米国における1996年農業法(FAIR)とコメの生産性向上

 

鳥取大学農学部   伊東正一・壽盛陽平

 

 

1.はじめに

 アメリカは1996年農業法(The Federal Agriculture Improvement and Reform Act of 1996)において大きな政策の変更を行った。それ以前は不足払いやマーケティング・ローンという助成金を受けるための減反政策への参加を基本とした政策を行ってきたのに対し、1996年農業法では作付けの完全自由化、不足払いの廃止、1995年の基準面積や過去の単収によって補助金額が決まるPFC (Production Flexibility Contract Payments)を導入した。それにより農家が最も高い収益をあげることができる作物に転作することや、市況をみて作付面積を調整するというような、農家の市場志向性が高められることとなった。

これまで過去においては、1994年までのデータによるItoらの研究[1]などがあるが、より新しいデータによる分析が求められる。そこで1996年から2000年までのデータを含め、コメの価格変動に対する生産量の反応性がどう変化して若干の分析を試みた。

 

2.アメリカとアーカンソー州及びカリフォルニア州のコメ生産について

表1は2000年の全世界とアメリカの生産量・輸出量、さらにそのシェアを示したものである。

 

 

アメリカのコメ生産量は全世界の1.5%を占めるにすぎないが、国内生産量の40%以上が輸出されており、全世界の輸出量の10パーセントを占めている。このようなアメリカの生産の変化は国内だけでなく、国際市場にも影響をあたえることは明らかである。また日本もWTOの協定によりコメの一大輸入国となり、1995年から行われているMA米の輸入においてもその約半分がアメリカ産という状況である。

次に生産量の推移(図1)を見ると、アメリカ全体では1981年から1983年にかけて大きく減少したが、それ以外は拡大傾向にあることがわかる。州レベルでみると、おおむねアーカンソー州がアメリカ全体の4割、カリフォルニア州が2割を占めている。図2はアメリカ全体のコメ生産量のうち6割から7割をしめる長粒種の生産量を示したものである。コメ全体では国内生産量の2割を占めていたカリフォルニア州は、長粒種においてはその割合が非常に小さく、2000年ではアメリカ全体の1%以下である。その分アーカンソー州の割合は大きく、一貫してアメリカ長粒種生産量の約半分を占めている。図3は中粒種の生産量を示したものである。中粒種の場合、長粒種とは逆にカリフォルニア州の生産量が非常に多く、近年はアメリカ全体の7割を占めている。このようにアメリカ国内で生産量1位と2位であるアーカンソー州とカリフォルニア州は非常に対照的なコメ生産を行っているといえる。

 

 

 

 

3.分析の方法

 アメリカ全体とアーカンソー州(以下ア州)、カリフォルニア州(以下カ州)における、1977年から2000年までの24年間にわたる価格とコメ作付面積の関連について回帰分析を行う。

・・・・・・・・(1)

Yt:コメ作付面積(1000エーカー)

X1t3月の実質価格(ドル/cwt

Yt-1:ラグ被説明変数(ナーラビアンモデルの理論を適用した)

DX1t:実質価格(X1t)の傾きダミー―1982年から1985

DX2t:実質価格(X1t)の傾きダミー―1986年から1990

DX3t:実質価格(X1t)の傾きダミー―1991年から1995

DX4t:実質価格(X1t)の傾きダミー―1996年から2000

※アメリカ全体の分析においては1cwt100ポンド)当たりの農家価格(もみ)を用い、ア州の分析では、ア州・長粒種の1cwtあたりFOB価格(精米)、カ州の分析では、カ州・中粒種の1cwt当たりFOB価格(精米)を用いている。

 

このように本分析においては3つの傾きダミーを用いているが、その設定理由は次の通りである。1981年農業法によって農政が行われていた1982年から1985年は、農政の失敗・過剰の時代と特徴付けることができる。1977年から1981年まではほとんどの年でコメの価格が目標価格を上回り、不足払い額がゼロないしはごく小額であったのに対して、1982年以降は価格が下がり、1cwt当たり平均で2.7ドルから4ドル近くの不足払いを受ける状況が続いたことからDX1を設定した。1985年農業法の期間である1986年から1990年までは輸出強化の時代といえ、1986年からローン・レートと国際価格(AWP)の差額が農家の補助金となるマーケティング・ローンが導入されたことに基づいてDX2を設定した。また、不足払いとマーケティング・ローンによる2重の農業補助制度は1991年以降も続いたが、1990年農業法により作付の一部弾力化(FLEX)が行われ、基準面積の一部が不足払い対象面積から外れる代わりに、何を作付しても良いこととなった。この制度は1991年産の作物から適用されたので、1991年から1995年までのDX3を設定した。1996年から2000年のDX41996年農業法の作付けの完全自由化、PFC支払いの導入に対して設定したものである。

 また、分析の価格の変数に3月の価格を用いたのは、アメリカのコメ農家の多くが4月から5月に作付けをし、その直前である3月に作付面積の最終的な決定を行う傾向にあり、その際に3月の価格が収穫・販売時まで続くと予想して作付面積を決定すると想定したためである。

この回帰分析で得られた各期間の実質価格に対する係数と各期間の平均単収、平均価格から実質価格に対するコメ生産量の反応性を算出し、アメリカ全体及びアーカンソー州とカリフォルニア州におけるコメの供給曲線を描き、その発展過程及び近年の特徴を考察した。

 

4.分析結果と考察

回帰分析の結果は表2の通りである。計測された係数はアメリカ、アーカンソー州、カリフォルニア州のいずれの分析においても実質価格に対してプラス、また作付面積のラグの係数もプラスで予想通りであった。アメリカ全体とアーカンソー州において、1982年から1985年の傾きダミー(DX1)の係数がマイナスとなっている。これは傾きダミーの設定理由で説明したようにこの期間の価格は非常に低く、目標価格と市場価格が乖離していたため農家が市場価格は目標価格を上回ることがないと予想し、作付面積決定が市場価格ではなく目標価格に強く依存していたためだと考えられる。

分析結果から各期間のアメリカ全体、アーカンソー州、カリフォルニア州それぞれの価格変動に対する作付面積の変化をまとめたものが表3である。アメリカ全体とアーカンソー州においては、1986年から1990年の期間と1991年から1995年の期間の反応性の上昇が大きいことがわかる。しかし、次の1996年から2000年の期間ではア州の反応性は上昇しているのに対し、アメリカ全体では減少している。

 

4にカリフォルニア州とテキサス州の1990年から2000年までのコメ作付面積の推移を示したが、生産効率の悪いテキサス州の作付面積が減少傾向にあることがわる。わずか9年前の1991年にはカリフォルニア州とほぼ同等の作付面積であったのもかかわらず、アメリカ全体やコメ生産の主要な州が面積を増やしているなかで、テキサス州の2000年の作付面積は1996年から30%も減少しており、また、カリフォルニア州と比較しても40%程度の面積になっている。このようにアメリカ全体での分析では、効率の良い地域の拡大と悪い地域の減少が相殺されるため、反応性が低下したという結果になったと考えられる。また、1996年から2000年の期間でこのような結果が出たことで、1996年農業法により効率の悪い地域の生産面積は減少していくという傾向に拍車がかかり、地域間格差が高まったということが考えられる。

 

 

 

 

一方、先の表3にみるように、カリフォルニア州では全期間を通じて反応性が上昇し続けているが、アメリカ全体やア州に比べて特に1996年から2000年の上昇の割合が大きくなっていることがわかる。これらのことを総合するとアメリカ全体でみた場合とアーカンソー州においては、1990年農業法による作付けの一部弾力化が大きな効果があったのに対して、カ州においては1996年農業法による作付けの完全自由化の効果が大きかったことが推測される。また1996年から2000年のカリフォルニア州における反応性の上昇は、1995年から始まった日本のコメ輸入による需要の増大や、それに関連してカ州の主産である中粒種の価格が他州産の長粒種より相対的に高く、加えてマーケティング・ローンによる多額の補助金が支払われたことにより、多少の価格の上昇に対して過剰に反応したということも背景にあると考えられる。

3に示した係数と各期間における平均単収から、実質価格の変動に対するコメ生産量の反応を示したものが表4である。アメリカ全体では実質農家価格が1ドル上昇した場合、1977年から1981年では生産量が219cwt99000トン)増加するのに対し、現在では生産量が644cwt292000トン)増加すると予想される。一方、州レベルでみるとアーカンソー州においては、主産である長粒種の実質FOB価格が1ドル上昇すると、1977年から1981年では36cwt16000トン)増加するのに対し、現在においては1ドルの上昇で130cwt59000トン)増加することになる。カリフォルニア州においては、主産である中粒種の実質FOB価格が1ドル上昇したとき、1977年から1981年においては29cwt13000トン)の生産量の増加に対して、現在では生産量が85cwt38000トン)増加することが考えられる。

 

分析に用いた実質価格の内容が異なるため、アメリカ全体とアーカンソー州、カリフォルニア州の係数や弾力性を直接比較することはできない。しかし、アメリカ全体とアーカンソー州の1982年から1985年を除いてすべての期間で価格に対する生産量の反応は高くなっており、1996年から2000年の期間における反応性は、1977年から1981年の期間に比べてアメリカ全体とカリフォルニア州では約2.9倍、アーカンソー州においては3.6倍に拡大している。

 

 

 

4の係数と各期間の平均生産量及び平均実質価格をもとにアメリカ全体とアーカンソー州、カリフォルニア州のそれぞれのコメ供給曲線を描いたものが図5、図6、図7である。これらの図からわかるようにいずれの供給曲線も年々右へ、そしてより水平になるようにシフトしている。供給曲線の右へのシフトは供給の増大を示し、同じ価格又は、価格が下落しても供給は増大するということを意味する。供給曲線が水平へ近づくというシフトは、天災などにより他国の輸入需要の急激な高まりや輸出量の減少が発生しても、以前ほどの価格の急騰などを起こさずより安定した価格を維持して対処できるということを示唆している。

 

 

 

5.農業政策以外の生産性向上・弾力化の促進要因及び結論

 本稿では農業政策の観点から24年間を5つの期間に分け分析を行ったが、農業政策以外にも情報化の進展や農業インフラの充実も生産性の向上と弾力化を促進してきたといえる。情報化により国内だけでなく世界各地の市況や天候などのより正確な情報をより速く入手できるようになり、また、農業インフラの充実により生産資材の入手や販売・運搬が相対的に速くできるようになり、さらには総合的な生産コストや流通コストが削減された。

この分析ではアメリカ全体とアーカンソー州及びカリフォルニア州における1977年から2000年までの24年間における価格とコメ作付面積に関する回帰分析を行い、総合的な生産性の変化に関する評価を行った。そして、アメリカのコメ生産性は過去四半世紀に大きく向上しており、アメリカのコメ生産の多くを担っているアーカンソー州やカリフォルニア州では1996年農業法によりさらに価格反応性が上昇していることが示唆された。また、1996年農業法により生産効率の良い地域での拡大、悪い地域での縮小という傾向がより強くなったということも示唆された。これらはコメだけでなくコムギやコーンなどの作物においても同様のことが考えられる。よって農産物の生産・供給は価格の変動に対してより敏感になり、また、それだけ国際価格は下降線をたどり、そして、変動の幅は小さくなっているということが結論として導かれよう。

 

 

参考文献・資料

[1]     S. Ito, E.W.F. Peterson, B. Mainali, and M.W. Rosegrant1999):“Estimates for Evolution of U.S. Rice Supply Response Using Implicit Revenue Functions: Implications to the World Food Supply and Trade” 「The Japanese Journal of Rural Economics Volume 1, 1999, The Agricultural Economics Society of Japan, pp.39-51.

 

[2]     米国農務省(USDA)、NASSホームページ、On-line DATABASE (http://www.nass.usda.gov:81/ipedb/)

 

[3]     服部信司(1997):「大転換するアメリカ農業政策―1996年農業法と国際受給、経営・農業構造―」 農林統計協会

 

[4]     米国農務省(USDA)(1996):THE FEDERAL AGRICULTURE IMPROVEMENT AND REFORM ACT OF 1996, Title-by-Title Summary of Major Provisions of the Bill