に押され気味となり、コメの消費量は減少することとなった。実はこうした状況を予知してItoらは1989年にすでに米国の学会で警鐘を鳴らしているが、その傾向は20年近くを経た今、より深刻になっている。

 日本のコメ消費量の減少は広く知られているところであるが、食生活の変化の影響で一人当たりのコメ消費量が減少しているのは日本だけではない。その減少が特に著しいのが台湾である。台湾の一人当たりコメ消費量は1960年代の初めは160kgのレベルであった。これはアジア諸国の中でもきわめて高く、日本の当時の120kgのレベルを大きく上回っていた(図4)。ところが、この台湾の消費量は2000年代にはちょうど50kgのレベルまでに減り、なんとこの40年間に3分の1に減少した。それでもまだ下げ止まってはいない。(本稿で言う「一人当たりのコメ消費量」はその国のコメの全消費量(加工、えさ米を含む)を人口で割ったものである)

 

台湾に比べると2004年における日本の65kgはこれまでの減少スピードがまだ緩やかであるということになるが、日本でもまだ下げ止まってはおらず、今後の減少の見通しとしては、長期的には台湾のレベルまで到達しても決して不思議ではない。食事の内容が極めて類似している韓国でも同じ傾向がうかがえる。韓国では1970年代のコメ増産と共に一人当たりの消費量も増大はしたが、その後は経済発展と共に良質米嗜好が表れ、一人当たり消費量では着実に減少の傾向をたどっている。2004年においてすでに100kgを下回ることが予測されており、今後も減少の基調は変わらないであろう。


 


 

中国でも減少

 コメ消費の減少で注目したいのが中国である。人口13億人を抱える中国でも近年では同じ傾向がみられる。一人当たり消費量は1990年代の初頭まで漸増してきたが、前出の図4の中から中国だけを抜き出して改めて確認すると、ここ10年間ははっきりとした減少の傾向が表れている(5)。数値でみると1991年の110kgをピークに減少しており、2002年にはピークの時期より3.6%低い106kgとなっている。平均してこの10年間に1年当たり0.4kgほどの減少ということであるが、より詳しくみると1990年代前半の年0.20.3kgの減少に対し2000年代は0.5kgへとその減少のスピードを速めている。価格の動きからみても2000年前後のほうが価格が低迷しているので、価格の低迷は消費の増大には余り貢献していないということになる。

 中国の一人当たり消費量の減少量が年間0.5kgであるということは、ほぼ0.5%の減少率ということになる。しかもこの減少率が増大の傾向にあるわけである。一方、中国の人口の増加率は2002年で約0.6%余である。しかも、この人口増加率が今後減少していき、中国の人口は2030年ころでピークを迎えその後は減少の見通しである。こうしてみると、中国のコメの国内総消費量はこのままではあと10年もしないうちに減少し始めることになる。ちなみに2001年の中国のコメ消費量は13458万トンで、前年に比べわずかに0.17%24万トン)の増大である。


 


 

1年間にこの巨大な国、中国で一人当たりの消費量が1kg減少するということは130万トンが余るという計算になる。この傾向では、年間に1kgの減少を見るのもそう遠くはない。ここで、中国とは食事の内容がかなり似ている台湾にもう一度目を向けたい。台湾の一人当たり消費量が過去40年間に160kgから50kgへと110kg減少したということは年間の平均減少率が2.7%ということになる。これは日本の減少率が同じ時期に1.3%であったことから見ると、日本の2倍のスピードで減少していったことになる。中国がそのような速いスピードでコメの一人当たり消費量が減少することは、現段階では明らかでないが、台湾と中国の食生活がよく似ていることからすれば、今後の中国の一人当たりのコメ消費量がかなりのスピードで減少することはこれまでの傾向からみて、可能性が高い。

中国の一人当たりコメ消費量が今後仮りに年間1%の率で減少するとなると、2020年の中国の一人当たりコメ消費量は約87kgとなる。その頃の人口はちょうど14億人と予測されているので、総消費量は12,100万トンへと現在より1千数百万トン減少することになる。前述のように、このような一人当たりのコメ消費の減少傾向は、アジアでは多くの国で発生しており、人口大国のインド、バングラデシュ、インドネシア、などでもその減少傾向に勢いが付いてくる可能性がある。そうなると、アジア全体では人口は増えてもコメの消費量は減少することになる。

 

2. 畜産物の消費拡大

畜産物の消費拡大はアジア各国で見られる。図6及び図7は日本を含むアジアの主要5カ国における過去40年間余りの豚肉とブロイラーの一人当たり消費量をみたものである。台湾における豚肉の一人当たり消費量は1980年代に30kg前後から40kg前後へと一気に増加し、その後も漸増の状況である。一方、中国はこの30年間近くで5倍に延び、現在では34kgという高いレベルに達している。韓国も70年代後半に増加し始め、2002年ではほぼ25kgに達している。日本も80年代に15kgのレベルを超えてからは微増といったところであるが、増加の傾向を保っている。タイでは他の4カ国に比べ豚肉の消費量は少ないが、80年代後半からは着実な伸びを示している。


 


 

ブロイラー(鶏肉)の消費量も豚肉ほどではないが、似た傾向が見られる。台湾ではここ5年間は28kg前後で停滞しているが、それまでの伸びは著しい。日本は過去8年間は14kgレベルで停滞しているが、鳥インフルエンザの影響を受けていない2003年までは微増を保っていた。

このように、コメ消費量の減少と畜産物消費量の増大とはコメを主食としてきたアジアの国々では実によくマッチしており、中国を始めとする中進経済諸国はこの勢いで今後も進むであろうし、他の後発の諸国でもいずれは中国やタイの後を追うであろう。このままではアジア地域の経済発展はあっても、コメ消費の増大のシナリオを描くのは困難である。

 

 

III. 将来のコメ需給予測

 

1.  IRRI2025年予測

 フィリピンのラスバニヨスにあるIRRI(国際稲作研究所)で開催された200112月の研究会において、Sombilla(Sombilla et. al. 2001)2025年の世界のコメ需給見通しを公表した。この報告は特にアジア地域の見通しに重きを置いたものであるが、世界の合計の見通しも計測し公表している。

 その主な国々の変化を表1に表した。これによると、ベース年の1997年と比較して、2025年までに一人当たりコメ消費量が増加しているのは、インドが85.9kgから93.7kgへと9%の増加、バングラデシュの151.6kgから154.6kgへと2%の増加、インドネシアが171.7kgから174.9kgへと2%の増加、ベトナムとミャンマーも、それぞれ、194kgから201kgへと3%の増加及び242kgから270kgへと12%の増加としている。

 この中で、インドは約11億人と人口が多く、さらに今後も人口増が予想されるため、この国の一人当たりの消費量の増加が世界に与える影響は甚大である。人口大国といえば、中国の13億人であるが、仮に人口が10億人の場合、一人当たり消費量が1年間に1kg増加するということは国全体では100万トンの増加ということになる。

 しかし、インドの例でみると、一人当たりコメ消費量は1990年代の後半から減少の傾向を見せている。国際価格が低い状況下での一人当たり消費量の減少は、やはり台湾や日本と同じように、インド人の食生活がコメ離れの方向へと少しずつ変化しつつあるとみるのが妥当であろう。Sombillaらがインドの今後の一人当たり消費量を上記のように大幅に増加すると推測しているのには疑問を抱かざるをえない。

 中国に対しては、1997年の106.2kgから2025年には100.1kgに予測しているが、2004年の段階で中国の一人当たり消費量はすでに104.3kgまで減少している。最高だった1991年の109.9kgから2004年までの13年間で5kg余りの減少をみたわけであるが、今後もこの傾向が続くと、10年後の2015年ですでに100kgを下回りそれからさらに10年を経た2025年には95kg前後まで減っている可能性が強い。

 さらに、日本に対しては、2025年に64.7kgと予測しているが、日本は2004年の段階ですでに65.2kgという状況である。この点においてもSombillaらの減少に対する過小評価が気になるところである。韓国の予測が1997年の100.9kgから2025年の73.4kgとなっており、この30%の減少予測は近年、急激に減少している韓国の状況をよく把握していると思われる。

 世界全体においては、1997年の65.8kgから2025年の66.4kgへと微増となっているが、他の研究機関で一人当たりの消費量が増大するという予測をしているのは、余りない。後述するように、米国のFAPRI(食糧農業政策研究所、アイオワ州立大学)の見通しでも、FAO(国連食糧農業機関)においても減少すると予測している。

最後に世界全体の需要量であるが、世界の一人当たり消費量が増加するという予測からは当然ながら世界全体では人口増により増幅されてしまう。Sombillaらは2025年における世界全体の需要量は5億1,560万トンを予測している。これは、Sombillaらがベースとしている1997年の総需要量3億8,080万トンから36%の増加となる。また、消費が伸びた2003年の4億1千万トンから比較すると26%の増加となる。

こうしてみると、Sombillaらの2025年予測は全体的に、増加傾向にある国に対しては増加の過大評価、そうして、減少の傾向にある国に対しては減少への過小評価がみられ、結果として将来の世界のコメ需要が過大評価される状況となっている。


 

 

1 IRRI(国際稲作研究所)による世界のコメ2025年予測

 

 

 

 

 

 

 

 

一人当たり消費量、kg、精米換算

 

 

増減(%

 

 

1997

2004

2025

97年比

04年比

 

インド

85.9

77.4

93.7

9.1%

21.1%

 

インドネシア

171.7

150.3

174.9

1.9%

16.4%

 

タイ

146.4

146.2

128.2

-12.4%

-12.3%

 

ベトナム

194.1

224.9

201.0

3.6%

-10.6%

 

ミャンマー

242.5

241.1

270.0

11.3%

12.0%

 

中国

106.2

104.3

100.1

-5.7%

-4.0%

 

日本

70.0

65.2

64.7

-7.6%

-0.8%

 

韓国

100.9

99.7

73.4

-27.3%

-26.4%

 

アジア全域

106.3

――

105.2

-1.0%

――

 

世界

65.8

64.5

66.4

0.9%

2.9%

 

 

 

 

 

 

 

総消費量、100万トン、精米換算

 

 

増減(%

 

 

1997

2004

2025

97年比

04年比

 

インド

82.5

82.4

124.1

50.4%

50.6%

 

インドネシア

34.9

35.8

47.8

37.0%

33.5%

 

タイ

8.7

9.5

9.3

6.9%

-2.1%

 

ベトナム

14.8

18.6

21.7

46.6%

16.7%

 

ミャンマー

11.2

10.3

16.5

47.3%

60.2%

 

中国

132.6

135.1

148.8

12.2%

10.1%

 

日本

8.8

8.3

7.8

-11.4%

-6.0%

 

韓国

4.6

4.8

3.9

-15.2%

-18.8%

 

アジア全域

329.6

――

434.1

31.7%

――

 

世界

380.8

411.4

516.2

35.6%

25.5%

出典: Sombillaら(2003)。ただし、2004年のデータはUSDAPSD Online, Feb. 2005による。


 

インドの増加や中国での減少の過小予測などから、世界全体の2025年における需要予測も現実のものより過大に予測されていると言えるだろう。この予測がなされた2000年ころは、1990年代後半の市場価格の上昇を背景に、生産は急速に拡大し、1999年には史上初の4億トンの大台に乗り、消費も拡大の一途をたどっていたころである。よって、将来の予測においてもそのあおりを受けやすく、このような大幅な増加を予測する結果となったのであろう。

 

2. 米国及びFAOの予測 

それでは、他の研究機関はどのような予測をしているのであろうか?ところで、世界の一人当たりコメ消費量は2001年の66.5kgからすでに減少を始めており、2004年には64.5kgと、この3年間で2kgの減少をみている。そういう流れの中で、アメリカのアイオワ州立大学にあるFAPRI(Food and Agricutural Policy Research Institute)2014年の予測において、63kgに下がると見通ししている。FAPRIは世界規模の食料需給の見通しを毎年発表しているが、世界のコメの一人当たり消費量を減少傾向にシミュレートしたのは今回が初めてではない。2004年の見通しでも、2003年の65.6kgから2013年の64.2kgへと減少するとの見通しを立てた。前述のように、FAPRIによると世界のコメの一人当たりは2014年に63kgまで減少する見通しだが、その際の世界の総消費量は約44800万トンとなっている。これを、Sombillaらが予測した量と比べてみたい。Sombillaらは2015年前後の予測値は公表していないが、1997年から2025年までの増加量を直線的に増加するとみなすと、2014年の消費量は45300万トンとなる。実際の予測はこの間の人口増加率がその後に比べてより高いので、消費量ももう少し高く予測されているはずである。よって、FAPRIが推測した数値はSombillaらの数値より少なくとも500万トン少ないことになる。

 ただ、FAPRIにしても、今年発表予定のシミュレーションでは昨年のそれに比べ、新たに下方修正されたものとなっている。

 FAOが将来を予測した近年の報告は後述するが、今から10年前の1995年に「World Agriculture: Toward 2010」(世界の農業:2010年に向けて)、全488ページ、を発表した。これは、1988年から1990年までの3年間の平均をベースに向こう20年先の2010年を予測したものである。ここで興味深いのは、対象となったのがコムギ、コメ、コーンとその他の雑穀類である。ダイズは含まれていない。1990年ころのダイズの生産量と言えば、世界全体で1億トンに至っていない状態であり、主要穀物の生産量からみればダイズはマイナーなクロップとみなされていたのであろう。

 その2010年の予測の結果をみると、コムギの生産量が71千万トン、コメが48千万トン、コーンが7億トンで、コムギの需要がその後も最大であると見通していたわけである。ところが、実際には、コムギは1990年に59千万トンを記録してからは足踏みを繰り返し、2004年においても6億トンをわずかに上回る程度の生産量である。その一方で、コーンは2004年においてすでに7億トンを記録した。当時のFAOの予測より6年も早いということになる。

 コメは2004年の消費量が41千万トンである。FAPRI2014年における予測においてさえ前述のように44800万トンであるので、FAOの予測はかなり高い見通しであった。

 こうした過去のシミュレーションからもわかるように、主要穀物の中で、コメとコムギは当初の予想より大幅に消費が低迷しており、その一方でコーンとダイズは予想をはるかに超えるレベルで増大しているということになる。つまり、コメとコムギは年を追うに従って下方修正を余儀なくされているということになる。

 そして8年後の2003年に、FAO2015年及び2030年の見通しを発表した(FAO, 2003)。これによると、2015年及び2030年における世界のコメの需要量はそれぞれ47200万トン及び53,300万トンと予測した。だが、この2015年の予測値は前述のFAPRI2014年の44800万トンの消費量と比べ約2千万トン多い数値となっている。また、2030年の数値は過大評価の恐れのあるSombillaらの2025年の数値51600万トンを若干下回る程度の数値である。

 

3. マニトーバ大学スミル教授の2025年予測

 マニトーバ大学(カナダ)のV.スミル(Vacal Smil)教授は2025年における世界のコメの消費量について、自らの計測結果を200411月につくば市で開催された『世界イネ研究会議』で発表した。テーマ「Feeding the World: How much more rice do we need?(世界を養う:コメはあとどれくらい必要か?)」(Smil,2004)において彼は2025年のコメ需要は、まず、人口増加率が減少していること、世界が老齢化社会にあり老人の食料消費は一般的に少ないこと、さらに進んだ機械化により体力を使う労働の量が減少すること、アジアを中心とする国々で今後も経済発展が見込まれ食生活が今後も変化してコメ離れを続けていくこと、などから2025年のコメ必要量は現在に比べわずかに5%増となるという。しかも、その5%増の問題も収穫後のロスを改善する技術が開発されて問題は解消することから、実質的には増産の必要性はない、というものである。

 この見通しはかなり極端で、聞いている人を驚かせた。しかも、「世界コメ年」を記念する会議の場であり、聴衆者は他の報告と同様に消費量の増加を期待していたわけである。筆者はこのスミル教授の大胆な計測に共感を覚える、と同時に敬意を表したい。今後の人口増からみて、20年後もまったく現在の生産量から増やす必要はない、というのも信じがたいが、しかし、もしかすると、それに近い数値にしか世界のコメ消費量は増えないのではないか、という危機感をぬぐい去ることはできない。仮に、コメがこれまで同様に人が直接消費する形のものが主体であれば、そうして、えさ用の消費が拡大しないのであれば、将来の消費増は本当に微々たる量になるのかもしれない。

 

 

 4. 本研究の2025年及び2050年予測

さて、先に、Sombillaら、FAPRIFAOの予測、さらにはSmil教授の推測結果を紹介したが、本研究で推測したものをここで紹介したい。その成果は別項(Alias, Ito & Kimura、本資料の別稿)で詳しく紹介しているので、ここでは要点と結論を述べておきたい。この推測方法は、アジアの各国に重きを置き、コメの一人当たり消費量(PCRC)を分析した。さらに、食料としての消費量と飼料用えさ米としての消費量を区別し、その消費量のPCRCの傾向を分析し、その増減率が今後も継続するとした。すでに下降線をたどっている国に対しては、その減少率が今後も継続すると仮定して推計し、また、PCRCが上昇傾向にある国に対しては、PCRC250kgでピークに達するという前提を置いた。えさ米の消費量はアジアの各国は今後も現段階のレベルで推移すると仮定した。

さらに、世界最大のコメ消費国である中国に対しては、3つのシナリオをおいた。その内容は下記の通りである。

1.        PCRCの今後の減少は2001年から2003年までの年平均減少率、−0.331%、でもって減少する。

2.        PCRCの今後の減少は日本が経験している1970年から2000年までの年平均減少率、−1.77%、に増大して減少する。

3.        PCRCの今後の減少は台湾が経験している1970年から2000年までの年平均減少率、−3.45%、に増大して減少する。

シナリオ1はすでに中国で進行中の減少率であり、今後の減少率はこの絶対値が最小限と思われる。場合によっては、シナリオ2やシナリオ3のように、日本や台湾のような大きな減少率に拡大する可能性があると推察される。

 これらのアジア各国のPCRC及びアジア以外の地域のPCRCを推測し、さらに、2050年までの人口増加予測値(米国センサス局、2003)を乗じ、最後に各国・地域の推測地を合計して世界の需要量とした。そうして、これをさらに世界の総人口で叙し、世界の一人当たり消費量を計測した。その結果を示したのが表2である。これによると、一人当たり消費量では、2003年が65.3kgであったのに対し、2025年はシナリオ1では61.5kgへの減少(減少率は−5.8%)、さらに中国の消費量減少が日本の減少率と同じスピードで進むとするシナリオ2及び台湾の減少率で進むとするシナリオ3ではそれぞれ56.7kg(同13.2%)及び52.7kg(同19.3%)へと減少する状況が示唆された。また、2050年においてはシナリオ123の一人当たり消費量はそれぞれ、57.8kg50.9kg47.0kgと計測された。

さらに、世界の総消費量では、2003年の消費量が41200万トンであったのに対し、2025年においては、シナリオ1では48200万トンが推測された。これはSombillaらの推計値51600万トンに比べ約3千万トン少ない量となっている。さらに、シナリオ2では44500万トン、シナリオ3では41300万トンで、2000年代初頭の41千万トン余りの状態からほとんど増加しないで推移すると計測された。世界の総消費量が5億トンを超えるのはシナリオ1においてのみで、それも2030年代半ばにおいてようやく達し、2050年においても53千万トンと計測される。シナリオ23では、世界の総消費量は2050年に至っても5億トンを大幅に下回って推移すると予測された。


 


 

ところで、FAPRI44800万トンと算出している2014年の世界のコメ消費量では、本研究の結果はシナリオ123でそれぞれ44900万トン、43千万トン、及び41100万トンとなった。FAPRIの数値は本研究のシナリオ1の結果と酷似しているが、シナリオ1は多く見積もっての結果であり、より確率の高い可能性としてはさらに低い消費量となると考えられる。

 

5. 市場価格の予測

 コメの消費は市場価格の動向にも左右される。価格が高騰すれば消費者は消費を減らす。逆に、安くなれば消費は拡大しやすい。そのような要素をコメも他の食料と同様に持っている。しかし、これまでの研究報告によると、日本のみならずアジア各国において価格の変化がコメの消費に与える影響力は小さい。それだけ他の要因が強い、ということになる。消費者の嗜好の変化、所得の変化、都市化、などがそうである。ただ、価格の変化を完全に無視することはできない。

 市場価格の動きを過去数十年間でみるとき、一般に「名目価格」と「実質価格」とで表されることが多い。「名目価格」とは、たとえば1トン当たりの価格をその当時の価格そのままであらわしたものである。一方、「実質価格」とは物価指数の変化を加味し、一連の物価指数で名目価格を割った値となる。たとえば、物価指数の変化を基準の2000年を1(または100)とした場合に1970年が0.3(または30)であれば、実質価格は2000年の価格は名目価格と同じ価格であるが、2000年の貨幣価値でみた1970年の実質価格は名目価格より3.3倍の価格となる。実質価格は、このようにして、現在の貨幣価値でもって何年か前の価格を比較することができる。この実質価格の動きをみると、コメの市場価格は下がってきており、1960年代に比べ、2000年代は3分の1前後となっている。それだけ、生産性の向上により、単位生産量当たりの生産コストが下がり、販売価格も下がり、消費者へのメリットが多くなっているということが言える。こうした傾向は、他の農作物でも同様で、また、工業製品などはその値下がりの幅がもっと大きい。

 近年のコメの価格の動きは、世界全体でみると、価格の低迷で、生産が落ち込み、消費量が生産量を上回る状態が2000年から続いている。このため、1999年の4億トンを超える史上最高の生産量を受けて、翌年の2000年の在庫は史上最大の15千万トン余(消費量の38%)となっていた。しかし、市場価格の低迷で生産が減少し、在庫量は激減、価格が上昇している。在庫は2005年には約7千万トン(同16%)にまで下がる見通しとなっている(USDAWASDEAugust 2005)。そうして、コメの国際価格は代表的なバンコクの100%Bでみると、1トン当たり1996年の338ドルから2001年には173ドルまで急激な値下がりを見せたあと、2004年までに246ドルへと、この3年間にある程度の回復をみている。その一方で、アメリカの農家価格は史上最高の生産量(730万トン)を記録した2004年秋からすでに下降線となっており、もみ100ポンド当たりでは20048月の8.9ドルから20051月には7.4ドルへと値下がりを見せている。

 こうした状況を背景に、各機関が発表する価格の予測をみてみよう。まず、FAPRIはコメの市場価格は2005年に下落したあと、上昇傾向に移り、バンコクのコメ100%B2003年の1トン当たり220ドルから2014年には340ドルへと50%余り上昇すると予測している。これは物価上昇の分も含んだ名目価格での予測としており、実質価格では「大きな上昇はない」(コメを担当したアーカンソー大学のE. J. Wailes教授)としているが、実質価格においては歴史的に下降線をたどっていることを考えると、上昇基調の予測は現実とは異なるとも受け止められる。

 アメリカで価格の予測をしているもう一つの機関に米国農務省(USDA)がある。USDAは毎年2月に発表する10年間見通し、「USDA Agricultural Baseline Projections to 2014」の中で、米国の農産物を主に需給予測をしている。この中で、コメに関しては、農家価格において、もみ100ポンド当たり2004年産の7.25ドルから10年後の2014年産は9.85ドルへと、35%上昇すると予測している。

 米国農務省の農産物価格の予測はいつも上昇基調である、と断言できるくらい価格については上昇の予測が多い。1996年や1997年も、それまでに上昇していた流れを受けてさらに上昇するという予測であった。しかし、1996年農業法であれほどに優遇されていた農家では生産に拍車がかかり、生産は急増し、市場価格は急降下し、新たな補助金が支給される結果となった。これはコメだけではなく、主要作物全般で同様の状況が起きた。これまでのシミュレーションで将来の価格が下がると予測したのはRosegrant (1995)がある。それほどに価格の値下がりを予測するのはまれである。しかし、現実には価格は減少することの方が多い。特に、実質価格でみた場合は長期間においては着実に下降している。技術革新は農業においても休むことなく続けられるものであり、価格の下落傾向は今後も続くとみるのがより現実的であろう。

 ところで、価格の予測は困難を極め、さらに、当たる確率も小さい。シミュレーションにおいては前提条件をおき、その条件の下では価格はこうなる、というようなシナリオとなるが、とにもかくにも、市場価格を向こう45年間にわたって、当たるように予測するということは至難の業である。Sombillaらは価格に関しては報告がない。

 本研究では価格の動きの予測はしていないが、これまでの生産技術の革新が今後も続けられること、さらに、流通や情報関係の技術革新が継続して行くこと、さらに、作物間の競争、輸出国間の競争、流通業者間の競争、など、多次元における競争のメカニズムにおいて、市場価格は上昇しにくい環境にあると言わざるをえない。バンコクにおける20054月までのコメ国際市場価格の上昇は、確かに世界の消費量が生産量を上回り、在庫量が急激に減少し、さらに、タイを中心とする輸出国において天災等の影響により生産量が予定より少なく、輸出に影響を与えているという複合・総合的な要因の下に起きている。しかし、市場価格の上昇は生産に拍車をかけるので、この価格上昇により生産が増加し、市場価格は再び頭打ちとなり下降に向かうこととなろう。その場合、需要が増大して、生産もこれまでの史上最高を上回るほどに増大するという形で推移すればよいが、需要が増大しない場合は、価格の上昇も十分ではなく、結果として生産の増大も限られてくるということになる。

 

 

IV.   まとめ: 需要の開発が課題

 

世界のコメの今後の見通しは決して明るくない。このままで行けばコメは他の穀物に押し倒されてしまう。世界はコメがなくても十分に生活できる、ということになり兼ねない。いったいコメは誰に消費してもらうのか?世界的な寿司ブーム、日本食ブームとはいうが、それはアジアのコメ消費減退と相殺されてイーヴンになるほどに大きくはない。コメと言えば、アジアが世界の生産量のほぼ9割を占める。それだけ、コメはアジアに特化しており、雨量の多いアジアのモンスーン気候を活用したアジアに有利な生産となっている。そして、コメはアジア農業の要である。ところがその需要がアジアの足元から崩されようとしている。アジアのコメ生産が減退すれば、アジアの農業競争力は減退し、農村地域の貧困問題も拡大するであろう。アジアだけでなく、コメ生産している地域はみな同じ痛手を受ける。

こうした作物間競争にコメは勝ち抜いて行かなければならない。今、コメにとって大事なことは、つまり、アジアを初めとする世界のコメ生産地にとって大事なことは、コメのニーズの幅を広げ、需要を拡大すること。その一つにはえさを視野に入れて生産性を挙げ、価格が安くとも生産が拡大できる状態を作り上げること。それには、生産コストを下げ、コメがコーンやダイズと同様にエサとして価格競争できるだけの力をつけなければならない。

コメとコーンとでは栄養構造も異なり、えさとしてコメが必ずしもそのままコーンに置き換えられるわけではないが、コメのエサ利用が進んでいるタイのエサ工場では養豚においてはコメの価格がコーンの価格レベルまで値下がりすれば、ほぼ全量がコメに移行できると試算している。現段階では国際市場においてはコメの価格はコーンの2倍から2.5倍で推移している。70年代や80年代に比べ相対的に安くなってはいるが、それでもまだ高い。よって、エサ工場でコメを使う場合は全て安価の砕米や屑米である。

コーンに対抗できるエサ専用のコメ生産をまじめに開発する必要があろう。エサであれば、味を度外視した高収量の品種が開発可能ではないか。

さらには、コメの加工品をこれまで以上の努力を重ねて開発すること。コメ粉パンや麺などは新しい分野である。「コメはやはりご飯で・・・」などと、悠長なことを言っている余裕はない。可能性のあるものは徹底して開発して行くべきである。そのようにして、アジアや他のコメ生産地の農業資源を最大限に活用し、コムギやコーンに対抗し、コメの競争力・シェアを維持拡大すること。この国際的な作物間競争、地域間競争を勝ち抜いていくため、日本は先頭に立ってそのような事業を進めて行くことが期待される。

 

 **本稿で使用したコメの消費量はすべて精米換算である。

 

 

 

     *本稿で使用したデータは当方の鳥取大学ホームページ:「世界の食料統計」

http://worldfood.muses.tottori-u.ac.jp に収録されています。ご覧ください。


 

参考文献

 

1.       Food and Agricutural Policy Research Institute (FAPRI): FAPRI 2004 The U.S. and World Agricultural Outlook, Iowa State University and the University of Missouri, January 2004.

2.       Food and Agricultural Organization (FAO): World Agriculture: Towards 2010: An FAO Study,  Alexandratos, N. Ed. 1995.

3.       Food and Agricultural Organization (FAO): World Agriculture: Towards 2015/2030: An FAO Perspective, 2003

4.       Food and Agricultural Organization (FAO): FAOSTAT, March 2005,

              http://faostat.fao.org/

5.       Ito, Shoichi, E. Wesley F. Peterson, and Warren R. Grant: Rice in Asia:  Is It Becoming an Inferior Good?  American Journal of Agricultural Economics. 71: 32-42, 1989

6.       Rosegrant, Mark W., Mercedita Agcaoili-Sombilla and Nicostrato D. Perez: “Global Food Projections to 2020:  Implications for Investment.”  Food, Agriculture, and the Environment Discussion Paper 5, International Food Policy Research Institute, Washington, D.C., October 1995.

7.       Smil, Vaclav: “Feeding the World: How much more rice do we need?,” World Rice Research Conference 2004, Tsukuba, Japan, November 5-7, 2004, pp. 1-3.

8.       Sombilla, M. A., M. W. Rosegrant, and S. Meijer: A Long-term Outlook for Rice Supply and Demand Balances in South;, Southeast, and East Asia, Developments in the Asian Rice Economy, Proceedings of the International Workshop on Medium- and Long-Term Prospects of Rice Supply and Demand in the 21st Century, 3-5 December 2001, Los Banos, IRRI,  ed. by S. Sombilla M., M. Hossain, and B. Hardy, 2002, pp. 291-316.

9.       U.S. Department of Agriculture (USDA): USDA Agricultural Baseline Projections to 2014, February 2005

10.   U.S. Department of Agriculture (USDA): PSD Online, February 2005.

      http://www.fas.usda.gov/psd/complete_files/default.asp

11.   U.S. Department of Agriculture (USDA): World Agricultural Supply and Demand Estimates (WASDE), August 2005.

12.   伊東正一、「世界の食料統計」(World Food Statistics & Graphics) 鳥取大学農学部ホームページ、閲覧日20052

     http://worldfood.muses.tottori-u.ac.jp/graph/index-e.html