日本のコメ需要の動向とコメ需要拡大対策

 

神戸大学     加古 敏之

 

1.       はじめに

本研究は、日本の過去50年余りの期間におけるコメ需要の動向を考察するとともに、コメ需要拡大対策について整理することを目的としている。具体的には、第一に、過去50年余りの期間におけるコメ需給の推移を要約するとともに、コメの基幹作物としての性格および主食としての性格がどのように変化してきたかを整理する。第二に、コメ消費水準の推移を整理するとともに、コメ消費に影響を及ぼした要因について考察する。第三に、コメ需要関数を計測し、将来のコメ需要量について予測する。第四に最近のコメ需要拡大政策について要約するとともに需要拡大の可能性をさぐる。

コメは長年にわたり日本人の食生活において主食の座の中心を占め、食料から摂取する熱量の重要な供給源であった。コメが主食の座の中心を占めているため、所得が増加しても欧米ほどにはでん粉質熱量比率は低下せず、一人当たり国民所得が類似した水準にある諸外国と比べ日本人のでんぷん質熱量比率は高い水準にある。日本人の主食の中心にコメが位置し、でんぷん質熱量比率が高いことが、欧米諸国と比べ熱量水準が低く、PFCバランスのとれた「日本型食生活」が1970年頃以降形成され、今日まで維持されてきた重要な要因をなしている。

また、コメは基幹作物として農業生産と農業経営の中心に位置してきた。農家の大部分が稲作を行っており、稲作面積は作物の延べ作付面積の中で高い割合を占めている。さらに、水田農業は、稲作を通して多面的機能を発揮しており、その環境保全機能の重要性が近年注目されている。

しかし、コメの主食性、基幹作物性という性格は経済発展とともにしだいに弱体化・希薄化しており、近年もこうした傾向は継続している。本稿では、コメが日本人の主食であり、日本農業の基幹作物であるという性格が経済発展にともないどのように変容してきたかを整理するとともに、コメのこうした性格が将来どのように推移するかについても考察する。

 

2.日本の経済発展とコメ経済の変容

コメ需給バランスという視点から第二次世界大戦後の50年余りの時期をみると、194567年の不足期と19682000年の過剰期に区分できる。さらに、1995年からのMA米輸入による市場開放の時期を加えれば三期に区分できる。以下では、それぞれの時期におけるコメ経済とコメ政策の特徴を考察するとともに、コメの主食性と基幹作物性の変化について数量的に検討する。

 

 

(1)  コメ不足時代におけるコメ経済とコメ政策(194567年)

1)食糧管理法下のコメの供出と配給

 戦後の日本は、植民地からの引き揚げ者で人口が増加する一方で食料をはじめとする多くの物資は不足し、インフレーションが進行していた。肥料等生産資材が不足していたため農業生産水準は低く、植民地からの食料移入もなくなったため、明治以降で最悪の食料不足が戦後数年間続いた。政府は食糧管理法に基づきコメをはじめ麦、雑穀、豆類、いも類等の食料の強権的な供出と配給により、国民に食料を公平に分配する政策を実施した。当時は家計消費支出に占めるコメ類への支出割合は1214%と高く,コメは賃金財という性格を色濃くもっていた。消費者米価を安く抑えるために生産者米価も低く抑えられた。パリティ方式で計算された生産者米価は生産コストよりも低い水準に抑制されており、戦後経済の再建の重荷は低米価政策により農民の肩にかかっていた。この時期のコメ政策は消費者保護的な性格をもっており、食糧管理制度は消費者家計を安定させる機能を果たしていた1)

 

 戦後の食料不足を補ったものはアメリカ、カナダ等から輸入された小麦であった。日本は、ガリオア資金による小麦の供与、MSA食料援助(1954年)、PL480号に基づく食料援助(195556年)をアメリカから受け入れ、不足する食料を補った。食料援助で受け入れた小麦や脱脂粉乳を用いた学校給食も終戦後まもなく開始された。1954年には、「小麦粉食形態を基本とした学校給食の普及拡大をはかること」が明文化された学校給食法が制定された。学校給食は児童のパンへの親近感をつくり出し、パン食の普及を促進した。旧植民地からのコメ移入が無くなったため、不足したコメの一部は輸入小麦粉で作られたパン、めん類で補われたのであった。

  食料需給表によると、コメの一人一年当たり消費量は、戦前の193438年には135kgであったが、戦後の1951年には99kgへと減少している。これに対し、アメリカ等からの食料援助で供給量がふえた小麦の消費量はこの間に8kgから26kgへと3倍以上に増加した。家計調査年報によると、都市世帯におけるパン類・めん類への支出額は、図1が示しているように、1940年代末から1950年代前半にかけて増加しており、1951年には食料費の6.3%を占めていた。しかし、コメ類への支出金額は他の食料品と比べ格段に多く、食料費に占めるコメ類への支出割合は1951年に26.1%であった。コメは主食(コメ類・パン類・めん類)の中で圧倒的に大きな地位を占めていた。

 

2)農工間の所得格差の拡大と生産費及び所得補償方式の導入

戦後の経済復興の過程で、日本企業は欧米企業との技術提携により多くの新技術を導入して、重化学工業分野を中心に多くの産業で新製品の開発と量産体制の整備を進めた。また、活発な民間設備投資が乗数効果による所得の増加を通じて一層の設備投資を誘発し、高度経済成長を達成していった。

一方、農業生産においても、1955年のコメの豊作を契機に戦前の水準へと回復し、深刻な食料不足は解消された。この頃に食料不足時代は終わったものの、依然としてコメ自給率は100%を下回る年が多く、コメは継続して輸入されていた。コメ生産者から政府が買い上げる米価である政府買い入れ価格は、1950年代末頃までは、自由市場における需給均衡価格を下回る水準に設定されており、農民・農業搾取的な性格をもったコメ増産政策が実施されていた。

 戦後、1955年頃まで農家所得は都市勤労者所得を若干上回っていたが、経済復興から経済成長へというプロセスの中で都市勤労者世帯の所得は順調に増加して農家所得を上回るようになった。1959年には、都市勤労者世帯の一人当たり所得は農家世帯の一人当たり所得を37%上回っていた。農民や農業諸団体、そして自民党の農林議員はこうした農工間の所得格差を是正するために米価の引き上げや農業予算の増加を要求する活動を展開した。農業団体、自民党、政府(農林水産省)は鉄のトライアングルを形成し、農業保護的な政策要求活動を展開した2)。その結果、1960年に生産者米価算定方式としてそれまでのパリティ方式に代わって生産費及び所得補償方式が導入された。

生産費及び所得補償方式は、稲作に投入された労働を都市勤労者賃金で評価することにより、稲作農家に都市勤労者並の所得を補償することを狙ったものであった。日本経済の高度成長により製造業賃金が1960年代に急速に上昇したので、生産費及び所得補償方式で算定された生産者米価は毎年10%前後引き上げられ、196068年間に約倍の水準へと上昇した。また、生産費及び所得補償方式は柔軟にかつ政治的に運用され、その時々の政治情勢に応じて政治加算が行われた。コメ不足という状況の中で農業団体と自民党農林議員の合作による生産者米価引き上げ劇が繰り返され、政治米価という言葉が生まれた。生産者米価が急速に上昇した結果、1967年の稲作一日当たり家族労働報酬は製造業賃金を40%上回るに至った。稲作は製造業と比べても、また、他の農産物と比べても収益性の高い作物となった。

1950年代初頭頃までは国内米価は国際米価を下回っていたが、それ以後この関係は逆転した。生産費及び所得補償方式で算定された生産者米価は、製造業賃金の上昇につれ1960年代中頃以降上昇速度を速め、国際米価を大幅に上回るようになった。これ以降コメの内外価格差は拡大の一途をたどった。

生産者米価の上昇に遅れながら政府売渡米価(消費者米価)も上昇したので、消費者は高い米価を負担し、納税者は売買逆ざやにともなう食糧管理会計赤字を負担した。生産費及び所得補償方式が導入され、年々生産者米価が引き上げられたことにより、それまでの消費者保護的な性格をもったコメ政策は、農業・農民保護的な性格をもった政策へと変貌を遂げたのであった。

 

3コメ消費の減退

コメの一人一年当たり消費量は、終戦後は増加傾向をたどり1962年に118.3kgのピークに達した。その後コメ消費は減少に転じ、1965年には111.7kgとなった。一方、一人一年当たり小麦消費量はこの間に26.0kgから29.0kgへと3.0kg増加した。コメ消費量はその後も減少傾向をたどったが、小麦の消費量は1966年以降安定化し、2000年現在に至るまでその消費水準はあまり変化していない。こうしたコメ消費の減少と小麦消費の増加をもたらした要因の一つは、コメの政府売渡価格が小麦の政府売渡価格と比べ割高に推移したことにある。コメの政府買入価格は1960年以降生産費及び所得補償方式で算定されるようになると急速に上昇したが、政府売渡価格も、政府買入価格の上昇にタイム・ラグをともないながら上昇した。これに対し、小麦の輸入依存度は1960年頃以降50%以上へと上昇し、小麦の輸入価格は政府売渡価格よりも格段に低かった。食糧管理特別会計の小麦勘定は黒字であったので、この黒字を用いて国産小麦の政府売渡価格は低く維持された。このため小麦の政府売渡価格とコメの政府売渡価格の比率は1950年代中頃以降低下傾向をたどった。こうした小麦とコメの相対価格の動向は、小麦消費を増大させコメ消費を減退させる方向に作用した3)。日本のコメ市場は国際市場から分断され、米価は国内の論理で引き上げられたが、麦価は国際市場価格を反映した水準に決定されたため、両者の価格差が拡大し、麦によるコメの代替が進行したのであった。こうした価格要因に加え、畜産物、油脂類の消費増加もコメ消費減退をもたらした要因であった。一人当たり小麦消費量は1966年以降になるとほぼ一定の水準で推移したが、コメ消費は畜産物、油脂類により代替され、減少傾向をたどった。

 

(2)   コメ過剰時代におけるコメ経済とコメ政策(196894年)

1)連年の豊作とコメ過剰

生産者米価が1960年以降年々引き上げられた結果、農民の生産意欲が高揚し、コメ生産は196769年の3年間1,400万tを越える豊作となった。この大豊作により日本は長年の政策課題であったコメ自給を達成することができた。一方、所得の増加につれ食生活の洋風化が進行する中でコメは劣等財となり、1960年代初頭以降消費は減少傾向に転じた。これに対して、小麦は畜産物(特に牛乳・乳製品)と結びついて、日本人の食生活の中に安定した位置を占めた。コメの生産量が増加する一方で消費量は減少したので、1960年代末にコメ自給が達成された。(図2)コメ自給の達成と同時に日本はコメ過剰局面へと突入し、1970年には720万tという膨大なコメ在庫が形成された。過剰局面への移行にともない、コメ政策の課題はコメ増産から生産調整へと180度転換することになった。こうして戦後一貫して推進されてきたコメの増産政策は1960年代末に終焉を迎えた。

食糧管理制度の下でコメ過剰を放置すれば、政府の手元に膨大な過剰米が集まり、食糧管理特別会計の赤字が累積して深刻な財政負担問題を発生させることになる。このため、政府が過剰米を全て買い入れて財政赤字を発生させるよりも、減反政策の実施に奨励金を出して過剰米の発生を抑制した方が財政的に有利であるという判断に基づきコメの生産調整が開始された。1969年、70年と緊急的な生産調整が実施された後、71年から本格的な生産調整政策が実施された。

 

 

図1が示しているように、家計費に占めるコメ類支出額の割合は、1960年の10.3%から1987年の2.1%へと大きく低下し、家計所得の増加につれ消費者米価の引き上げが家計に及ぼす影響が小さくなった。このことが、消費者米価の引き上げを可能にした経済的要因の一つであった。1980年代末以降も減反が強化されて過剰米の発生は抑制され、売買逆鞘も消滅したため食糧管理経費も1980年代初頭の1/2から1/4の水準へと低下した。

 

2自主流通米制度の登場と良食味米生産

コメ不足局面からコメ過剰局面への移行に伴い、消費者のニ−ズは量の確保から食味へとシフトした。このため、コメ政策も増産政策から消費者のニ−ズにあった食味の良いコメの生産・供給へと移行した。消費者のニ−ズにあったコメを供給する制度として自主流通米制度が1969年に導入された。政府により自主流通米に対する助成措置がとられたこと、消費者の良食味米嗜好が強まったこと等の理由で1970年代に入ると標準価格米や政府12類米から自主流通米のようなより品質の高いコメへと生産がシフトした。

 自主流通米市場で有利にコメを販売するための差別化戦略の一つとして、地域のブランド米の開発が行われ、あきたこまち、キララ397、ひとめぼれ等多くのブランド米が自主流通米市場に登場した。主食用うるち米に占める自主流通米比率は1975年には25%であったが、その後年々上昇し、94年には66%に達した。自主流通米は政府米に代わってコメの主役に躍り出た。

 

(3)   コメ市場開放時代におけるコメ経済の変貌とコメ政策(1995年以降)

1)コメ市場の開放

日本のコメ問題は食糧管理法の下で長年にわたり国内問題として取り扱われ、国内のコメ市場は国際コメ市場から分断されてきた。コメ貿易は国家貿易とされ、不足時以外にはコメは輸入されなかった。しかし、ガット・ウルグアイ・ラウンド農業交渉において日本政府はコメ市場の部分開放を受け入れ、1995年からミニマム・アクセス米(以下、MAと略称)の輸入を始めた。MA米として1995年に399t(精米、国内消費量の4%)、その後年々0.8%増加して、2000年に758t(同8%)を輸入することになった。

その後日本政府は、関税化特例措置から関税化措置へ1999年に移行することを決定した。コメ貿易の関税化に伴い、年々のMA米の輸入量の増加率は0.8%から0.4%へと引き下げられ、1999年に653,100t、2000年に693,039tのMA米が輸入されることになった。コメ貿易の関税化に伴い日本のコメ市場は国際市場とリンクされた。現在はコメ1kg当たり341円の関税が課せられているため、関税化輸入量は年間100200t程度にとどまっている。

コメ輸入量は2000879千トン(玄米)、2001786千トン、2002882千トンと推移しており、MA米輸入の開始により、主食用のコメ自給率は100%であるものの、コメ全体の自給率は2003年には95%へと低下している。

 

2)コメ消費の減少

 コメ消費量は1990年代中頃以降も減少傾向を続けており、コメ消費が下げ止まる兆候は見られない。『食糧需給表』でみると、一人一年当たりコメ消費量は1995年の67.8kgから2000年の64.6kgへと5年間で4.7%減少した。一方、『家計調査』でみると、世帯構成員一人一月当たりコメ購入額は、1995年の1,266円が2000年には1,061円(1995年の実質価格)へと5年間で16.2%減少している。『食糧需給表』と『家計調査』のデ−タはともにコメ消費量の減少傾向を示しているが、後者の減少幅の方が相当大きい。このことはコメの総消費量の減少率を大幅に上回る率で家計におけるコメ消費が減少していることを意味しており、コメ消費形態が内食から中食、外食へとシフトしていることを示している。農林水産省の試算によると、2001年では、一人一年当たりコメ消費量の48.1%が家計消費、51.9%が外食・中食消費であった4)。コメ消費の外部化が進む中で、外食がこれまでの増加傾向から横ばいに転じる一方で、中食が増加している。コンビニ弁当、おにぎり等の米飯を使用した調理食品の消費が増加傾向で推移している。コメ消費の外部化が進む要因としては、料理の手間や後片付けの手間が省けるという消費者の簡便化志向がある。また、外食に関しては、普段の家庭の味とは違うものが味わえるといった要因が働いている。女性の社会進出や単身世帯の増加、高齢化の進展、生活スタイルの多様化、簡便化志向等を背景に家庭内でのコメ炊飯・消費が家庭外に依存する度合いを強めてきていることを物語っている。

 

4)今後のコメ政策の課題 

1973年の世界食料危機や1980年のソ連によるアフガニスタン侵攻への制裁措置としてのアメリカ政府によるソ連への食料輸出規制を契機に、国民の食料安全保障に対する関心が高まってきた。総理府が20007月に実施した「農産物貿易に関する世論調査」によると、約8割の回答者が日本の将来の食料供給について不安であると回答している。また、52%の回答者が、日本の食料の供給熱量自給率が40%であるのは低いと回答している。

 多くの日本人は、主食であるコメは国内で自給することが望ましいと考えており、こうした事情を背景にして、これまで3度にわたり国会でコメ自給宣言が行われた。不測の事態が発生した時にも、コメだけは安定的に供給できる体制を維持することが国是とされた。総理府が1996年に実施した「食料・農業・農村の役割に関する世論調査」においても、「外国産より高くても、少なくともコメなどの基本食料については、生産コストを引き下げながら国内で作るほうがよい」と4割前後が回答している。この世論調査結果が示しているように、国内のコメ生産に過大なコストをかけるというのでは国民の支持は得がたいので、持続的で生産性の高いコメ生産構造を実現して、可能な限り国内におけるコメ生産の維持に努めることが基本であろう。

農林水産省は、食料の安全保障を確保することを目指し「不測時の食料安全保障マニュアル」を20023月に決定し、不測の要因により食料の供給に影響が及ぶおそれのある事態に的確に対処するため、政府として講ずべき対策の基本的な内容、根拠法、実施手順等を示した。コメ備蓄に関しては、国が100万t程度保有するとしている。

 

5)日本の経済発展とコメ経済の変容

以上では、第二次世界大戦後のコメ経済の変容を3つの時期に区分してそれぞれの時期のコメ経済とコメ政策の特徴を整理した。ここでは、経済発展にともなうコメ経済の変容を、コメの主食性と基幹作物性に限定して数量的に考察する。表1は、日本農業に占める稲作の地位、食料消費に占めるコメの地位の推移を19602000年間について示している。この表より以下の2点を指摘できる。

 

 

 

 

1 コメおよび稲作の占める地位

 

年      次

1960

1970

1980年年

1990

2000

延べ作付面積に占める稲作面積の割合

40.7

46.3

41.7

38.8

38.9

農業総産出額に占めるコメ産出額の割合

47.4

37.9

30.0

27.8

26.1

国民一人一日当たり供給熱量に占めるコメからの供給熱量の割合

48.3

36.7

30.1

25.9

23.8

家庭の食料消費支出に占めるコメ類購入金額の割合

23.6

12.9

8.7

6.5

4.5

家計消費支出に占めるコメ類購入金額の割合

10.3

4.3

2.5

1.6

1.1

  資料:農林水産省『耕地及び作付面積調査』、『生産農業所得統計』、『食料需給表』、

    総務省『家計調査年報』各年版

 

1)主食に占めるコメの地位

 高度経済成長期以前の日本人の食生活は、熱量とたんぱく質の供給をコメに大きく依存するコメ主食型食生活であった。一人一日当たり供給熱量に占めるコメからの供給熱量の割合は、1960年には48.3%と高い値であった。家計所得の増加につれコメが劣等財となり、1963年から一人当たりコメ消費量が減少に転じたため、この割合は1980年には30.1%へと低下した。この20年間におけるコメからの供給熱量の総供給熱量に占める割合の18.2ポイントの減少は、コメ産出額が農業総産出額に占める割合の17.4ポイントの減少と似た値であった。さらに、19802000年の20年間に供給熱量に占めるコメからの供給熱量の割合は6.3ポイント低下し、2000年に23.8%となった。

家庭の食料消費支出額に占めるコメ、パン類、めん類の主食への支出額の割合は所得増加につれ低下し、反対に副食(おかず)として食べられる畜産物、油脂類、魚介類の消費は増加してきた。主食の中でもコメ類への支出金額の割合の低下は著しく、1960年の23.6%から2000年の4.5%へと大幅に低下して、コメの賃金財という性格は希薄化した。所得増加に伴う食料消費支出額の増加とコメ消費量の減少がこうした大幅な低下をもたらした主要な要因であった。図1が示しているように、コメ類への支出金額は、小麦から生産されるパン類・めん類への支出金額を1999年以降下回るようになった。コメは過去40年の間に主食(コメ、パン、麺類)の中に占める地位を大きく低下させた。

 

2)日本農業に占める稲作の地位 

1961年の農業基本法で選択的拡大という施策が打ち出されるまでの日本農業は主穀型農業という特徴をもっていた。稲作は農業生産の中心に位置づけられており、1960年におけるコメ産出額は農業総産出額の47.4%と高いシェアを占めていた。また、稲作粗収益が農家の農業粗収益に占める割合も49.9%と高く、コメは基幹作物として農業生産・農業経営の中で重要な地位を占めていた。しかし、選択的拡大政策で生産が振興された畜産や果樹、野菜の生産が拡大したため、20年後の1980年には稲作粗収益が農業総産出額に占める割合は30.0%へと17.4ポイント低下した。1980年以降の20年間に、コメ産出額が農業総産出額に占める割合は、1980年以前の20年間と比べ緩やかな減少となり、3.9ポイント減少した。

以上で見たように、コメが農業生産に占める地位は19602000年間に半分強ほど(47.4%から26.1%)低下したのに対して、コメ類への支出金額が家計費に占める割合は10.3%から1.1%へとより大きく低下している。このことは、農業者が感じる以上に消費者にとってコメの持つ意味が小さなものになってきたことを示唆している。

 

(6) 最近のコメ需要の特徴

コメの需要は、その中心をなす主食用に加えて加工用、種子用、飼料用、そして減耗等から構成されている。主食用のコメ需要は、コメ需要全体の91%(2000年)を占めている。

@ 主食用のコメ需要

主食用のコメ需要は1995年に1,002万トン、うち外食用203万トン(20%)であったが、主食用のコメ需要は漸減傾向で推移し、2002年には886万トンへと減少した。これに対し、外食用のコメ需要は増加傾向をたどっており、2002年には253万トンとなり、外食用比率も29%へと上昇している。

A 加工原材料用米

加工原材料用米は、酒造用、加工米飯用、味噌用、米菓用、米穀粉用等の米加工品向けに供給される。加工原材料用米の消費量は減少傾向で推移している。1999年に131万トンであったが、2003年には119万トンへと減少した。清酒用の原料米需要が1999年の41万トンから2003年の33万トンへと減少する一方で、加工米飯の原料米の需要は1999年の10万トンから2003年の14万トンへと増加している。

 

3. コメ需要に影響を及ぼす要因

1コメ需要に影響を及ぼす諸要因

最近のコメ消費量の減少傾向をどのようにしたらうまく説明できるのであろうか?コメ需要に関する先行研究の多くは、コメ需要の価格弾力性と所得弾力性は負であると指摘している。そうであるならば、その他の条件が一定であれば、国民一人当たり最終消費支出が減少し、米価が下がれば一人当たりコメ消費量は増加することになる。しかし、最近は、国民一人当たり最終消費支出の伸びが鈍化し、米価が下がっていても一人当たりコメ消費量は減少している。これは、所得や米価以外の要因が変化してコメ消費量に影響を与えていると考えられる。

コメ消費量に影響を与える要因としては、所得や米価に加えて、経済発展に伴うライフスタイルの変化、社会構造の変化、食に関する消費者の志向の変化等がある。これらの要因は相互に独立というよりは、密接に関連しあいながらコメ消費に影響を及ぼしてきたと考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第一の要因としては、日本の急速な経済発展に伴う生活水準の向上や、それと密接に関連するライフスタイルの洋風化がある。家計所得の増加に伴い予算制約が弱くなり、食料消費における選択の幅が拡大した。消費者は予算制約が弱くなり、バリエーションのある食べ物の中から、おいしいもの、好きなものを少しずつ組み合わせる食生活を楽しむようになった。和・洋・中の料理をTPOに応じて選択する食生活も可能となった。この結果、畜産物、油脂類の消費が増加し、コメの消費は減少した。  

第二は、少子高齢化、世代交代の進展、世帯構成の変化等社会構造の変化が、コメ消費を減少させる方向に作用したことがある。3は、1995年と99年の年齢階層別にみた一人当たりコメ消費量を示しているが、両年を比較すると、50歳以上階層とりわけ60歳代の階層でコメ消費量が大きく減少している。一人当たりコメ消費量が相対的に低い60歳代以上の高齢者の割合の増加がコメ消費量を増加させる方向に作用してきた。

近年、単独世帯、核家族世帯が増加し、三世代世帯が減少してきた。この結果、一世帯当たりの平均世帯人員が減少するという小世帯化が進行し、このことがコメ消費量を減少させる方向に作用してきた。

また、女性の社会進出に伴う共稼ぎ世帯の増加は、専業主婦世帯に比べて家庭における調理時間が少ないため簡便化志向や食の外部化をもたらし、コメ消費を減少させる結果となっている。図4は、15歳以上の女性で雇用されている者の割合を示している。こうした女性の社会進出は1975年以降増加しており、コメ消費量を減少させる方向に作用してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


世帯を、コメを生産する世帯(コメ生産世帯)とコメを生産しない世帯(消費世帯)に分けて、世帯員一人当たりコメの家庭食を比較すると、コメ生産世帯の方が消費世帯よりも高い水準にある(図5)。一人当たりコメの家庭食が高い水準にあるコメ生産世帯数は近年減少傾向にあり、このことが社会全体の、一人当たり平均コメ消費量を減少させる方向に作用してきた。

少子化で人口が減少することも国全体のコメ消費量を減少させる。また、パン給食で育った世代人口の比率が増加していることも、国全体としてのコメ消費量を減少させる方向に作用してきた。

 

 

第三に、食生活の洋風化、簡便化志向の強まり等、食に関する消費者の志向もコメ消費を減少させる方向に作用した。特に、朝食ではコメからパンへの移行が著しい。朝食でご飯を食べる人口比率が低い理由は、ごはん食が、パン食と違っておかずを必要とし調理に時間がかかる炊飯という行為が必要な上に、一食分だけの炊飯はしづらいということがある。朝の忙しい時間帯に調理に時間をかける余裕がないため、調理にほとんど時間のかからないパン食が普及したと考えられる。コメ消費拡大のためには消費者の簡便化志向に応える必要がある。こうした消費者の簡便化志向に応えることを狙って、コメを研がなくても調理できる無洗米や調理の手間が省ける加工米飯が供給されるようになり、その利用が増加している。

 

2一人当たりコメ消費量に影響を及ぼす要因数量データ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


一人当たりコメ消費量とその水準に影響を及ぼすと考えられる変数の中で数量データが得られる変数を選び、一人当たりコメ消費量とそれらの変数の間の相関係数を19802001年間の時系列データを用いて計算すると表2のようになる。一人当たりコメ消費量(C)と一人当たり民間最終消費支出額(y)の相関係数は-0.93と大きな負の値、同様に、戸主の年齢(Ag)との相関係数も-0.98と大きな負の値、また、配偶者が得た所得が家計所得に占める割合(s)との相関係数も-0.909と大きな負の値となっている。逆に、世帯あたり家族人数(n)との間の相関係数は正の大きな値0.97となっている。

 

4.     コメ需要の将来予測

1一人一年当たりコメ需要関数の計測

以上の考察を踏まえ、本節では計量経済学的手法を用いて将来のコメ需要の予測を試みる。ここで用いるコメ需要関数の計測では、多重共線性の問題があるため相関係数が高い変数を多く用いることができない。このためコメ消費と大きな負の相関関係にある変数として所得を、大きな正の相関関係にある変数として家族規模を説明変数として用いた。

コメの需要は、その中心をなす主食用に加えて加工用、種子用、飼料用、そして減耗等から構成されている。主食用のコメ需要は、コメ需要全体の91%(2000年)と高い割合を占めているので、本節では主食用のコメ需要に焦点を当て、その需要を予測する。一人一年当たりのコメ需要量を予測するために以下のようなコメ需要関数を想定した。

 

   Ln = a1 + a2lny + a3ln

 

ここでa1a2a3はパラメータ、lnは自然対数、cは一人一年当たりコメ需要量、yは一人当たり実質民間最終消費支出、nは一世帯当たり家族人数を表す。19802001年間の時系列データを用いてこの需要関数を最小二乗法で計測したところ、以下の結果が得られた。

 

Ln =  4.600 - 0.200Lny + 0.557Lnn    R2 = 0.964

              (10.385)(-3.950)   (3.854)

 

カッコ内のt値が示しているように、計測されたパラメータは1%水準ですべてゼロと有意差があり、自由度修正済み決定係数は0.964と大きな値をとっている。この関数の当てはまりはよいことを示している。この計測結果によると、コメ需要の支出弾力性は-0.200で、一人当たり実質民間最終消費支出が1%増加するとコメ需要は0.2%減少することを意味している5)。また、コメ需要の世帯規模弾力性は0.557で、世帯当たり家族人数が1%減少するとコメ需要は0.557%減少することを意味している。

 

2)一人一年当たりコメ需要量の将来予測

この需要関数のパラメ−タの推定値を用いて一人当たりコメ需要の将来予測を行う。コメ需要の将来予測を行うためにはコメ需要関数の説明変数である一人当たり実質民間最終消費支出と世帯当たり家族人数の値を将来予測する必要がある。ここでは、これらの説明変数は19962001年間の平均変化率で将来も変化すると仮定した。一人当たり実質民間最終消費支出は年0.4%、世帯当たり家族人数は−0.8%で将来も変化すると仮定した。この需要関数のパラメ−タの推定値と説明変数の予測値を用いて一人一年当たりコメ需要量(精米)予測したところ、2010年に60.2 kg2015年に58.6 kgとなった。一人当たりコメ需要量の予測値に将来人口の予測値を掛け合わせることにより主食用のコメの全需要量を予測できる。2010年に、玄米表示で846万トンであった。

政府は、2000年に発表した「食料・農業・農村基本計画」において、単にこれまでの動向が継続した場合の趨勢によるのではなく、消費者その他の関係者が食生活の見直し等に積極的に取り組むことを前提として食料自給率目標を定める必要があるとして、2010年度における望ましい食料消費の姿を示している。コメに関しては、一人一年当たりの供給純食料として66kg、一年当たりの主食用国内消費仕向け量として906tを掲げている。表3は、「食料・農業・農村基本計画」が望ましい姿として示した値と本研究で予測した予測とを示している。両者の間には、2010年の主食用国内消費仕向け量で60t、一人一年当たりの供給純食料で5.8kgの差が存在する。本研究の方が、コメ消費量が将来もより早いスピードで減少すると予想する結果となった。

平成15年度の一人一年当たりの供給純食料は61.9kgであり、「食料・農業・農村基本計画」に掲げた値よりも本研究の平成15年度の予測値62.4kgに近い値であった。

 

3 2010年におけるコメ需要の予測値と「食料・農業・農村基本計画」

が示す望ましい姿の比較

 

基本計画の望ましい姿

本研究予測

国内消費仕向け量(主食用)

906t

844t

一人一年当たりの供給純食料

66.0kg

61.0kg

 

 

5.     政府のコメ消費拡大対策

家計所得の増加により食料消費における予算制約が弱くなったときにどのような食料消費を選ぶかは、適正な栄養・食生活に関する情報やその人の無差別曲線の形と位置が重要になる。このため、家庭での食生活と学校における食教育により健康な食習慣を形成することが重要と考えられる。成長過程にある子供たちが食生活の正しい理解と望ましい習慣を身につけられるよう、食育活動を通じて食生活に関する指導を推進して、健康な食習慣を形成することの必要性が高まっている。こうした背景の下に学校給食が推進されている。また、食生活の乱れに起因する生活習慣病等の増加に対応するため、社会全般に適正な栄養・食生活に関する知識を普及し、健康な食習慣の形成を目指した働きかけを行うことの必要性が高まっている。

 

1)食生活指針の推進

1)日本の食生活は、欧米諸国と比べれば、PFCバランスや一人一日当たりカロリー摂取量において比較的良好な状態にあるが、最近、脂質の摂取過多等栄養バランスの偏り、生活習慣病の増加といった問題が指摘されるようになった。文部省・厚生省・農林水産省は、国民の健康の増進、生活の質の向上及び食料の安定供給の確保を図るため、平成12年に「食生活指針」を決定した。健全な食生活に関する指針である「食生活指針」の10項目の中の一つに、「ごはんなどの穀物をしっかりと」という項目があり、穀類を毎食とって、糖質からのエネルギー摂取を適正に保つことの重要性が指摘されている。

農林水産省はごはんの優れた点として「おいしいごはんで健康生活」の中で以下の点を指摘している6)

@     ごはんは、エネルギーのもとになる糖質(炭水化物)と、体内で合成できない必須アミノ酸(たんぱく質)をバランスよく含んでいる。

A     ごはんは、カロリーも低く、体にたまる前にエネルギーに変わるため、太りにくい食べ物である。ごはんは粒食であり、そしゃくが必要で消化・吸収が緩やかになるため、インスリン(体脂肪の合成を促す作用があるホルモン)の分泌を余り刺激しないことから、太りにくく、肥満や糖尿病の予防に有効。

B     ごはんは、塩分やコレステロールを含んでいないので、高血圧、高脂血症や心臓病の予防に有効である。ごはんは、整腸作用をもつ難消化性デンプンを含み、便秘や大腸がんの予防に有効と考えられる。

C     ごはんは、魚、肉、野菜等色々なおかずにもよく合う食べ物であり、色々なおかずをバランスよく食べることができる。

 

2)政府は、食生活指針について国民各層の理解と実践を促進することとし、以下の事項を推進するとしている)

i) 食生活指針の普及・定着に向けた各分野における取組の推進。

@食生活改善分野における推進

栄養士その他の食生活改善関係者を中心として、適正な栄養・食生活に関する知識を普及するとともに、健康で主体的な食習慣の形成を目指した働きかけや地域や、各ライフステージの特徴に応じた栄養教育を展開する。

A     教育分野における推進

子供たちが食習慣を形成する時期に、食生活や食料生産・消費について正しい知識を習得し、望ましい習慣を身につけられるよう、教員、学校栄養職員等を中心に家庭とも連携し、学校の教育活動を通じて発達段階に応じた食生活に関する指導を推進する。

B     食品産業分野における推進

食の外部化の進展に伴い食品産業が国民の食生活に果たす役割が増大していることを踏まえ、食品産業関係者は、減塩、低脂肪の料理や食品の提供及びエネルギー、栄養素等の情報を提供する。

C     農林漁業分野における推進

消費者や実需者のニーズに即した食料供給を一層促進する。

 

ii)食生活指導等の普及・定着に向けての国民的運動の展開

食生活指針等の普及・定着及び消費者の食生活改善への取り組みを促すため、政府は民間団体等の自主的な活動とも連携して、国民的な運動を展開するとしている。政府は、コメ消費拡大を推進する平成16年度の事業に454,500万円の予算を計上した。

 

 

 

 

表4 コメ消費拡大関係予算(平成16年度)

事    業

予算額

(百万円)

ごはんを中心とした健康的な食生活の推進

1831

地域におけるコメ消費拡大対策

 

1326

 

ごはん食推進国民活動支援事業

米飯学校給食支援事業

623

米加工品新規需要開発の推進

351

米のトレーサビリティシステム導入促進などによる米の安全・安心の促進

389

農政事務所等によるおいしいお米・ごはん食の推進

35

合   計

4555

 

コメ消費拡大関係予算の主要な内容は、テレビ等によるごはん食健康情報の提供、医療関係者等によるコメを主食とする日本型食生活の再認識・普及の促進、コメの輸出促進に向けた生産者団体の主体的な取り組みへの支援、コメを中心とした地産地消の取り組み等への支援、販売業者団体が行うトレーサビリティシステムの導入に必要な条件整備への支援となっている。

コメの消費拡大には、食習慣形成期の子供の頃からご飯を主食とするバランスのとれた日本型食生活を定着させることが重要である。その手段として米飯学校給食を普及することが有効と考えられる。政府は米飯学校給食の助成に関係する事業に(平成16年度)175,800万円の予算を計上した。米飯学校給食助成関係予算の主要な内容は、学校給食用炊飯設備等拡充、都道府県が行う米飯学校給食用食器等の購入に対する支援、コメを中心とする地産地消の取組等への支援、備蓄米の無償交付、小麦パンから米粉パンへの切替促進の支援となっている。

 

表5 米飯学校給食助成関係予算(平成16年度)

事   業

予 算 額

学校給食用炊飯設備等拡充事業

1135百万円

米飯学校給食支援事業

623百万円

学校給食備蓄米導入事業

4千トン

米加工品新規需要開発促進事業

1千トン

合   計

1758百万円

 

 

学校(小学校、中学校、夜間定時制高校、特殊教育諸学校)における米飯学校給食の実施校比率は、導入当初の1976年度には36%にとどまっていたが、2003年度は99.3%と高い水準にある。実施校における米飯学校給食の週当たり平均実施回数は、1976年度には0.6回に過ぎなかったが、1980年度1.4回、1990年度2.5回、2003年度2.9回へと増加してきた。最近は伸び悩みの状態にある。東京都、大阪府、兵庫県(2.5回)等大都会を抱える都府県ほど米飯学校給食の回数が低くなる傾向が見られる。

 

6. むすび

 

所得の増加につれ、でん粉質食品の消費が減少する一方で畜産物の消費が増加するという傾向は国際的にも一般に観察される。戦後の日本で進行した食生活の欧米化は日本に特有の現象ではなく、家計所得の増加や社会構造の変化、ライフスタイルの変化により誘発された食料消費構造の変化といえる。食料消費支出額に占めるコメ、パン類、めん類等の主食への支出額の割合は低下傾向をたどり、反対に副食(おかず)として食べられる畜産物、油脂類、魚介類への支出額の割合は増加してきた。しかし、類似した所得水準の国と比べ日本ではコメを中心に穀物の消費量が多いため、でん粉質の摂取量が多く、このことが欧米諸国と比べた日本の食生活の特徴をなしている。1970年頃に栄養バランスのとれた日本型食生活が形成されたのも、コメが主食の中心に位置していることと密接に関係している。栄養バランスのとれた日本食は外国では健康的な食事(healthy food)として人気がある。

飽食の時代を迎えた今、食料消費の量的な一層の拡大は予想されない。むしろ少子高齢化が進む中で、食料消費量(食料供給カロリー)は減少することになろう。2002年の一人一日当たり食料供給カロリーは2,599kcalであり、近年、低下傾向にある。日本の人口も2006年をピークに減少に転じる見通しであるため、日本全体の一日当たり食料の総供給カロリーも今後減少することが予想される。比喩的に表現すればしだいに小さくなるパイの配分をめぐって色々な食料品がシェアー獲得競争を進めてゆくことになる。

近年、コメ消費量の減少速度は緩やかになったが、依然として下げ止まっていない。本研究では、需要関数を計測して一人一年当たりコメ需要の将来予測を行ったが、2010年に60.2kg2015年に58.6kgとコメ需要は減少傾向をたどるという予測結果となった。

コメ需要の減少をもたらす主要な要因は3つある。第一は、生活水準の向上や、それと密接に関連するライフスタイルの欧米化と関係しており、食生活の多様化、高度化によりコメの需要量は減少した。これは本研究では、コメ需要の支出弾力性が負であることと関係しており、所得の増加につれコメ需要は減少することを意味する。

第二は、少子高齢化、世代交代の進展、世帯構成の変化等社会構造の変化と関係している。今後も小世帯化、高齢化が進展すると一人当たりコメ消費量は減少傾向をたどるであろう。これは本研究の計測結果では、コメ需要の世帯規模弾力性が正であったことと関係している。一世帯あたり家族構成員数が減少するとコメ需要は減少することを意味する。

第三は、食生活の欧米化、簡便化志向の強まり等、食に関する消費者の志向が関係している。このことは、第一の要因の生活水準の向上や、ライフスタイルの欧米化の結果でもある。

国民生活の多様化や高度化、消費者の簡便化志向、少子高齢化、世帯構成の変化等に伴いコメ消費は減少する一方で、畜産物や油脂の消費が増加して、食の欧米化が進んだ。この結果、脂質の摂取過多等による栄養バランスの崩れや、生活習慣病の増加という問題が近年顕在化してきた。こうした状況を踏まえ、国は健全な食生活に関する指針を策定し、国民の理解と実践を促進する事業を展開している。

日本型食生活の中心をなすコメの消費拡大を推進する事業の一つとして米飯学校給食の普及に関する助成を行っている。コメの消費拡大対策としては、食育による健全な食生活の形成と並んで消費者のニーズにあったコメを供給することが有効であろう。無洗米や調理の手間が省ける加工米飯は消費者の簡便化志向にそった商品であり、その供給は増加傾向で推移してきた。しかし近年、需要は横ばいで推移しているので、新商品の開発により、消費者の簡便化志向に応えることが今後とも重要といえる。

 

1)持田恵三『日本の米風土・歴史・生活』筑摩書房、1990139頁。

2)逸見謙三「第1章 農業政策における政治と経済日本における農業政策決定のメカニズム」、逸見謙三、加藤譲共編『基本法農政の経済分析』明文書房、1985年、14頁。

3)農林水産省「米穀の需要及び価格の安定に関する基本指針」平成16年、図T123

4)農林水産省「米穀の需要及び価格の安定に関する基本指針」平成167月。

5)コメ需要の支出弾力性を本稿のように単一方程式で計測した研究には、澤田裕「米類需要の計量分析」崎浦誠治編『米の経済分析』農林統計協会、1984年、139-153頁、大塚敬二郎「米の需要供給関数の推定」『経済と経済学』55、東京都立大学、19841526頁、小林弘明「日本の米需給」土屋圭造監修、大賀圭治編米の国際需給と輸入自由化問題』農林統計協会、1988年、31-73頁、農林水産省「食料需給表」、2000年、等がある。計測に用いたデータが19741984年と比較的古い小林弘明(1988年)による研究ではコメ需要の支出弾力性は‐0.524であった。農林水産省(2000年)の19702000年度データを用いて計測したコメ需要の所得弾力性の計測値は‐0.477であった。両者の計測結果は、本研究のコメ需要の支出弾力性の計測結果−0.200よりも弾力的な値となっている。

6)農林水産省「おいしいごはんで健康生活」http://www.syokuryo.maff.go.jp/notice/data/health1.htm

7農林水産省の総合評価書「食料自給率目標の状況の検証」(評価実施時期 平成1610月)では「引き続き、脂質を多く含む品目の消費減、コメなどの糖質(炭水化物)を多く含む品目の消費増に向け、家庭はもとより、関係者が協力しながら国民運動として食生活の見直しを進めることが必要。」(5頁)と述べている。