コメを取り巻く国際情勢
鳥取大学 伊東正一・蔡家声
1.新たな価格低迷
国際市場におけるコメの価格は昨年春からさらに値下がりし、史上最低の価格を示している。コメの国際相場を代表するタイ・バンコクのFOB価格は1995年の350ドル前後から下降しながら推移し、1999年秋に220ドルのレベルまで下がった。その後、2000年2月にかけて上向いたものの3月からは再び下降に転じ、2001年2月の段階では190ドル前後まで値下がりしている(図1)。このような価格の低迷は過去40年間では最低で、実質価格で見る限り史上最低の価格と見ることができる。
アメリカの市場価格においても、2001年2月の長粒種の価格は270ドルのレベル。2000年夏の250ドルのレベルより少し回復はしているが、2000年産米の価格としては、1985年農業法が施行され1986年にアメリカの価格が意図的に200ドルすれすれに暴落したのを除き、現在が史上最低の価格と見ることができる。1996-7年ころの1トン当たり450ドルレベルの状況からみると、大幅な値下がりである。
また、ジャポニカ米の国際相場を代表するカリフォルニア産中粒種の相場は南部の長粒種の価格から見ても非常に有利な高値で1998年産米以来推移してきた。2000年8月の時期には1トン当たり518ドルとなり、長粒種との価格差もほぼ200ドルというかつてない異常な大差がついていた。しかし、その後は中粒種の価格は急激に下がり、2001年2月上旬の段階では300ドルを下回っている。
このようなコメ価格の低迷の背景には、世界全体で1994年以来、継続して史上最高の生産量となり1999年には4億トン(精米換算)を上回るという歴史的な状況となったということが上げられる(図2)。1994年から1999年までの5年間に世界のコメ生産量は13%増加した。同時に輸出も増産傾向で進んできた。1997年及び1998年は2,700万トン前後のレベルまで達した。この輸出量の増加も驚異的な伸びで、この1998年までの10年間でほぼ2.5倍に増えたことになる。この世界的な増産傾向で国際市場価格は下降気味に推移し、このため2000年度の生産量は前年度より2%減少し、4億トンをわずかに下回った。その一方で、輸出に勢いがついていたコメはインドネシアなどの輸入量が激減し、国際市場はだぶつきの傾向となり、価格の値下げに拍車がかかることとなった。
近年の世界の穀物市場をみると、値下がりしているのは全穀物に及んでいる。図3は2000年をベースにした実質価格でみたものであるが、コメ、コムギ、コーン、そしてダイズにいたるまで全面的に価格低迷の状況である。このためアメリカでは膨大な補助金を農家に支払って急場をしのいでいる(後述)。穀物の需要においては各品目間で互いに代替性があり、よって、価格の変動はよく似ている。また、世界的な実質価格の下降現象は過去4-50年間の一定した傾向であり、今後においても国際価格の上昇は一時的には発生しても長期的にはその可能性は非常に小さいといわざるを得ない。
こうした価格の低迷を背景に2001年の穀物生産量は世界では増産への意欲が一時的には大きく減少するものと思われる。コメにおいては前述のように2000年産が減少したわけであるが、2001年の国際価格が2000年初頭よりさらに大きく値下がりしていることから、新たな減産が予想され、再び4億トンの大台を越す増産の可能性は極めて小さいであろう。世界のコメ生産の3分の1を占める中国は史上最高の生産量だった1997年の1億4千万トンから減少傾向にあり、2000年の生産量は1億3,300万トンとなっている。
中国のコメ政策は近年は大きく変化しており、インディカ米が政府買入価格の対象からはずされ、市場価格も下降気味に推移している。また、消費量も、一人当たりでは1980年代中期から減少に転じており、近年まで増加傾向にあった中国全土における消費量も1億3千6-7百万トンのレベルでほぼピークに達しているようにも見受けられる。そうした中で中国は輸出を増大させ、1997年の370万トンを始め、その後の3年間も毎年300万トン前後の輸出量となっている。また、世界第2位の生産国であるインドにおいても、1999年までは増産しほぼ9千万トンまで達したが、2000年産は減少している。近年の国際価格は各国の国内価格にも大きく影響を与える時代になっており、発展国、途上国を問わず生産者のレベルまで価格低迷の波は押し寄せていると思われる。よって、2001年の生産量は再び減少の可能性が強いとみることができよう。
こうした中で、米国農務省は2001年2月に今後10年間の見通しを発表した。これによると2001年における世界のコメ生産量は4億130万トンで、2000年産より1%増加すると予測している(USDA: USDA Agricultural Baseline
Projections tot 2010, Staff Report WAOB-2001-1, February 2001)。さらに、米国内の生産量も約1.5%の増加を見込んでいる。その一方で米国内の農家価格としてはモミ100ポンド(約45kg)当たり6.10ドルと、前年度より若干の上昇を予測している。
ところで、図4から7においてコメ、コムギ、コーン、及びダイズの需給状況を世界合計とアメリカについて表したが、いずれの作物も実質価格の値下がりとは裏腹に世界におけるこの40年間の生産量は大きく伸びており、今後の見通しとしても、コストの値下げを実現することにより、仮に市場価格の上昇がみられないとしても数年後の増産は再び現実のものとなるであろう。
図4.世界及びアメリカにおけるコメの需給状況(1961年〜2000年)
世界 アメリカ
出所:鳥取大学・伊東研究室ホームページ、「世界の食料統計」(http://worldfood.muses.tottori-u.ac.jp)
図5. 世界及びアメリカにおけるコムギの需給状況(1961年〜2000年)
世界 アメリカ
出所:鳥取大学・伊東研究室ホームページ、「世界の食料統計」(http://worldfood.muses.tottori-u.ac.jp)
図6. 世界及びアメリカにおけるコーンの需給状況(1961年〜2000年)
世界 アメリカ
出所:鳥取大学・伊東研究室ホームページ、「世界の食料統計」(http://worldfood.muses.tottori-u.ac.jp)
図7. 世界及びアメリカにおけるダイズの需給状況(1964年〜2000年)
世界 アメリカ
出所:鳥取大学・伊東研究室ホームページ、「世界の食料統計」(http://worldfood.muses.tottori-u.ac.jp)
2.アメリカの現状と今後の見通し アメリカの2001年産は増産?
アメリカの2000年度の生産は前年に比べ作付面積で9%の減少、そして、収穫面積は13%の減少であった。しかし、単収が7%(もみ換算)伸びたため、生産量としては603万トン(精米換算)で前年産に比べ7%の減少にとどまった。それにより、アメリカの市場価格は1999/2000年穀物年度が終わる2000年7月からわずかではあるが長粒種は回復している。一方、中粒種の市場価格は2001年2月の段階では先の図1でみるように下げ止まりは感じられない。
また、モミ100ポンド当たりの農家価格は1999年産及び2000年産はローンレートの6.5ドルを下回る状態となっている(図8)。農家価格が2年連続で6.5ドルの大台を割り込むのはこの30年間で初めてのことであり、物価上昇を考慮した実質価格でみるとこれも史上初めてのことと判断することができる。アメリカ国内の市場価格に加え、タイの輸出価格も低迷していることから、補助金であるマーケティング・ローン(融資不足払い)は急激に増大している。コメは1998年のわずか100万ドルから1999年産に対しては1.6億ドル、2000年産には2.7億ドルが支払われる結果となった(図9)。他の作物の支払い額と比較すると少なく見えるが(図10)、1万足らずといわれるアメリカの稲作農家にしてみれば平均でも約300万円がキャッシュで支払われたことになる。大規模農家に対してはその何倍のものが支払われているわけである。コムギやコーンなど、他の作物も価格低迷の状況であり、米国農務省が抱える融資不足払いの総額は2000年産の場合60億ドル(約7千億円)にいたっている(図11)。
これに加え、1996年農業法で1996年から2002年までの補助金が約束されている直接支払い(Production Flexibility Contract Payment)は1999年と2000年は緊急にその額が2倍に増額された。コメにおいてはこの2年間の支払額は当初はそれぞれ4.7億ドル及び4.3億ドルであるため、その2倍が支払われたわけである。また、他作物も含めた全体の支払額は56億ドル及び51億ドルの2倍ということになる(USDA: Provisions of the Federal Agriculture Improvement and
Reform Act of 1996, Agriculture Information Bulletin No. 729, September
1996, p.6.)。こうした補助金の増額は現在の米国政府の財政が長年続いた好景気により大幅な黒字で推移していることに支えられている。(しかし、現ブッシュ政権は農業補助金の切り下げをほのめかしている。)
このような状況の中で、アメリカの今年のコメ生産は増産の見通しが色濃く出ている。それには他作物との関係がある。前述のように、コメの競合作物であるダイズやコーンの価格がいずれも低迷している。よって、農家としてはどの作物が最も多くの利益をもたらすかを作付けの判断基準にするわけで、相対的にコメのほうが有利であるとするならば、コメの作付けが増加するということになる。とりわけ1996年農業法では作付けを自由にしたわけで、過去に稲作の記録がない農家もマーケティングローン補助金の対象となり、選択肢が広がっている。この自由化により東海岸ではひところ姿を消していた綿花の生産が再びよみがえっている。コメにおいてもその可能性は十分にあり、米国全域において今後の農家の動きは非常に複雑になることが予想される。
2001年のコメの作付面積は、アーカンソーなど、南部のコメ生産地では生産者団体により5%前後の増産の可能性が示唆されている。市場価格は競合作物すべてにおいて低迷しており、いっそのこと生産コストが安いダイズの増産に力を入れるという大規模農家も見受けられる。が、しかし、生産コストが高くても所得が多いコメは一般の農家にとっては魅力である。この状況はカリフォルニア州でも同様である。カリフォルニア州の稲作適地はサクラメント市の北部に広がるサクラメント平野の一部に限られ、最大でも60万エーカー(24万ha)までである、と見られていた。2000年産の作付面積は56万エーカーで限界と見られている面積に大きく近づいたわけである。しかし、サクラメント市から南200kmの一帯に広がる60万エーカーのデルタ地帯においてはコーンやコムギが生産されており、水が豊富なことからコメへの転換は農家の大きな関心事となっている。2000年にはすでに数千エーカーの稲作がこの地帯に見られ、増産の潜在性は非常に大きい。よって、カリフォルニアは今年は水不足の状態となりながらも稲作は作付面積の減少はあまり考えられず、増産があっても決して不思議ではない。
さらに、マーケティングローンがしっかりと農家を支えているので、生産コストがローンレートより低い農家にとっては市場価格がいかに低かろうと収入はプラスになる。よって、品質を無視した増産傾向に拍車がかかる可能性はある。現に、昨年はアーカンソーでわずかではあるが単収の多いインディカ米のハイブリッドの生産が見られ、これにより品質悪化の兆候がある。さらに、このような現農業法の下では高品質が要求され、また、単収の低い日本産品種米の生産は相対的にデメリットになる可能性が高い。
{アメリカのコメ生産に関する構造分析については次項の「米国における1996年農業法(FAIR)とコメの生産性向上」を参照}。
3.WTO交渉の見通し
次期WTO交渉は2001年11月のカタール会議により本格的に始まる見通しであるが、昨今の農産物市場の価格低迷が交渉に大きく影響を与えてくるであろう。国際市場の値下がりは需給のだぶつきを意味し、それだけに輸出国にとっては新たな市場の開拓がこれまで以上に重要性を増してくる。その一方で、輸入国においてはより安価な食料が確保されるわけであり、国内の生産団体からの反発さえクリアできればメリットが多くなる。そういう点で、日本のような食糧の輸入大国に対してはいずれの輸出国からも発展国、途上国を問わず輸入の拡大が期待されることになる。
近年の穀物価格の低迷に対し、発展国では農家に対する直接支払いで対応しているのが実情である。よって、この直接支払いは今後とも農家に対する保障として政治的にはこれまで以上に重要なツールとなってくるであろう。アメリカでもどのような直接支払いが適当であるか、WTOのルールに照らし合わせ、また、次期の2002年農業法案も視野に入れた方策が真剣に検討されている。
ウルグアイ・ラウンド交渉では米国とEUとの対立が一つの焦点となった。次期交渉でもこの両者の対立はある程度は予想されるが、EUにおいては近年では介入価格が引き下げられ、域内の市場価格が国際価格に近づきつつあることから、前回のような対立は見られないのではないかと予想される。EUにおいて緊急な問題はむしろ狂牛病の対策である。狂牛病がEU諸国全域に蔓延する勢いであり、牛肉の消費量も現在では半減する国も出ている(Klaus D. Schumacher: Grains and Oilseeds—A European Perspective,
Speech Booklet 5, Agricultural Outlook Forum 2001, USDA, Washington, February
2001)。 EU全域の2001年における牛肉の消費量は少なくとも15%の減少が見込まれている。このような危機的状況から脱出するため、EU政府も20億ユーロの資金を投入する見通しである。そのような予算は農業予算のかなりの部分を使うことになり、その分だけ穀物の農家には助成金が削られることになりそうである。
発展国における市場価格は減反政策が緩和されていることから生産が増大すると同時に価格が下がるという実態がある。このような現象が恒常化すると、輸入規制で国内価格が高く維持されている国に対しては市場開放を求める声が集中的にあがる雰囲気もあり得る。
今後の世界的な農業政策の流れとしては農家の所得をある程度までは維持しながら、生産性を高めるために効率のいい農家に生産を集中させ、そのことにより価格も下げて競争力を付けるというパターンになることが考えられる。その一方で効率のよくない生産地や生産者に対しては環境保全の名目で環境整備をしながら農業生産は抑え、また、農家に対しては一定の保障をすることにより政治的問題を回避するというパターンが予想される。つまり、直接支払いで農家の所得をある一定のレベルに保ちながら、生産性の向上と環境保全(農地保全)を同時進行させるというパターンである。
4.価格低迷の中の「関税化米」の輸入の可能性
上記のようなことから、国際市場の今後の動きは大幅な値上がりは期待できず、むしろ値下がりの可能性のほうが大きいとみるほうが妥当であろう。そのようなときに、日本国内のコメ相場の値下がりは「関税化米」の輸入を防ぐ意味では意義深いことである。関税化米の具体的な内容は本プロジェクトの過去2回の報告で行ったのでここでは繰り返さないが、国内相場が高ければ高いほど関税米は輸入しやすくなり、また、日本の相場が下がれば下がるほど輸入しにくくなるわけである。
日本と海外のコメ相場を10kg精米の価格で図12に表したが、この1年間に日本のコメ価格が値下がりしている(図の左軸の価格指標)。同時に中国産米とカリフォルニアの中粒種の価格も大きく値下がりしている(図の右軸の価格指標)と同時にそこでこの新しい相場をもとに関税米が日本市場に本格的に輸入される時期をシミュレートしてみた。アーカンソーのコシヒカリ(ア州産コシ)、加州産キャルローズ(加州産キャル)、加州産あきたこまち、及び中国黒龍江省産の合江19号(黒産合江19)の日本国内での評価価格を10kg当たりそれぞれ3,440円、2,528円、3,306円、3,107円とした(表1)。また、コメの関税化による二次関税の値下げ幅をこれまで通りの年2.5%の引き下げ(ただし、次期WTO交渉のため2001年から3年間の据え置き)とした。
このシミュレーションの結果によると、現在の日本の相場がこのまま続いたとすると、高品質米であるア州産コシ、加州産あきた、黒産合江19などが関税米として本格的に輸入されるのは2017年ころになる見通しである。これは2年前までの日本の高い相場でシミュレートした2007年ころより10年間も先に延びた勘定になる。また、品質の劣る加州産キャルローズなどは2025年くらい先のこととなる。
このように、日本国内相場の値下がりは生産者にとってはかなり厳しいものであるが、外国産米の輸入をできるだけ抑えるという観点からは極めて重要である。ただ、外国の相場も値下がりしており、また、生産性も今後上昇してくると考えられ、さらに、関税の値下げ率が拡大することもWTOの交渉次第ではありうる。よって、日本のコメ相場の引き下げは今後も引き続き重要な課題となるであろう。