私の研究のあゆみ

海外における研究活動は、まずスタートとして学部3年次(1973年度)に1年間休学し米国ジョージア州のラグレインジ大学に留学した。1981年には国際ロータリークラブ財団から奨学金(プロフェショナル分野)を得てアメリカ合衆国のアーカンソー大学大学院に入学し農業経済学を専攻した。1984年の卒業までに所定の講義を受講し、“Econometric Analyses of Asian Rice Economies:  With Special Emphasis on Twelve Selected Countries”のテーマで修士論文を作成した。この間、世界のコメ政策及び流通について研究し、中でもアメリカとアジア諸国について詳細に調べあげた。また、英文で論文等を発表すると共に院生助手として、師事した Dr. Eric J. Wailes 博士と研究を行う傍ら博士の代理として学部学生のための講義を代行することもあった。

 1985年にはテキサスA&M 大学大学院博士課程に進学し、1988年9月に“Econometric Analyses of World Rice Markets and Trade”と題する博士論文を完了するまで、院生助手として勤務・研究する傍ら、修士課程の学生の研究を支援した。この間、1985年は米国南部農業経済学会 (SAEA) で、1986年からは全米農業経済学界 (AAEA) で4年間連続で学会報告をした。米国の学会報告はレフェリー制を採っており、発表に採用されることはその論文の内容が一定の評価を得たことになる。

 博士課程終了後は同大学においてポスト・ドクトラル助手(博士課程修了助手)として勤務し、世界におけるコメの貿易及び政策を中心に研究を行った。また、論文も各学会誌に多数発表した。この間には日本にも一度調査に来た。

 198912月、帰国と同時に鳥取大学に勤務。鳥取大学を基点に1991年からは以下の文部省の科学研究費・国際学術研究の代表として海外調査に多く出かけることとなった。

.「米国におけるジャポニカ米の生産コスト及び潜在的生産能力に関する研究」(1991年度、予算:250万円)

. 「米国及び他諸国におけるジャポニカ米の生産コスト及び潜在的生産能力に関する学際研究」(1992〜3年度、予算:2、100万円)

. 「世界におけるジャポニカ米の生産・流通と潜在的生産能力に関する学際研究」(1995〜7年度、予算:3、220万円)

. 「世界におけるジャポニカ米の生産・流通と潜在的生産能力に関する学際研究−その2」(1998〜2000年度、予算:3、340万円)

これらの科研プロジェクトによりアメリカ合衆国や中国をはじめ、欧州、東南アジア、南米南部、豪州など多くの国々を訪問し調査した。また、1998年度からは新たに3ヵ年年計画で実施した。本研究に関する報告会を全国から関係者を招いて毎年開催している。1997年度は1998年3月に第6回を神戸大学で開催した。第5回は1997年3月に東京大学にて開催した。第7回及び第8回はそれぞれ福岡(1999年3月)と仙台(2000年3月)で開催した。最終回の9回は200139日に京都で開催した。

 

また、1992年から1995年まで、国際食料政策研究所 (IFPRI) と国際稲作研究所 (IRRI) の共同プロジェクト“Projections and Policy Implications of Medium and Long Term Rice Supply and Demand” に参加し、各国から参集した約30人のチームで研究を行った。このプロジェクトの一貫として、1994年7月から1995年6月までの1年間は首都ワシントンにある国際食料政策研究所(IFPRI)において上級研究員として勤務し、現代における世界のコメ流通の状況変化について研究した。

1998年4月の日本農業経済学会(千葉大学にて開催)ではそのプログラムのミニシンポジュウムにおいて「アメリカにおける農政改革の動向と日本農政の展望」というテーマで基調講演を行った。

同じく19984月に、台湾のタイペイで開かれたシンポジウム“Rice Production Estimation and Rice Importation Operation in Eastern Asia” (Sponsored by Department of Food, Taiwan Provincial Government)に招待され、基調講演を行った。

1998年6月には “The Exploding Demand for Feed Maize in Asia: Projection and Policy Options for Food Security”というテーマで、『アジアのトウモロコシ需要に関する国際会議』を4日間の日程で鳥取大学にて開催、日本側の代表を務めた。これは鳥取大学農学部と国際トウモロコシ・コムギ研究所(CIMMYT)との共催で開いた。

                           

 

 

主たる研究の概要

 

1.アジア諸国のコメ需要に関する計量経済学的研究

 テキサスA&M大学での在任中の1989年に発表した「Rice in Asia.  Is It Becoming an Inferior Good? アジアのコメは下級財となりつつあるか?」において注目を浴びることとなった。これは,農業経済学の関係の学会では世界で最も注目されている米国農業経済学会誌(AJAE)に掲載されたもので,そのなかで伊東は,第1オーサーとしてアジア各国のコメの需要分析を計量経済学的に行い,コメを主食としているアジアの国々ではコメが下級財になりつつあるとし,このままでは世界的にコメが過剰となり,価格は低迷を続け,よって,これまで続けられてきたアジア各国のコメ自給政策を多大な経費を費やして今後も継続することは必ずしも良策ではない,との警鐘を鳴らした。

これは,アジアの発展途上国でコメの自給達成が政治の目標として掲げていたアジア諸国および支援国にとっては青天の霹靂で,多くの論議を呼ぶとともに,この論文がきっかけとなって,アジアのコメ需要分析が新たな角度から真剣に行われるようになった。また,伊東らが当時発表した説は15年を経過した現在もその傾向を著しく呈している。

 

2.IRF法を活用したアメリカのコメ供給に関する統計分析

 1980年代当時,伊東はコメの需要の面だけでなく,生産面においても研究を重ね,特に生産性が向上していたアメリカの農業に関心を持ち,生産性がどのように変化しているかを分析した。これは,当時伊東が師事していたチェン教授(テキサスA&M大学)IRF法(Implicit Revenue Function)を用いて解析したもので,チェン教授との連名で1992年に同じく米国農業経済学会誌(AJAE)に採用された。この論文により,アメリカの稲作において生産者の価格変化及び政策変化に対する反応がより鮮明に表されることとなり,今後の生産量予測のテクニックを大いに改良する有効なツールとなった。

 これに引き続き,伊東はアメリカの農業の供給曲線の分析を重ね,1999年のJapanese Journal of Rural Economics (JJRE)においてはアメリカの稲作を事例にとり,供給曲線が過去30年間に右に大きくシフトし,さらに供給曲線がよりフラットに傾きを変化させている,との仮説を発表した。また,その後もこの分析結果を基に,国際貿易の近年の変化を分析し,コメの貿易はこれまで一般に考えられてきた「薄い市場(thin market)」の域を脱皮し,コムギやコーンと同じような状況が国際価格の変化に見られることを発表した上で,状況の変化に対する認識の必要性を促した。このことは,食料供給を輸入に依存している日本をはじめとする各国に対し,国際コメ貿易の基盤の強さを示すと同時に,食料安全保障の観点から一昔前と比べ大きく改善されていることを示すこととなった。その一方で,日本における稲作は厳重な減反政策のもと,生産性の向上の可能性が閉ざされ,このままではますます国際競争は困難で,国内の消費者にも耐え難い状況となる恐れがある,との見解も公表した。

 

3.世界におけるジャポニカ米の生産・流通と日本のコメ輸入に関する研究

さらに,伊東は日本のコメ輸入政策についても研究の域を広げ,外国産のジャポニカ米に対して現在の日本のコメ生産体制がどこまで競争できるかを分析してきた。これらの研究の中で,伊東及びそのメンバーは世界各地において日本の消費者に好まれるようなジャポニカ米の生産はかなりの国々で可能であると認められること,また,それだけに日本の稲作農家にとっては脅威であることを示唆した。さらに,1999年に突如として政策転換をし,コメ輸入の関税化を認めた政策において,当初の農林水産省が「30年くらいはこの高い関税を乗り越えて輸入が急増することはない」と強調していたことに対して,伊東らは中国産の高品質のジャポニカ米は向こう10年前後で輸入される可能性がある,との分析結果を公表し,国内農家の早急な対応を促した。

なお,これは特に文部科学省の科学研究費で研究してきたもので,その公表にあたっては,毎回,百数十人の関係者を招いて全国各地で報告会を開くという形をとった。

 

4.国際農業開発に関する研究

 海外の農業開発についても研究の手を伸ばしたが,その中の一つに,中国の半乾燥地帯における農業開発についての共同研究がある。これは,中国の内蒙古自治区の毛烏素沙漠における牧畜農業に関し,灌漑を施した場合の農業発展の可能性について研究したものである。1990年頃の農業経済学会の一般的な認識は,発展途上国では生産者が仲買人に買い叩かれる,というものであったが,現実にはそうではなく,情報化の波は発展国だけでなく途上国においても波及し,農家が買い叩かれるという状況では必ずしもないことを示唆するものとなった。

一方,近年では,ブラジルにおけるセラード農業開発プロジェクトの研究に力を注いできた。伊東は,このプロジェクトにおけるセラード地域のダイズ増産がどのような国際貢献及び日本への貢献をしたか,という観点からの分析を行った。これまでの食糧需給に対する世界的な情報及び視野から,セラードにおけるダイズの増産により,これまでのアメリカの一極集中型の供給からブラジルへのシフトが起こり,北半球と南半球とに供給基地が分散され,世界の安定供給に大きく貢献していることを明らかにした。また,ブラジルの増産が可能となったことで,国際価格が1トンあたり19ドルから38ドル下落し,外貨不足に悩む発展途上国のダイズ輸入及び食料安全保障に大きく貢献していることを報告した。このような計量経済学的な観点から分析を加えた研究は,日本のODAプロジェクトに対しては初めてのケースで,今後の日本のODAに対する評価手法に新たな知見をもたらした。

 

5.その他

 以上のほかに,日本の稲作における直まきによるコスト削減に関する研究,日本における農産物流通コスト削減に関する研究,等も行ってきた。