続・日本の「関税化」と外国産米輸入の可能性
鳥取大学農学部 伊東正一・竹田一裕・蔡家声
昨年4月に導入されたコメの「関税化」では1kg当たり351.17円という高い関税にも関わらず約100トンが輸入された。これはやはり、関税さえ払えば輸入は自由という「関税化」制度の実状を物語っている。輸入するサイドとしてはいろんなケースや理由があり、単に関税が高いという理由で輸入の可能性を否定することはできない。また、「関税化」のもとでの輸入は相対的に高品質米にメリットがある(伊東・林、1999年)。
この「関税化」の関税は2000年度には基準値(1kg当たり402円)の2.5%が新たに引き下げられ、1kg当たり341円となる。2001年度以降はこれからの交渉次第である。現段階では、確かに高い関税ではあるが、海外の生産地では生産コストを下げると共に品質の向上を目指し、この関税の壁を早く乗り切ろうと必死の努力がみられる。そうした中で、本稿ではそのような海外産米の新たな状況を把握し、今後の「関税化」による輸入の可能性をシミュレートする。伊東(1999年)は関税化米の輸入シミュレーションを試みたが、この計測では海外の日本産品種米に対する高い生産コストが前提となっていた。しかし、その後も引き続き国内外の状況は変化している。国内では昨年からコメ相場が下がる一方で、海外の生産地では技術の改善が進められている。米国などの産地では反収の増加と同時に胴割れ米の発生率が減少するなど、多くの改善点がみられる。これは出荷価格に反映される。生産コストは相場の変動を前に、必ずしもコストそのものが価格とはならないが、生産コストのレベルはその生産地における農産物の市場競争力を示している。
よって、本稿では伊東(前出)の分析手法を踏襲しながらも、より新しいデータを投入し、外国産が関税の壁を越えて輸入される時期を予測する。本稿では「関税化」の下で輸入されるコメを便宜上、「関税米」と呼ぶことにする。
この分析で採用したのはアーカンソー州産の「コシヒカリ」(以下「アー産コシ」)、カリフォルニア州産の「あきたこまち」(以下「加州産アキタ」)と「キャルローズ」(以下「加州産キャル」)、及び中国黒龍江省産の「合江19号」(以下「合江19号」)の4品種である。キャルローズは作りやすく単収が高いためカリフォルニア州では全生産量の8割を占める。しかし、中粒種のジャポニカ米ではあるものの、日本人による味の評価は他の3品種に劣る。その一方で、コシヒカリ、あきたこまち、及び合江19号は日本の良質米と区別しにくいほどの味を持っている。
ところで、アメリカにおけるコメの生産コスト(変動費)は、籾100ポンド当たり1975年の5.87ドルから1998年の7.96ドルへと、この四半世紀で約35%の上昇となっている。(この間、日本では玄米60kg当たり昭和50年の8,899円から平成8年には15,514円と、約75%の上昇となっている)。これらの価格は物価の上昇をも含んだ名目コストであり、物価上昇分を差し引いた実質コストを収量単位でみると、この四半世紀の間は順調に低下している。全米の平均でみると、籾100ポンド当たりの変動費は1975年代の17.81ドル(1998年の貨幣価値)から1998年の7.96へと55%低下している。この実質コストを固定費をも含めた全コストでみても1975年の23.7ドルから1998年の9.76ドルへと約60%のコストダウンとなっている(図1)。(日本のコストを同様に実質で計算すると僅か4%の減少。)海外における単位当たり生産コストのダウンは反収の伸びの効果も大きい(反収の伸びはこの四半世紀でアメリカが約30%の増加、日本は約10%増)。このアメリカの傾向は当然ながらアーカンソー州、カリフォルニア州の両州でも同じである(図2及び図3)。
アメリカの稲作技術は収穫期において稲は登塾後もしばらく水田に放置され、水田でできるだけ乾燥させ、乾燥コストを抑えるというのが一般的なやり方である。このため、過乾燥になることがあり胴割れ米も多く発生する。日本産品種米が現地で導入された当時はローカル品種と同様の方法で対処するケースが多く、胴割れ米が多く発生し、結果的には単位当たりの生産コストが高く付くこととなっていた。しかし、近年では日本の技術が浸透しつつあり、早期に刈り取り、ビンのなかで熱風乾燥をするという方法が取り入れられつつある。このため、砕米率も2−3%と、日本並に少なくなっている稲作農家も見受けられる。このような農家の生産コストは乾燥費が若干上昇はするものの、精米後の単位重量当たり生産コストは小さくなる。
興味深いことに、同じカリフォルニア産でも精米後において砕米含有率が3%の精米10kg当たりの出荷価格では、1エーカー当たり籾8,000ポンドのレベルという反収の多いキャルローズと同6,500ポンドのアキタコマチとでは生産コストはあまり変わりがないと言う計算となる。(但し、この場合は早刈りに対する新たな乾燥費の増加の分は微量な値として無視した。)
ところで、生産コストはキャルローズの場合は1997年産のデータ(変動費が1エーカー当たり703.48ドル、単収は1エーカー当たり8,382ポンド)を、アキタコマチの場合は1998年産のデータ(変動費が673.81ドル、単収が6,500ポンド)を使用した。キャルローズのデータとして1997年産のものを利用したのは1998年産の単収が異常に低かったためである。また、アーカンソー州の稲作全体の変動費は1998年産で1エーカー当たり390.38ドル。よって、この値をアー産コシに適用した。アーカンソー州の生産コストは水利費を筆頭に、カスタム・オペレーション、肥料農薬などの点で、加州産よりコストが安くなっている。アー産コシの単収は同5,500ポンドとし、砕米率は近年は減少しているものの、まだカリフォルニアのレベルまではなく、精米された段階では砕米率は10%ほど存在するとした。こうして3%の砕米を含む精米10kgの生産コストを算出した。黒龍江省の合江19号は1998年産の政府買い取り価格(定購価格)を引用した。この価格は政府が最低補償として買い上げるもので、生産コストを少なくとも補うものであると解釈される。この価格は籾100kgに対し144.5元となっている。
これを生産コストとし、砕米率、パッキングのコスト、出荷経費、などを加味し、精米10kg当たりの生産コストを算出した。こうした各国の精米10kg(砕米3%を含む)の生産コストは伊東(1994年)を参照及び改良し算出した。このコストをFOB価格としたが、これはつまり、現段階において可能な出荷価格としての最低ラインを意味している。(近年の実際に出荷される価格は現地の相場が左右し、この分析の中で算出したFOB価格より高いと判断される。)また、このFOB価格は精米10kgで完全にパックされた状態のものを想定している。
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(精米10kg当たり) |
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ア産コシ |
加産キャル |
加産あきた |
合江19 |
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海外 |
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(1)
FOB価格 |
$3.85 |
$4.27 |
$4.34 |
$3.07 |
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(2) 海上輸送費 |
$0.70 |
$0.50 |
$0.50 |
$0.30 |
|
(3) 海上保険料 {[(1)+(2)]x0.006} |
$0.03 |
$0.03 |
$0.03 |
$0.02 |
|
(4) 金利
{[(1)+(2)+(3)]x0.012} |
$0.05 |
$0.06 |
$0.06 |
$0.04 |
|
(5) 輸入業者手数料
{[(1)+(2)+(3)]x0.03} |
$0.14 |
$0.14 |
$0.15 |
$0.10 |
|
(6-1)
CIF 価格(日本)
{[(1)+(2)+(3)+(4)+(5)]} |
$4.76 |
$5.00 |
$5.08 |
$3.53 |
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------------------------ |
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(6-2)
円建てCIF価格(為替レート、105円/ドル) |
\500 |
\525 |
\533 |
\370 |
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(7) 関税, % |
0 |
0 |
0 |
0 |
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------------------------ |
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国内 |
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(8) 通関手数料 (7,000円/トン) |
\70 |
\70 |
\70 |
\70 |
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(9) 倉庫保管料(600円/トン10日x20日) |
\12 |
\12 |
\12 |
\12 |
|
(10)
倉庫渡し価格 {(6-2)+(8)+(9)} |
\582 |
\607 |
\615 |
\452 |
|
(11) 国内販売手数料(750円/10kg) |
\750 |
\750 |
\750 |
\750 |
|
(12) 小売価格 {(10)+(11)} |
\1,332 |
\1,357 |
\1,365 |
\1,202 |
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------------------------ |
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(13) 評価価格 |
\4,279 |
\3,145 |
\4,112 |
\3,864 |
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------------------------ |
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(14)
消費者のメリット {(13)-(12)} |
\2,946 |
\1,788 |
\2,747 |
\2,662 |
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------------------------ |
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(15-1)
消費者のメリットを0とする関税率 |
589% |
341% |
515% |
718% |
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(15-2)
その関税率の日本円換算、1kg当たり |
\294.65 |
\178.79 |
\274.70 |
\266.15 |
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注)外国産米の評価価格は伊東正一著『世界のジャポニカ米、その現状と生産能力』食糧振興会叢書 No.43, 1994年、p.164 を参考にした。なお、評価価格は当時の価格に対し、日本国内の市場価格が 値下がりしていることを考慮し、25%引とした。 |
各生産地から出荷されるコメのFOB価格はアー産コシ、加州産キャル、加州産アキタ、及び合江19号がそれぞれ3.85ドル、4.27ドル、4.34ドル、及び3.07ドルと試算された(表1)。(元対ドルの為替レートは1ドル8.16元)。これをもとに表1のように諸海上輸送経費を加えると、日本での着港価格(CIF価格)を算出し、それから日本の国内コストを加算した。そうして、表1の中の(12)は関税をゼロとし、関税がかからなかった場合に必要流通経費のみを加算した小売価格である。その価格はアー産コシ、加州産キャル、加州産アキタ、及び合江19号がそれぞれ1,332円、1,357円、1,365円、及び1,202円と、いずれも1,200円から1,300円台の価格となった。(但し、為替レートは1ドル105円とした)。
一方、これらの外国産米の評価価格はそれぞれ4,279円、3,145円、4,112円、及び3,864円とみなされる(表1の(13))。この評価価格は日本の国内相場の変化と共に変わっていくものであり、実際の食味の評価時点と現在との相場の差を調整した。この評価価格と算出された小売価格との差が消費者メリット(表1の(14))となり、その値は最も高いのがアー産コシの2,946円、次に加州産アキタの2,747円、その後に合江19号の2,662円が続き、最後に加州産キャルの1,788円となった。このメリットが高ければ高いほど日本の消費者サイドはそのコメを輸入したいと感じるわけである。
さて、ここまでは関税をゼロとして試算してきたわけであるが、次に、この消費者メリットをゼロにする関税はいくらであるか、を試算する。輸入米に対する消費者メリットがゼロであれば日本産米であろうと外国産米であろうと消費者サイドにとっては変わりないと言うことになる。その関税を1kg当たりで示したのが表1の(15−2)であるが、アー産コシが294.65円が最も高く、加州産アキタが274.70円、合江19号が266.15円、そうして加州産キャルが178.79円となる。当然ながら消費者メリットの最も高いものがそれをゼロとする関税額も一番高くなる。その関税額以上の関税がかかれば消費者サイドは輸入米のメリットは逆にマイナスとなり、輸入しようとは思わないわけである。
現在の関税は1kg当たり351.17円。2000年度には2.5%下がって341円となる。それではこのまま毎年1kg当たり約10円(基準額402円の2.5%)ずつ下がっていくとすると、先ほどの消費者メリットがマイナスからプラスに変わるまでに何年かかるだろうかーー。アー産コシの場合は6年ということになる(351.17 – 294.65)/10=5.65年)。同様に計算すると加州産アキタは8年、合江19号は9年、そうして加州産キャルが18年後と試算される。また、関税米の輸入が急増した際のセーフガードが発動された場合でもアー産コシは13年後に関税の壁を乗り越えると推測される。加州産アキタ、合江19号もその2年後にはその壁を越えるとみられる(図4)。
この分析の中で、アメリカのコメの方が中国産米より関税を乗り越えるのが早い、という結果になったが、その理由の一つには米国産米に対しては生産コストで出荷した場合を想定している点が上げられる。現在はSBS米の買い入れ価格にみられるように米国産米はコストより高い相場で出荷されているわけで、中国産米にしてもそうである。ただ、競争関係を背景に、中国産米の方が米国産米に比べ安い価格となっている。ただ、中国産にしても、ここで表した定購価格はすでにコストすれすれのレベルであり、これより販売価格を下げることができるかは疑問である。
さて、これをベースラインとして状況が変化した場合を想定して種々のケースをシミュレートした(図5及び図6)。これをみると、為替レートの変化が1ドルに対し10円程度の変化や、外国産米の価格が10%上下した状況では、関税を乗り越えてくる時期はベースラインの時期に比べそれぞれ1年くらいの違いしか出てこない。つまり、外国産のFOB価格が10%安くなると関税を乗り越える時期は1年早まる。それに対し高い国内の相場が10%変化する状況となると、それが評価価格に反映するため、3年から4年の差が生じてくる。言い換えれば、国内の相場が10%下がったとするとその分だけ外国産米の評価価格が下がるわけで、消費者メリットも下がる。そうなると関税を越える時期がベースラインに比べ3年から4年遅くなることになる。逆に国内相場が10%上昇すると関税米は3年から4年早く輸入されることになる。
1999年秋の収穫期には日本の相場が前年に比べ10%余りの安値となった。この相場が現在も続いているわけだが、これがもし値下がりしなかったとすると外国産米はベースラインより3年から4年早く輸入される可能性があったわけである。つまり、その場合は今から6年後ではなく、2−3年後となる。このように、国内相場の値下がりは外国産米からすれば日本市場に入りにくくなることを意味している。
関税が毎年2.5%(1kg当たり10円)下がるとすると、これは精米10kg当たり100円、玄米60kg当たり概ね500円分が毎年下がるということになる。上述のベースラインからみれば関税米の本格的な輸入が始まると予想される6年先ころからこうした影響が出てくると考えられる。その時期までに国内の生産体制が生産コストを下げ、相場の値下がりに対応していける状態であれば関税米は入りにくい状態が続くだろうし、そうでなければ関税米の輸入が増え、国内産米の供給量が外国産米に押されていくこととなる。いずれにせよ、「関税化」のもとでは国内の相場は段階的に下がることになる。
参考文献
1. 食糧庁、「米価に関する資料」、昭和62年6月
2. 農林水産省統計情報部、「ポケット農林水産統計」平成10年版、1998年
3. 伊東正一、林賢太郎「コメの関税化にみる「従価税」と「従量税」の違い」伊東正一編著『第7回ジャポニカ米・国際学術研調査究報告会及びシンポジウム』資料、1999年3月、於:福岡、pp. 17-23.
4. 伊東正一「日本の「関税化」と外国産米輸入の可能性」伊東正一編著『第7回ジャポニカ米・国際学術調査研究報告会及びシンポジウム』資料、1999年3月、於:福岡、pp.1-9.
5. 米国農務省(USDA)のホームページ:http://www.econ.ag.gov/briefing/farmincome/car/rice2.htm/ December 24, 1999.(コメの生産コスト、1975年産から1998年産)
6. 伊東正一『世界のジャポニカ米:その現状と潜在的生産能力』 食糧振興会叢書43号、全国食糧振興会、1994年、250p.
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