中国における食糧流通システムの展開と直面する課題

 

神戸大学農学部 加古 敏之

神戸大学大学院  張 建平

 

(要  約)

 

 1970年代末以降、分権化、市場化を主要な内容とする制度改革が進められ、中国の農業は飛躍的な発展を遂げてきた。農業生産は大幅に増加して、1980年代中頃までに食糧不足問題は基本的に解決された。1983年と84年の食糧増産のため、全国各地で食糧倉庫がパンク状態となり深刻な食糧貯蔵問題が発生した。また、鉄道や道路の輸送力の限界のため、農家は希望する食糧をすべて販売することができないという問題に直面した。直接統制を特徴とする食糧流通制度は飛躍的な食糧生産の増加に対応できなくなったので1985年に複線型食糧流通システムが導入された。この食糧流通制度改革の目的は、政府が食糧流通の一部を直接管理して、都市住民に安定的に食糧を供給するとともに残りの食糧は自由な市場流通に委ねることによって市場メカニズムによる需給調整を行なうことにある。政府は食糧の契約買付量を減らし、協議価格での買付量を増加させるとともに、自由市場ルートの食糧流通を増加させることにより食糧管理赤字の削減を意図した。

 80年代中頃以降の食糧流通制度改革は、食糧管理赤字の削減と農民の食糧生産意欲の保護という二つの目的を追求してきた。90年代初頭に消費者への食糧の販売価格を引き上げ、逆鞘を解消して、国有食糧部門の経営を改善することを目的とする政策が実施されたが、国有食糧企業の赤字は期待通りに減少しなかった。さらに、98年に実施された食糧流通制度改革は、農民からの食糧買付を国有食糧企業に独占させ、順鞘販売で食糧価格の下落に歯止めをかけようとしたが、連年の豊作による食糧過剰のため施策の効果が発揮されず、食糧価格の下落が続いている。

 1994年の食糧生産は前年比1,100万トン程度の減産であったにもかかわらず1,346万トンの食糧が輸出され、食糧需給は不足基調となった。このため食糧価格は45%と大幅に上昇して、国際価格を上回った。レスター・ブラウンの中国食糧脅威論がちょうどこの時期に重なり、食糧の安定的確保が食糧政策の重要課題として注目された。政府はこの対策として、食糧の定購価格を引き上げるとともに、穀物輸出を禁止する一方で輸入を増加した。また、1995年に「省長責任制」を導入し、省単位での主要食糧の地域需給均衡の実現を図った。中国政府は、食糧自給率を95%以上の水準に維持すると表明し、保護価格による全量購入などの施策により食糧生産の安定と増加を図ってきた。

 こうした政策の結果、食糧生産は1995年以降5年連続の豊作となり、5億トンを超える食糧在庫が形成された。国際的な食料需給も過剰基調のため国際市場価格が下落して、穀物の国内価格は国際価格に近い、ないしはそれを上回る水準となった。このためアメリカ産大豆が大量に輸入され黒龍江省産の大豆は売れ残っている。将来、中国がWTOに加盟すれば、農産物の関税引き下げや市場開放により、農産物の国際市場の影響をより強く受けることになり、黒龍江省産大豆のような事例は増加して食料自給率が低下することが予想される。このように中国農業は国際化対応という新たな課題に直面することになる。

 黒龍江省は中国を代表する食糧基地であり、生産された食糧の64%を販売している。商品化率が高いだけに、黒龍江省の食糧生産者、流通業者、国有食糧企業は食糧過剰の影響を最も強く受けている。農家の食糧販売価格が低下して10a当たり農業所得が低下し、流通業者の流通マージンも減少している。食糧の輸送手段や貯蔵施設が不足するとともに輸送や貯蔵の過程で品質の低下やロスが発生している。黒龍江省産のジャポニカ米は高品質、良食味で市場の評価は高いが、最近、伝統的な米産地である中国の南部地方でも良質なジャポニカ米の生産を拡大する傾向がみられ、競争が次第に激化している。97年以降、米価は低下傾向が続き、199910月現在、黒龍江省、吉林省における米の卸売価格は1,850/t前後まで下落している。1980年代半ば以降、黒龍江省の稲作は比較的高収益を保ち、順調な発展を遂げてきたが、最近の米を巡る厳しい状況のなかで、更なる発展を遂げるには、以下のような課題を解決する必要がある。

 第1は、機械化の推進と生産コストの削減が必要である。経済成長につれ労賃が上昇しているので、中国の中では相対的に経営規模の大きな稲作が展開している黒龍江省では、機械化体系を確立してコストを削減する必要性が強まっている。第2は、精米技術を向上して、高品質の米を供給する必要性が高まっている。所得の増加につれ、良食味米に対する需要が高まっているため、精米技術改善への期待は大きい。精米技術は全般的にまだ低い水準にあり改善の余地が大きい。90年代初頭以降日本の精米技術が導入され、市場で高い評価を受けている。日本の精米機械で精米した米は中国の機械で精米した米と比べ1kg当たり0.8元高く販売されている。3は、良食味品種の開発と普及である。すでに以前から稲作試験場では、品種改良の目標の重点を良食味品種の育成に移しており、最近、龍粳8号と龍粳9号といった品種が普及に移されている。今後とも、早熟で、耐冷性に優れ、いもち病に強く、良食味の品種の育成が求められる。4は、緑色米生産の拡大である。健康志向が高まるなかで、緑色米に対する需要が増加しており、その価格は一般米の約倍の水準にある。本省の水、土地、自然条件は緑色米生産に適しており、その発展の可能性は大きい。第5は、稲作農民に対する融資制度の整備である。農村は資本の貧血状況にあり、農民は36%を越える高利の資金を利用せざるをえず、農業投資が抑制されている。第6は、農業サービス事業の充実や農産物の共同販売組織の育成が必要といえる。また、食糧の貯蔵施設や輸送手段の整備も本省稲作のさらなる発展には不可欠である。




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最終更新日:2000年6月28日

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